故郷
《前回までのあらすじ》
王国の歴史を聞いた主人公・高橋勇翔は親方から山に登ることを提案された。その口ぶりからいつもとは違う何かを感じ取り、黙ってついて行くも……。
山に入ってどれくらいになるだろうか、鬱蒼と生い茂る木々の間をかき分けるように往く。ひらすら山を登っていく。その道中に言葉はない。いつも陽気で、沈黙が嫌いなはずの親方なのに、何も喋らずにずんずんと進んでいく。親方は一体何をしたいのか、その真意を図りかねていた。やがて視界の奥に一筋の光が差す。
「もうそろそろだ」
そう言ってそちらを目指す。昼間でも薄暗い森を抜けると、急に目の前が開けた。
「うわぁ~!」
思わず感嘆の声を上げる。振り返ると眼下にはテンエイの街並み、そして横を向くといま立っている場所よりもっと高い山々が南の方まで続いていた。
「どうだ、絶景だろう」
「はい、テンエイってこんなに大きな街だったんですね……」
そう言って二人、黙ったまま麓の街を見下ろす。無数の黒い点、その一つ一つが生きている。人間とはいかに小さな存在なのか、改めて思い知らされる。しばらくそうしていると、親方は唐突に南を指差した。
「あの山の向こうの向こうの、一番最果てにオレの故郷があるんだ……」
親方に元気がない。少し涙ぐんでいるようにも見える。
「ずっと帰っていないんですか?」
この時オレは単純に故郷を恋しがっているのだとばかり思っていた。だがこの言葉を引き金に親方は感情的になる。
「帰りてぇよぁ~、帰れるものならな……」
親方の頬を熱いモノが伝う。
(オレが親方を泣かせた……?)
オレはひどく狼狽した。これまで生きてきて人に泣かされた経験は数多あれど、人を泣かした経験など親以外にはなかったからだ。
(どう対応したらいい……)
空っぽの頭をフル回転させる。そしてオレは言葉を捻り出した。
「しばらく故郷に戻って下さい! その間、オレが一人で頑張りますから……」
「戻れねえんだよっ!」
間を置かないその切り返し、その激しい剣幕に肝が冷えた。今日の親方は様子がおかしい。すると今までとは打って変わった調子でつぶやく。
「オレの故郷は……もう、オレの国じゃない」
「えっ……」
思わず言葉を失う。
「全てはあのヴァフォードのせいだ……」
「あいつがオレの家族も、友人も、何もかも引き裂きやがったのさっ!」
親方はこれまでになく語気を荒げた。その瞳には憎しみの炎を浮かべ、その顔貌は怒れる鬼神の如く、しわくちゃで赤らんでいた。
(……あっ!)
オレは気付いた。そしてすぐにそれまでの発言をひどく後悔した。
(親方の故郷は南ファランクなのか……)
このままではまずい、何か言わないといけない、そう思って考えなしに言葉を発する。
「だっ、大丈夫ですよ! オレに任せて下さい!」
「オレがこの王国を再統一させてみせますから……!」
これはほんの冗談だ。冗談でもいいから景気の良いことを言ってみたが、当の親方は無反応だった。
(マズい、やってしまった……)
自分でも信じられないくらい無責任なことを口走った。それを聞いた親方はこちらに向き直る。オレの全身を刺し込むような視線が痛い。悪手だ、明らかに悪手を打った。殴られる。最悪、殺されるかもしれない……。オレは咄嗟に身構えた。すると、
「ガッハッハッハ! お前、面白いことを言うじゃねえか!」
笑いながらオレの肩を叩く。力の加減をしてない様子で、とても痛い。
「ならこの望み、お前に託そうかな!」
そう言って冗談めかす。陽気で、元気で、おしゃべりで……目の前にいたのは、オレのよく知っているいつもの親方だった。
「よし、山を下りるぞ! 途中で薪も拾っていく、いいな?」
「はいっ!」
とにもかくにも生きて帰ることが出来そうで良かったと、心の底から思うのであった。




