離心
バーンスタインに戻って来たのは昼前だった。オレとデッドリーは真っ先に集会所へ帰ると、泥のような眠りに就く。一方の親方は帰郷後初めて実家に帰るのだそうだ。よくよく考えてみれば、故郷に戻って来て三日も経つというのに、家族とも顔を合わせられず、実家にさえ戻ることが出来ていない。事態が切迫している中であれ、家族との時間を持てないでいた親方を気の毒に思う。
「お前ら、いつまで寝てるんだ! 夕方だぞ、起きろ!」
その怒鳴り声に目を覚ましたのは日の沈みかかった頃だった。まだ少し眠くはあるが、疲れは随分取れたように感じる。
「これから今後の作戦行動を指示する。他のヤツらをここに集めてくれ」
「作戦」という言葉に背筋が伸びる。いよいよ王女救出に向けてオレたちは動き出す。寝ぼけ眼もすっかり覚め、その場を飛び出した。そして村の隅々までそのことを触れ回る。するとたちまちに集会所は男たちで溢れ返った。時間にして一時間弱、頃合いを見計らって親方が口を開く。
「急に呼び出してすまない、これから作戦を発表する」
ガヤガヤと煩かったその場はまるで潮が引くように静まった。皆、親方の言葉に耳を傾けている。
「今日から六日後の明朝、オレたち遠征隊はシガーラに攻撃を加える」
その言葉に周りはざわつく。オレは遂にこの時が来たと奮起する一方で、「遠征隊」と対象を限定したことに違和感を覚えた。
「オレたちは……オレたちは参加してはいけないのですか?」
村人から不服な声が上がる。至極当然のことだ。村人を排除した親方の胸の内が読めない。
「今回の作戦はシガーラを攻め落とすために行うものではない」
「その真の目的は陽動、相手を騙すためだ」
ますます分からなくなる。
「それではその目的は何ですか!」
村人も語気が荒くなる。それもそのはず、今まで自分たちを虐げていたヴァフォードに対して、一矢報いたい気持ちが強いのだろう。そして彼らは親方にその先陣を期待した。しかし現実はどうだ、自分たちは村の留守を守ってくれと言わんばかりに彼らを攻撃に加わらせない。次々に不満が噴出する。しかし親方は逆風を切り裂くように言い放つ。
「トロイの木馬、って知ってるか?」
再び場がざわつく。「トロイの木馬」と聞いて、オレはピンと来なかった。親方は何を企んでいるのか、とにかく話を聞くしかない。
「トロイの木馬? あのギリシャ神話のアレですか? それが何だって言うんですか!」
「それをシガーラ城に送り込む。あちらの城内に内通者を送り込むのさ」
「戦いは情報だ。内通者を使って内情を探らせる」
「そして十分な情報を得た後に大攻勢に出ようって算段だ」
「だから今回の作戦はその前段階、内通者の信用を勝ち取るために行う」
さっきまでやかましかったその場は静けさを取り戻していた。
「それはつまり……」
「内通者を使って事前に本作戦をリークさせた上で、オレたちはその通り攻撃をする」
反撃必死の無謀な作戦だ、受け入れられない、オレは直感的にそう思った。周りも同感のようで再び不満の声が大きくなる。
「それではむざむざと死にに行くようなものですよ!」
「オレたちを囮人形みたいに扱いやがって!」
皆の心が離れて行く。気持ちが遠くなっていく。すると両手を前に出すと、腰を引き、
「お前たち、この通りだ! どうかついて来てくれ……」
親方の額は地に接していた。英雄と呼ばれた彼がそのプライドをかなぐり捨てた瞬間だった。そして大きなその背中には、人を率いることの難しさがのしかかっているように感じた。そしてしばらくそうして動かなかった――。




