ブレーキ
「お前に頼みたいことがある……ゴスホークさんのことだ」
馬屋に着くとすぐにベルガは口を開く。やけに神妙な面持ちをしていた。
「親方のこと……?」
これから何を頼まれるのか、てんで分からない。
「あの方は以前、親衛隊長だったことは知っているよな?」
「それはなんとなく……」
「この国が分裂する前のことだ」
そう言って地べたに腰掛ける。オレもそれに続く。
「実力も器量も備えていた大変優秀な隊長だった」
「出身こそあまり高貴な身分ではなかったが、叩き上げでその地位まで上ってきた苦労人でもあった」
「当時副隊長をしていたオレは貴族という身分以外に勝てる要素がなかった。武術も人望も敵いっこない。その姿に嫉妬をしたものだ」
「しかしヴァフォードの政権簒奪以降、状況は一変する」
ここでベルガの表情が急に険しくなる。
「あの方はヴァフォード政府に加わることを要求されたが、それを拒み、王家に伴って北へと逃れた。親衛隊長としての職務を全うしたのさ」
「だがそのことを根に持ったヴァフォードは、報復としてバーンスタインを攻撃し、その支配下に組み込んだ。あの方の故郷は南ファランクに編入されてしまったのだ」
「程なくして国家は南北に分裂するが、その後も苦労は続く。王宮内では南部出身者と言うだけで謂れのない誹りを免れ得なかったのだ。忠義者であるあの方とても例外ではなかった……」
「そして……現在に至るってわけだ」
オレは大きく深呼吸をする。胸の動悸が収まらない。親方にこんな壮絶な過去だあったとは知らなかった。話し終えたベルガもしばらく押し黙ったままだった。
「それで……頼みって何だ?」
「ゴスホークさんはヴァフォード相手だと何をしでかすか分からない。激情に駆られて暴走してしまう危険もある。だから……そうならないように用心して欲しい」
「お前があの方のブレーキになるのだ、頼んだぞ……!」
断れない頼みというのは卑怯だ。頼まれる側はどっちを取っても苦労を強いられる。でも少し嬉しい。
「……分かった」
色々思うことはあれど、そう言うだけに留めた。これ以上の言葉は野暮だと思ったからだ。
「ありがとう、任せたぞ」
そう言い残してその場を去った。オレは明日から始まる前途多難な旅路に不安を少々感じながらも、その準備をするため、急ぎ街の方へと下りて行った。




