潜入
横になってもなかなか寝付けず、遂に朝を迎えてしまった。ある程度準備を終え、昼間の出発まで時間があったので、何とはなしに村を歩く。戦争中だというのにいつもの変わらない農村風景を見て、この平和な日常がずっと続けばいいなと心から思った。
そして同時に寂しさも覚える。次に戻って来た時、つまりは王女を救出した後、村の平穏、人々の笑顔は変わらずに存在しているか、恐らく答えはノーである。
オレたちは王女を救うため、村人はヴァフォードに一矢を報いるために犠牲を出す覚悟で行動する。多くの血が流れる。たくさんの人命が失われる。そしてまた――。しかし現代に至るまで飽きることなく繰り返されてきたその行為を「歴史の常」だと斜に構えて言ってしまいたくはない。オレたちは現実を生きている。傷つければ心が痛むし、傷つけられれば身体が痛む。それらの痛みを余すことなく生傷として受け止め、耐えなければならないのだ。そう考えると、何だかやるせない気持ちにさせられる。
「兄貴! こんな所にいたんですか!」
向こうからモライザが駆け足でやって来た。
「そろそろ出発らしいですよ、急いで戻って下さい」
上を見上げると、太陽は高々とオレの頭上にあった。出発の時間が迫っている。
「おお、すまないな」
そう言うと、急ぎ集会所まで走った。
沿道は見送りで溢れ返っていた。オレと親方はシガーラへ向かう。そして北王国へ向かう使者も同時に旅立つ。彼らは国境付近に滞在しているアルバート騎士団とテンエイにいるベルガに対して、親方からの書簡を送るために北上する。
「お前たち、国境付近は危険が多い。くれぐれも気を付けて……任務を全うしてくれ」
親方は一言一言に力を込める。その表情に明るさはない。
「親方こそ無茶はいけませんよ」
使者の一人が笑って答える。
「再び会うことが叶えば、酒を酌み交わそう」
今日の親方はどこか暗い。そしてその言葉はネガティブな含みを持っている。
「何を言ってるんですか! らしくないなぁ……」
他の使者も呆れたように笑って流す。
(オレの考えすぎだろうか……)
結局オレたちはそのまま別れた。見送りの声援に応えつつ、一歩ずつ進み行く。その間も親方は浮かない顔をしていた。オレはその様子に違和感を覚えながらも、決意を新たにシガーラへと旅立った――。
辺りには夜の帳が下りた。オレたちは城を取り囲むように茂っている林の中にいる。そしてしばらくその場で周囲を窺う。すると幸いなことに、松明を持った警備兵がたまに見回る程度で、警戒は薄いようだ。
「ユウト、心の準備は出来たか?」
「……はい」
オレは今までにないほど緊張していた。相も変わらず茂みに身を潜めているのだが、胸の高鳴りで相手に居場所が知れるのでは、と不安になるくらいドキドキしていた。これからこの場を飛び出して一人で城内に潜入する。「トロイの木馬」に入っていた兵士も同じ心境だったろう、在りし日の彼にある種のシンパシーを感じ入る。すると向こうから警備兵がやって来る。松明の明かりは一つ、どうやら一人のようだ。
「よしっ、ちょっと待ってろよ」
親方はオレを制すると、警備兵が目の前を通り過ぎた瞬間に背後を襲う。振りかざした拳で後頭部に打撃を加えると、前のめりになったその兵士を藪の中へ引きずり込んだ。そして首を羽交い絞めにして意識を飛ばした。
「多少手荒なマネをしたが……仕方あるまい」
そう言ってその兵士の軍服を脱がせ、オレの服と交換した。胸に勲章はなく、軍服も新しい。恐らく彼は新兵だ。
「よく似合ってるじゃねえか……新兵さんよ」
親方は久しぶりに素で笑ってみせた。そしてオレの方を真っ直ぐに見つめると、
「お前はこれから重要な任に赴く。それに当たって一言だけ言わせてくれ」
「これからはお前一人だ。周りは敵だらけ、誰も頼ることは出来ない」
「その中で難しい場面を迎えることもあるだろう」
「だがお前なら乗り切れる。とにかく自分で考えて行動しろ」
「オレはお前という人間に賭けたんだ。頼んだぞ……」
静かにそう言い残すと、親方はオレに背を向ける。
「またな」
大きな体躯とは対照的に、小さく手を挙げるとその場を立ち去った。こうしてオレは親方と別れた。最後の言葉、重い響きを残した別れのそれが涙声に聞こえたのは気のせいだろうか――。




