大佐
「何をしている?」
両者顔を突き合わせたまま一歩も引けないでいると、後ろから誰かがやって来た。
「カムフィー大佐!」
親方の胸倉を掴んでいた士官はパッとその手を離すと、気を付けの姿勢になる。
「こいつらがなかなかどかなくて……」
大佐はこちらを一瞥すると、その士官をグッと見据えて言う。
「面倒事を起こして私の顔に泥を塗るつもりか?」
「しっ、失礼しました!」
先ほどの威勢を完全に挫かれた士官は青くなって、後ろに下がった。
「部下の無礼な振る舞いを許してくれ。お隣、よろしいかな?」
そう言って空いた座席に腰を下ろした。
「先のお詫びではないが、一杯奢らせてくれないか?」
「ならば、お言葉に甘えて……」
するとすぐに酒が運ばれてきた。
「では乾杯」
そう言うや否や、大佐は掻き込むように一口で飲み干してしまった。
「あなたはどこかで見たことがあるような……気のせいかな?」
「私たちはしがない行商です故、そんなはずは……」
大佐は頷きながら、再び酒を注文した。
「しかし南ファランクの快進撃は止まりませんな」
親方は慣れない太鼓持ちを務める。大佐はそれを聞くと複雑そうな顔をした。
「そうだな……我が軍は連戦連勝、王都テンエイまで進軍するのも時間の問題……だな」
歯切れの悪さ、浮かない表情、そしてここぞとばかりに酒を掻き込むその様子を見て、親方は何かを察した。
「今度の戦争で大佐もさぞ活躍されていることでしょう。何か一つ武勇伝をお聞かせ願いたい」
「……くそっ!」
何か腹に据えかねることでもあったのだろうか、大佐は怒りに任せて机を強く叩いた。
「酒だ! 酒を持って来い!」
空いたグラスをブンブン振り回す。それから続けざまに何杯か飲んだ後、すっかり泥酔してしまった大佐はポツリと言う。
「畜生! なんでオレだけ内地勤務なんだ!」
「しかもマドレーだか何だか知らんが、北の王女の世話係なんて……」
「マドレー」――その言葉に一同息を飲む。王女はやはりこの街にいる、その確証を得られた瞬間だった。心の中に歓喜と動揺が生まれる。しかしそれを悟られてはならない。オレたちは何事もなかったかのように平静を保つ必要があった。そして親方は表情一つ変えずに、
「北の王女様ですが、近々に式を挙げられるとか……」
「ああ、よく知ってるな。二週間後にヴァフォード様とな」
それを聞いた瞬間、親方の口角がわずかに上がったように思えた。
「それはおめでたいことだ! 武功を立てずとも式典を成功に導けば……」
大佐はその言葉を遮るようにして言い放つ。
「しかし私は軍人だ! 武功を立てなければ……出世の道はない!」
自らの不遇を恨むように叫ぶと、机に突っ伏してしまった。その姿を見た親方は急に立ち上がり、
「私たちはそろそろお暇致します。くれぐれもご自愛なされよ」
そう言い残してその場を去った。オレたちも慌てて席を立つと親方の後に続く。そして店を出るなり、
「カムフィー、お前も相変わらずだな」
笑みを浮かべながら小声で独り言を言うと、宿場の方へ歩き出した。今日はこの街に泊まるのだろう。聞きたいことは様々あるが、今はただただ黙って親方の後を追うだけだった。




