リーク
件の酒場に辿り着く。目の前にあるのは何の変哲もないただの扉、他の人にはそう見えるかもしれない。しかし今日のオレにとって、それは運命の扉に他ならない。これからの振る舞い如何で作戦の成否が決まってしまう。その事実に若干怖じ気付きながらも、腹を括り店内へと入って行った。
「いらっしゃい」
酒場は今日も繁盛しており、たくさんの客が狭い店内にひしめきあっている。しかしその大半は以前来た時と同様に軍人であった。ずんずんと奥に進む。すると、
(……見つけた!)
遂に捉えた。前回と同じ席にカムフィーの姿があったのだ。やはりオレの推測は当たっていた。心の中で高らかにガッツポーズをする。しかも随分酔っている様子で、偽の情報を吹き込むには好都合だった。
(でも……)
しかし懸念はあった。あの取り巻き連中だ。カムフィーの周りを囲んで容易には近づけない。
(どうしたらいい……)
取り敢えず適当に席を見つけて座り、酒を一杯だけ注文することにした。そしてすぐに運ばれてきたそれを一気に掻き込む。下戸なオレを酔わすにはそれで十分のようで、やがて体内にアルコールが染み渡り、ほろ酔い状態になった。それに伴って気持ちが高揚する。今ならどんな芝居でも恥ずかし気なく打てる、オレはその気になり意を決した。思い切って立ち上がると、一目散にカムフィーの所へ向かう。深いことは考えない。ケセラセラの精神で眼前の難局に立ち向かう。
「なんだお前?」
早速取り巻きの部下に絡ませる。しかしオレは動じない。
「そこをどいてくれ、大佐と話がしたいんだ」
自分でもびっくりするほど落ち着いていた。酒の力は時に役立つものだと思い知らされる。
「新兵の分際で何様だ!」
男は怒り狂った様子でオレの胸倉を掴む。以前の親方もそうであった。既視感のある展開に思わず笑ってしまいそうになる。
「やめないか」
それまで俯き加減に座っていたカムフィーが顔を上げる。するとオレを掴み上げていた部下は咄嗟に手を離し、バツの悪そうな表情を浮かべていた。
「大佐、私はあなたに憧れて入隊した者です。大佐にお目にかかれて光栄に存じます」
「宜しければご一緒させて頂けませんか……?」
「そう言われると嬉しいな……隣に来い、飲み交わそうぞ」
そう言って手招きをする。見るからに上機嫌そうだ。そしてしばらく酒を飲みながら話し込む。その内容と言えば専ら大佐の若い頃の話で、オレはひたすら聞き手に回った。すると一瞬、話の凪が訪れた。
(……ここだ!)
そう思うと、満を持して「あの話」に入る。
「大佐、ここだけの話ですが……」
「先ほど城外警備をしていた折、不審な人影を見つけまして……」
「懸命に追跡したのですが、逃げ足が早く振り切られてしまいました」
「しかしその者が落としたと思われる書簡がありまして――」
「本来こういったものは直属の上官に渡すべきかもしれませんが、内容が内容なのでご確認を……」
言い終わると同時に懐から例の書簡を差し出す。カムフィーは面倒臭そうにそれを取り上げると、目を細めてその書面を確かめる。
「何だと……?」
内容を理解したのか、一気に正気を取り戻したようだ。そして何度も見返すと、それを部下にも見せる。
「明後日の早朝、ゴスホークが攻めてくる……!」
カムフィーは恐怖でさぞ青ざめたかと思えば、そうではない。目を大きく見開き、歓喜に打ち震えている様子だ。
「しかし偽物の可能性も……」
先ほどの部下が指摘する。しかし功名心にはやったカムフィーは取り合わない。
「紙面の国璽を見てみろ! それは紛いもなく北のものだ!」
「新兵よ、でかしたぞ! 名前を何と言う?」
「バルジューと言います」
「バルジューか、分かった! 後で褒美を取らせよう」
「お前ら、城に戻るぞ! 早速ヴァフォード様に報告だ!」
そう言い残すと、足早に去って行ってしまった。その姿を見送るや否や、ホッと一息、任務を無事に終えたことから来る達成感に満ち溢れていた。酔いは既に覚めている。そしてふとロイのことを思い出した。彼は未だにオレの帰りを待っている。早く戻らなければ彼に申し訳ないと思い、席を立った。帰り道に手土産を買って凱旋の途に就く。言いようのない充足感がオレを包んでいた。
※国璽…国家の表徴として押す璽(印章または印影)である。外交文書など、国家の重要文書に押される。




