戦利品
「さあ出ろ、ヴァフォード様がお呼びだ」
昼過ぎになってオレは牢屋から出された。親方たちの戦いはとっくに終わっていたが、その詳細までは分からない。ただ関所の方から火の手が上がったように見えたため、恐らくは善戦したのだろうと好意的に解釈していた。オレは連れられるように階段を下り、玉座の間に赴く。これから何が起こるのか、先行きは全く読めないでいた。しかし書簡の通り作戦は実行されたので、命に関わることはないだろうと楽観的に構えていた。
「入れ!」
半ば強引に押し込まれるとそこには昨日と同じ光景が広がっていた。
「まる一日閉じ込めていてすまなかったな」
国王は玉座に腰掛けたまま、短く謝罪する。
「今朝、ゴスホークの一派がここに攻撃を仕掛けて来た。お主の情報は正しかったのだ」
妙に機嫌の良い国王に違和感を覚えた。
「お主は実に良い働きをした」
「それは我々の生命を守ったというだけではない。思わぬ『戦利品』をも手に入れられたからだ」
「戦利品」――その言い回しにピンと来るモノはない。
「バルジューとか言ったか、こちらへ控えよ」
オレは玉座の傍に呼ばれ、そこで向き直って跪く。すると国王は声を張り上げる。
「皆にも見せよう、連れて来い! 最高の『戦利品』を!」
おもむろに扉が開くと、引き摺られるようにして連れて来られた生傷の癒えぬボロ雑巾、二人の兵士に両脇を抱えられた「それ」にオレは声を失った。
(親……方……?)
その風体からするに「それ」は親方だった。しかし辛うじて生きているという状態で息も絶え絶えだ。
「久しぶりだな、ゴスホーク。元気にしていたか?」
親方はスッと顔を上げ、睨み付けるだけで何も答えない。
「すまん、すまん! そんなにボロボロじゃあ、元気ではないな」
ヴァフォードは高笑いに笑う。オレは親方を煽るような言い草に心底イラついていたが、表情に出さないように努めた。
「しかし久しぶりだ。ディアドラ家の遁走以来になるな」
「北での生活はどうだ? 風の噂によると、お主は馬屋番をしているそうじゃないか」
親方は相変わらず返答をしない。ただ玉座の簒奪者に対し、殺意を多分に含んだ眼光を向けている。
「そんな目で見るな、わしはお主を買っているのだ」
「今回の奇襲もこちらの被害は小さくない、敵ながら天晴よ!」
「お主ほどに気骨のある武人は天下に二人といない」
「そこで提案だ! わしは今回の咎を全て許す。その上でお主を臣下として迎えたい。勿論役職付きでな、どうだ悪い話ではなかろう」
「お主も慣れない北での生活は辛かろう。だがこの国には故郷がある、家族もいる。力量を正しく認めてくれる人間がいる、それを発揮できる環境もある」
「死に体の北王国など臣従する価値はない。我が支配下に組み込まれるのも時間の問題よ。だから……」
すると親方は突然、その沈黙を破った。
「オレはここから東方に位置する農村に生まれた。働き者の父ちゃんと優しい母ちゃん、二人の愛情を受けて少年期を過ごした」
「他のヤツより取り立てて秀でたモノはなかった。だが腕っぷしにだけは誰にも負けねえ、これならオレも食っていけるかもしれない、そう思って村を飛び出した」
「そしてシガーラに向かったが、都会の風は冷たかった。誰もオレに見向きもしない。半年が過ぎ、一年が過ぎ……糊口を凌ぎ、苦節の日々を送る中、唯一ディアドラ家だけが救いの手を差し伸べてくれた」
「オレは純粋に嬉しかった。それからと言うものの、王家のために遮二無二働いた。そして出自の低さを跳ね退け、トントン拍子で出世を重ねていった」
「立身出世、人々からの尊敬、そして愛する家族……オレは考え得る全ての幸せを手にしたつもりでいた」
「その幸せは永遠に続くと信じていた。しかしお前が反旗を翻して……全てが変わった」
「母国、故郷、人生……お前はオレの大切なものを次々と奪っていった……!」
「そして今回もそうだ。この国では王ということになっているらしいが、オレにとってはただの略奪者に過ぎないんだよ!」
「オレはお前を恨む。だがな……」
しばらく言葉に閊えた後、
「最初から間違っていたんだ、不相応の幸せを求め過ぎた」
「その結果、多くの人々を不幸にした」
「だから……オレはお前にも増して……」
「自分自身を憎む……!」
鬼気迫る親方の言葉をヴァフォードは神妙な表情で聞いていた。次の瞬間、そこに横槍が入る。
「ガタガタうるせえんだよ! ヴァフォード様の厚意が分からねえのか!」
しびれを切らした大男・グルーキーが大剣を抜いて親方に突きつける。しかし親方は微動だにしない。
「グルーキー、勝手は許さんぞ! ゴスホークよ、わしにも落ち度があったことは認める。この通りだ」
そう言って軽く頭を下げて見せた。
「お互いに昔のことは水に流そうではないか!」
「しかしこんな所で片意地を張っても仕方あるまい」
「お主にも家族があるんだろう? 生きて会いたいとは思わないか? 再びあの幸せを享受したいとは思わないか?」
「わしがお主の幸せを奪ったとすれば、今度は償わせて欲しい。だから……」
「ヴァフォード!」
場内に響き渡るほどの大声に一同驚く。そして当の親方は目に涙を浮かべていた。オレは張り裂けそうな気持ちをギリギリで堪えて、その生き様をまじまじと見ていた。傍に控えているヴァフォードの臣下も同様だ。敵味方なく引き込まれる雰囲気、国王を脇役たらしめる存在感、そこから発される一言一言の重み――南王国にあってこの場を支配しているのは、他の誰でもない、親方だった。
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