猜疑
王女に仕えて三日目を迎えた。初日以降、オレの素性を探るような言動はなくなり、互いに表面的な主従関係を続けていた。彼女は必要最小限のコミュニケーションしか取らず、一方のオレも「ユウト」だと悟られないようになるべく気を付けて振る舞った。そして今日も昼食を片付けた後、彼女のいる部屋の前に控えていると、突然その扉を隔てて声がした、
「読みたい本がある。持って来てくれ」
オレは言付けを引き受けると階段を下り、一階の書庫に向かった。まだいまいち城内の構図を理解していないため、周りを窺いながらゆっくりと進む。
(書庫ってどっちだったかなぁ……)
王女に仕えた初日にも行った場所だったが、その時は人に連れて行ってもらったため、道順を覚えるには至っていなかった。そもそも城内には似たような道や部屋が多すぎて、初見殺しの感は否めない。周りに人はなく、取り敢えずそこらをふらふらと漂っていると、
「おいっ!」
急に背後から呼び止められた。何事かと驚いてその方を振り返ると、そこには大男・グルーキーの姿があった。以前オレを内通者だと疑った男の登場に身構える。
(まさかこの場でやろうってんじゃ……)
躊躇なく親方に手を下したところを見ても、ヤツは本当に何をするか分からない。最悪の場合、この場で切り捨てられる事態すら頭を過ぎった。
「こんな所で何をしている!」
訝し気な口調、注がれる猜疑の視線、やはり未だにオレの存在を疑っているようだ。オレは動揺した素振りを見せないように応対する。
「北の王女様に言付けを預かりまして……書庫を探していました」
出来るだけ毅然とした態度で接した。この手のタイプはこちらに付け入る隙がないことを理解させないと追々面倒なことになる。
「……ほう、書庫ねぇ……」
何か言いたげな雰囲気でこちらに近づいて来る。万が一攻撃されることがあれば、非常にマズい。なぜならば反撃に転じようにも手元に武器を持ち合わせていないからだ。それにここで抵抗すれば上官に対する反逆行為と見なされ、軍法会議に掛けられる恐れもあった。上手くこの場を収めなくてはならない、そう思い言葉を続けた。
「もし良ければ書庫の場所を教えて頂きたい」
軽く頭を下げ、目線を切る。するとそれを聞いたグルーキーは立ち止まり、言い放つ。
「書庫か……そこらにあるんじゃないか?」
咄嗟のことで反応に困った。笑うわけにもいかず、無視するわけにもいかない。ただただ眉間に皺を寄せて、相変わらず下ばかりを見ていた。
「……というのは冗談だ。書庫の場所は知らない、本など読まないからな」
人は見た目が九割と言うが、この男もその例に漏れないらしい。しかしオレをその場に縛っていた空気が一瞬だけ緩んだ。これを好機だと見て、
「では急ぎますので……失礼」
オレはその場から逃げるように去った。
「おいっ! あんまり妙なマネをするなよ」
「オレはまだお前を信じてはいないからな」
面倒な男に目を付けられてしまったと気怠く思う一方で、内通者という自分の立場を改めて確認するに至った。作戦まで残り四日間、気を抜かないように気持ちを引き締め直すと同時に、王女救出のため最善を尽くすことを心に誓った。




