脱北
漆黒の闇に紛れ、ひたすら南を目指す。私は難航していた宮中工作を諦め、独断専行でシガーラ行きを決めた。蟄居謹慎という国王命令を無視する形での南下は王家に対する重大な反逆行為で、結果としてそれに呼応した部下十数人を道連れに王国を裏切ることとなった。このまま突き進んで良いのだろうか、私は未だに迷っていた。自分一人のことならいざ知らず、部下を巻き込んでしまったこと、そのことについての責任を痛切に感じていた。私は彼らを栄えある親衛隊員から国家に盾突く反逆者にしてしまったのだ。彼らの人生を狂わせたその罪は何よりも重い。
「そろそろ国境付近に差し掛かります」
部下の一人が私に声を掛ける。
「よしっ、馬を木陰に隠せ! しばらく休憩する!」
そう言って馬を下り、右手に広がる林まで誘導すると、人馬ともにそこでしばしの休息を取る。私はそこらの木にもたれ掛かり、静かに目を閉じた。無心になろうと努力するもむなしく、ひらすら頭を過ぎるのは王女の安否、部下の処遇、そして私の今後――地に体躯を投げ出し、身体を休めているつもりでも心が休まる暇はない。そうして過ごしていると、にわかに南の方が騒がしくなった。
「なんだ……?」
起き上がってその方を見ると、無数の松明が目に飛び込んできた。
(まさか……)
「隊長、北上中の敵軍です!」
失敗した――直感的にそう思う。敵軍の侵攻状況を逆手に取り、手薄だと踏んだ東側沿いを進んできたにも関わらず、ここに至って彼らと遭遇してしまった。しかも松明の明かりからしてその数は相当数に上る。
「どうされますか……?」
「止むを得ん……ヤツらが過ぎ去るまで待機だ!」
我々は茂みに隠れ、一時その様子を窺っていたが、全く動く気配を見せない。ただ彼らの騒ぎ声だけが辺りに喧しく響いていた。
「敵は野営している可能性が高いかと……」
「うむ……どうやらその様だな……」
明確な侵略の意図を持った敵軍――彼らを目の前に見ながら、何も出来ない現状にひたすら唇を噛む。我々の目的はシガーラに囚われているマドレー王女の救出であり、敵軍の放逐ではない。だからこうして無駄な交戦を避け、身を潜めているべきなのだ、私は繰り返し内心にそう言い聞かせるも、その一方で北王国の軍人として母国の侵略を黙認するような行為が果たして正しいことなのだろうかと自問自答する。そういている内に向こうから数人、こちらへやって来た。
(何をするつもりだ……?)
やがて目視圏に彼らの姿を捉えた。そして私はその姿に思わず息を呑む。ボロボロになった二人の北王国軍人を取り囲む敵兵、これから行われることは……想像に難くない。
(助け出さなければ……)
正義心からか、はたまた他の感情からか、行動の由来となる心情は自分でもよくわからないが、咄嗟に腰を上げ、その方を目指す。
「隊長! 何をするんですか!?」
「何って……決まっているだろう、味方を助け出すんだ」
「落ち着いてください! いま出て行ってしまうと敵に勘付かれますよ!」
私はその言葉に一瞬、足を止める。我々の目的は……さっきから何度も繰り返すお題目に縛られる一方で、抗いたいと願う自分を見つける。そして歩みを早める。
「隊長!」
「お前らはそこで大人しくしていろ!」
部下を威圧的に制すると、ゆっくり敵兵に近づく。その数は四人、幸いにも皆、私に背を向けるように立っており、奇襲を掛けるには好都合だ。
(一発ずつで仕留めなければ……)
私は腰にぶら下げた剣をおもむろに抜くと、手前の敵に対しそれを振るった。
「ぎゃあ!!!」
素っ頓狂な声を上げ、地に伏す。他の三人も慌てて応戦する構えを見せるが、腐っても親衛隊を率いる身、時すでに遅しといった格好であっと言う間に彼らを四体の屍に変えた。
「……大丈夫か?」
怯える目でこちらを見つめるのはやはり戦闘で捕虜になった同胞だった。所々血の滲むその身なりから察するに、敵軍によって碌な扱いをされていないことが窺えた。
「いま解放してやるからな……」
そう言って手足首の縄を解くと、彼らを逃がしてやった。私はその背中を見ながら唐突に思い至る。彼らを救おうとした行動の由来、それは正義心に依るものはない。王国に対する贖罪の意識が私を駆り立てたのだ。しかしそんなつまらない私事のために、部隊を危険に晒し、敵兵とは言え四人の命を奪った。私は更に罪を重ねてしまったのだ。ますます背負うモノを増やしてしまったのだ。そして目下の現実から目を背けるようにして後ろを振り返ると、重い足取りで元いた場所へと引き返した。




