決闘
《前回までのあらすじ》
山の上に立ち、親方の故郷について話を聞く。
とある日の昼下がり、ポカポカ陽気でつい眠たくなる。今日も親方はどこかに行っており、オレは一人でいつものように馬屋の掃除をしていた。親方の厳しい目もなく、油断していたのか、ダラダラと仕事をしていると急に声が掛かる。
「しっかり働いているようだな、感心だ」
その語調を耳にするや、全身に電流が走った。思わず振り返る。
「久しぶりだな」
そこには正装に身を包んだ王女が立っていた。
「おっ、王女様! いきなりどうされたのですか?」
「愛馬の様子が気になってな……少し見せてくれないか?」
そう言うと彼女はいつも跨っている馬の馬房へ向かった。手には野菜を持っていて、それを馬に与える。彼女は馬のむしゃむしゃと食べる姿を見て、愛しそうに額を撫でる。
「ゴスホークが見当たらないが……」
「親方なら用事があると言ってどこかに行ってしまいました」
「ふん、相変わらずだな」
目元を緩ませ、鼻で笑う。今日の彼女は機嫌がとても良いようだ。
正装をした彼女を見るのは奴隷市以来だ。気品に満ち溢れた佇まい、端正なルックス、威厳に満ちた言動、こうして接する度に彼女の魅力に惹かれてしまう。こんな気持ちは初めてかもしれない。
(この時間が永遠に続けばいいのに……)
そう思いながら藁に腰掛け、しばらく会話をしていると、
「お~い、またサボりやがったな~! 今回はたたじゃおかねえぞ!」
親方は袖をまくり、その太い腕を振り回しながら、ドカドカと近づいてくる。
(マズい、今度こそおしまいだ……)
オレは目を閉じ、歯を食いしばる。だがどうしたことか、パタリと足音が止んだ。
「ゴスホーク、久しぶりだな」
薄目を開いてみると、さっきの威勢はどこへやら、目の前には青白く小さくなった親方が立っていた。
「いや、あの、その……」
何か言いたげであったが、言葉にならないようだ。
「相変わらず元気そうで安心した」
「はっ、はいっ! この通り、元気であります!」
裏返った声で応答し、不格好に敬礼している親方を見て、吹き出しそうになる。
「お前が親衛隊長だった頃は良かったのにな」
「ハハハ、こればっかりは……」
(ん……? 親衛隊長……?)
そのやり取りを終えるや否や、
「王女様~!」
向こうから軍服を着た茶髪の男がやって来る。胸元に所狭しと勲章が並ぶ。白い肌に吊り長の目、やけに高い鼻が特徴的な、いわゆる美男子ってやつだ。
「王女様、勝手に出歩かれては困ります」
「ベルガか……すまないな、勝手に抜け出して」
「早く行きましょう、こんな汚い場所にいてはお体に障ります」
言い方に嫌味を含んでいる。いけ好かない野郎だ、直感的にそう思う。するとこちらを一瞥すると、何かに気付いたようでわざとらしい笑みを湛えて言う。
「おお、これはこれは、親衛隊長。あっ、今はもう違いましたね……」
一人で高笑いする。オレは親方をからかうようなその言動にひどく腹が立った。だが当の親方は頭を下げたまま、動かない。目を固く閉じ、口を真一文字に結んでいた。
「お元気そうで何よりです、今は何ですか、ほう、馬屋の掃除!」
「あれほど厳しく隊員を束ねていたあなたがまさか馬屋で藁を束ねることになるとはねぇ……」
「人生とは分からないモノですな」
「では失礼。王女様、戻りますよ」
そう言ってオレの前を去って行く。その澄ました顔と言ったら……憎たらしいことこの上なかった。
(言いたい放題言いやがって……)
オレは我慢ならなかった。そして言い放つ。
「おい! 待ちやがれ! この鼻デカ野郎!」
男は足を止め、振り向く。先ほどとは一変して、その表情は怒り狂っていた。。
「誰が鼻デカだぁ!? 決定、お前、殺す」
即座に腰に携えていた剣に手をかける。
「やめないか」
間に立って王女が制する。
「でも、このままでは収まりません!」
「オレもです!」
「ならば……」
王女は足元の長箒を二本、手に取ると、
「ゴスホーク、これを同じ長さに折ってくれ、出来るだけな」
「は、はいっ!」
箒は大きな音を立ててへし折れた。そしてそれをオレと男に手渡す。
「それを使って戦え」
「決闘だ、これでケリをつけよう」
オレは負ける気がしなかった。たとえ相手が誰であろうと関係ない。親方をバカにした報い、しかと受けてもらおう。
「うおおおおお!!!!!」
人生で初めての決闘、そのゴングがいま、鳴り響く――。




