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アンチ転生論  作者: 金王丸
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逡巡

《前回までのあらすじ》

主人公・高橋勇翔は王女マドレーに連れられ、大広場に向かう。そこで魔女裁判を目の当たりにして、大変なショックを受けた。その際に王女から言われた言葉が胸に引っ掛かってしまう。


 帰り道、オレはずっと考えていた。


 『この世界で生き延びたければ――悪目立ちをするな』


 オレは至って普通に生きてきたつもりだ。フリーターではあったが、それでも社会人の一人として真面目に生きてきた。大それたことはせず、ただ毎日生きるために生きていた。なかなか報われることもなかった。それでも良いと思っていた。


 (……いや、ウソだ……)


 本当は退屈だった。つまらないと感じでいた。替えの利く社会の歯車のような人間を辞め、主人公になりたいと願った。だからオレは現実世界を捨て、この世界に行くことを選んだ。


 しかし、実際はどうだ――。


 魔女裁判にかけられたあの男、磔にされ、焼かれたあの姿、そしてあの言葉、


 『あの男の姿は明日のお前かもしれないぞ』


 (このまま王宮で一生を終えるのもまた……)


 結局オレはオレだった、環境が変わっても人間の中身までは変わらない、そう思うに至った。勇者や英雄になるためは、それに見合う器、カリスマ性、そして実行力、少なくともこれらを全部持ってなければいけないのだ。オレにはどれも当てはまらない。だから……。


 「さっきからやけに静かだな。様子が変だぞ」


 ハッとした。知らず知らずのうちに神妙な面持ちになっていたのかもしれない。


 「だっ、大丈夫ですから……」


 口調が暗くなった。恐らく誤魔化しきれなかったに違いない。


 「ユウト、お前の夢は何だ?」


 王女は唐突に質問した。あまりの唐突ぶりに慌てふためく。オレは押し黙ってしまった。


 「どうした、夢はないのかと聞いている」


 返答を急かされ、堪らずに答えた。


 「オレは……この世界の勇者……主人公になりたいです……」


 絶対に笑われる。バカにされる。心の中で思わず身構えた。


 「そうか、壮大な夢だな」


 一言、それだけだった。予想外の反応になんだか肩透かしに遭った気分がする。


 「そのために何が必要か、分かるか?」

 「器とカリスマ性、そして実行力……オレにはないモノばかりです」


 彼女はそれを聞くと納得したように頷いた。そして次の瞬間、今までとは打って変わった様子で、顔をしかめて座り込んでしまった。


 「あいたたたた……足を痛めてしまったようだ。これでは動けそうにない」


 そう言ってこちらを窺う。さっきまでつかつかと前を歩いていたのに変だなと思いつつ、


 「だっ、大丈夫ですか……?」

 「ダメだ、動けない。私を背負って行け」


 上目遣いに言われてドキッとするも、すぐに我に返り、彼女を背負う。彼女のか細い腕が首に回る。彼女の体温を背中で感じる。ゼロ距離の温かさだ。


 (オレは王女様を背負っているんだ……)


 そう思うと緊張して前に進めなくなりそうだった。それから彼女は耳元で囁くように言う。


 「……約束だぞ、私を無事に王宮まで運んで行く、とな」

 「はっ、はいっ!」


 そう言った切り、何も話さなくなった。王宮まであとわずか、その道のりを一歩また一歩と安全を確かめるように慎重に進んでいった――。



 日も傾き、夜の(とばり)が下りかけた頃、ようやく王宮内に戻った。


 「王女様~! 王女様~!」


 王宮に一歩足を踏み入れると、城内は騒然としていた。


 「まずいことになったな」


 彼女は静かにつぶやくと、


 「もうよい、ご苦労だった」


 そう言って背中から飛び降りた。その足運びはやけに軽やかだった。


 「私は行く。お前も早く戻った方がいいぞ」


 すると急に親方の顔が浮かぶ。


 『サボってたら……承知しないからなっ!』


 (マズい、マズすぎる……)


 急いで馬屋に戻ろうと身体を翻し、駆け出そうとしたその時、


 「お前は私と約束をし、実行した」

 「それだけだ、さらば」


 彼女はそう言い残してその場を去った。


 (さっきの言葉、どういう意味なんだ……?)


 馬屋を目指して走りながら、王女の言葉を咀嚼そしゃくする。考える、考える、考える。でも分からない。すると向こうから怒号が飛ぶ。


 「お~い!! ユウト!!」


 こちらに駆け寄って来る大男、その顔貌は鬼の形相だった。


 (……親方だ!)


 逃げ出したくなる。でもどこへ……。


 「お前、しっかりサボりやがったな……」

 「ひっ、ひぃ!」


 泥にまみれ、ボロボロになったオレの姿を見て、親方は何かを悟った。そして幾分柔らかい口調で言う。


 「まあ今日は大目に見てやろう、でも明日からがんばれよ、な」

 「はっ、はいっ!」


 オレは安堵し、思わず涙声になる。親方の優しさに全身から力が抜けていくのが分かる。


 「さあ、飯だ! 宿舎に戻るぞ」


 跳ねるようにして親方の後を追う。激動の一日がいま、終わろうとしていた――。



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