転移
《前回までのあらすじ》
日々思いを寄せる女性を助けるため、一つ目の望みを使ってしまった主人公・高橋勇翔。
自室に戻り、遂に自分の望み、転生の夢を叶える。
「……そう言えば名前聞いてなかったっけ」
部屋に女と二人きり、対面で座っている。今まで生きてきて、経験のない状況ではあったが、不思議と冷静だった。本来ならばドギマギして仕方のない場面なのにこうしていられるのは恐らく、目の前で起こっている出来事がまるで夢の中みたく現実味のないものであるからに違いない。
「私の名はアイル、好きに呼んでくれ」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「アイル、か。呼び捨てでいいんだな?」
こくりと頷いて、何も言わない。女の人を呼び捨てで呼ぶなど記憶にない。少なくともここ十年はなかった。
「それで次の望みを聞いてやる」
「そうだな……」
「それならオレは――」
「『異世界』に行きたい……!」
「ハッハッハッ!」
アイルは高らかに笑い声を上げた。明らかに人をバカにした笑い方だ。
「な、何がおかしいっ!」
「いやいやいや、悪かった。しかしお前みたいな人間はみんなそうだな!」
「じゃあ、逆に問うが、『異世界』ってなんだ? それはどんなイメージだ?」
「それは……よくあるRPGみたいな世界さ。中世ヨーロッパみたいな? とにかく現代より文明は進んでいない世界だ」
「中世ヨーロッパ……ねぇ。こういう妄想をするヤツは口を揃えて同じことを言う」
再び嘲るように言う。オレは止まらない。
「その世界でオレは生まれ変わりたいんだ」
「みんなから頼られて、女の子からちやほやされて、そして――」
「あ~わかった、わかった。設定はそれだけか?」
「よく考えろよ、必ず後悔することになるぞ」
他に言い漏らしたことはないか、頭の中をフル回転にして考える。そして重要なことを思い出す。
「異世界転生」に不可欠なあの要素を加え損ねるところだった。
「ああ、忘れてた! オレは超人的な能力の持ち主で、腕力も知力も容姿も全部、その世界一! 弱気を助け、強きを挫く勇者になるんだ!」
「それは無理だ。見ているこっちがつまらない」
オレのわがままは即座に拒否された。
「ええ、なんで! 『異世界』ってのはそういう場所なんだ!」
ふっ、アイルは何か言いたげではあったが、緩む口元にそれを留めたようだ。
「それで、本当にもういいのか? お前は今から海外旅行よりも過酷な旅に出るんだぞ?」
海外旅行、行ったことがないからよくわからない。なぜならそんなお金もないし、時間もない。第一、英語だってまともに話せないのだから――。
(んっ? 英語……?)
「そうだ、言葉だ! 言葉は通じるようにしてくれ!」
「ほう……。よく気付いたな」
アイルは少し驚いた表情を見せる。
「海外ですら言葉の壁があるのに、『異世界』とやらにないわけがないからな」
「そこのところを分かってないヤツらが多すぎる」
独り言のような格好でボソッとつぶやく。
「じゃあ、設定はそれでいいか? 三十分やるから早く準備しな」
「おうよ!」
オレは部屋を飛び出した。
(とりあえず食料だ!)
そう思い、近くのコンビニに駆け込んだ。
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「それで……準備は出来たか?」
大きなリュックサックだけでは入りきれず、キャリーバッグまで動員した。
「ああ、準備万端さ! 食料も衣服も寝具も全部ある」
「そしてこれ! 文明の利器さ!」
そう言うと、スマートフォンを手に取って、アイルに見せる。と言うか、見せびらかす。
「困ったらこれで調べたらいいだけだ。『異世界』にない技術もこれで検索かけたら一発で出てくる」
オレは得意気に笑う。これほどの万能感を味わうのは初めてだ。前途多難な旅になることは分かっている。しかしそれを加味しても、今までに感じたことのない先行きの良好さに胸が踊る。
「ハッハッハッ!」
アイルはひたすらに笑う。笑っている。
「ではお前の望みは何だ?」
「オレは……『異世界』に行きたい!」
アイルは黙ってオレの額に手をかざす。額が熱い。先ほどと同じだ。だが意識がドンドン遠のいていく。何か得体の知れない空間に吸い込まれていく感じ、今までに体験したことのない、名状し難い感覚に襲われる。オレは本当に行ってしまうのだろうか、オレの望む「異世界」へ――。