約束の逃走
「じゃあ、夜の見回りに行こうか」
ロイはそう言うと、両手に持った松明の片方をオレに渡す。ゆらゆらと揺らめく黄色にオレの心も揺れ動く。夜の警備は城外に出る最後の機会、ここで行動を起こさなければ明日はない。カムフィーは必ず件の酒場にいる。書簡を渡すために何としてでも街へと向かう必要があった。
(何か口実を見つけないと……)
あれこれと考え込んでいる内に城外へ出る。松明の明かりをも飲み込まんとする深闇と不気味で鬱蒼な木々の存在も相まって、いかにも何か起きそうな雰囲気はある。その中をオレたちは城壁に沿って時計回りに進んで行った。しかし良い意味でも悪い意味でも何も起こらない。そして残り半周に差し掛かった時、
「今日は妙に静かだね、顔色も良くないよ?」
深刻そうな表情で黙りこくっているオレを見て、ロイが心配そうに話しかけてきた。
「……いいや、大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
ロイは相変わらず気を遣ってくれているようだ。そんな彼を見て思わず内心に抱えた本音をぶちまけたくなる。消化不良でやきもきしたまま、再び歩き出したその時、茂みの方で何かが動いた。
「だっ、誰だっ!」
咄嗟に叫ぶロイ、それに瞬時に反応して逃げる何物か、オレたちはその後を追う。木々を掻き分けながら道なき道を進む。松明を落とさないように緩やかな丘陵を下る。そして気付いた時には城のふもとまで来ていた。
「結局、何だったんだろうね……」
額の汗を拭いながら仕方なさそうに言ってのける。オレは大きく息をつきながらそれっぽく振る舞うも、内心では天祐神助に歓喜していた。何はともあれこれで街に出られる、書簡を渡せる、任務を達成できる――。
「じゃあ、戻ろうか」
そう言い終わらないうちにオレは切り出した。真っ直ぐに彼の瞳を見つめながら懇願する。
「……ロイ、聞いてくれ」
「勤務中にこんなこと言うのもなんだけど……」
「オレは今から街に出なくちゃいけない。故郷の為にやりたいことがあるんだ」
「必ず戻る。だから……行かせてくれ!」
オレは深々と頭を下げる。様々に言い訳を考えてはみたけれども、結局小細工はしなかった。これでダメなら……覚悟を決めるしかない。しかし彼の答えは意外なものだった。
「そんなこと言って! 街で遊んでくるって算段だろう!」
「僕にはお見通しだぞ!」
彼は笑っている。相も変わらず笑っていた。オレも釣られて笑ってしまう。そして続けて言う。
「行っておいで、僕はここで待っている。二人で行くと誰も君を庇えないだろう?」
「……ロイ、ありがとう……」
オレは彼の厚意に涙ぐむ目元を拭い、走り出した。後ろは振り返らない。ただ前だけを見て駆け抜ける。オレは何としてでも自分の任務をやり遂げなければならない。一歩一歩進むごとにその気持ちを強くして酒場へと向かった。




