魔女裁判
《前回までのあらすじ》
なんとかして奴隷から解放された主人公・高橋勇翔は王宮に仕えて一週間が経ち、その生活にも慣れつつあった。とある日、いつものように馬屋の掃除をしていると、藁山から王女が現れた。そして彼女に言われるがままついて行くと……。
「遅れるな、早くしろ」
王女は息も切らさずに先を行く。
「待ってください……」
そう弱音を吐きながら、フラフラと追走するのが精一杯だ。薪割りという重労働を終えた後で疲労困憊としていた、そういう要因もあるが、ここまで足取りが覚束ないのには大きな理由があった。
それはここまでの行程、つまりお忍びで王宮外に出るその道のりだ。もちろん普通に歩くだけではない。隠し通路のような場所を進む必要があったため、時には中腰で、時には地面を這いつくばって行かなくてはならず、大変難儀した。そしてその苦難を乗り越えて、ようやく外部に出ることが出来た、そういう事情があったのだ。
「早く行かないと始まってしまうぞ」
オレのことはお構いなしに大広場の方へずんずん進む。彼女は誰の目も気にしていない。行き交う人々もまた泥と藁にまみれたその貧相な身なりをした彼女がまさか王女だとは思わず、気に留めない。
(あの格好はこっそり王宮を抜け出す時にするのか……?)
そんなことを思いながら、王女の後を追った。
やっとこさ大広場に着く。辺りにはたくさんの民衆が詰めかけていた。
(これから何が起こるんだ……?)
それからよくよく目を凝らして見ると、中央に磔台と思われるモノが設置してあった。
「ユウト、今から面白いことが起きるぞ。しかと見ておけ」
件の冷たい目でチラリとこちらを見やる。すると台上に動きが起こった。傍目にも憔悴切っていると分かる中年の男がその両脇を兵士に抱えられて登壇してきたのだ。続いて一人の若い男も上って来た。
やがてその若者は絶叫する。
「みなさん! ここ最近、テンエイでは疫病が流行っている!」
「それはこの男がこの街にやって来てからだ!」
「この男は魔女だ! 魔術を使って疫病を流行らせたに違いない!」
「よってここに魔女裁判を実施するっ!!」
「おおぉぉぉぉぉ!!!!!」
ここで周りはぞっとするほどの盛り上がりを見せた。ある者はありったけの罵声を浴びせ、またある者は大声で喚き散らしている。各々が好き勝手に騒ぎ立てる。オレは実感した、民衆が狂い始めた瞬間を――。
「違うっ! オレは魔女なんかじゃないっ!」
磔台に送られた男は必死に弁明する。すると隣にいる王女が口を開いた。
「あの者はな、行く先々で人々の治療を行っていた医者だ」
「だが要求する報酬が多少高値だったために、たまたま立ち寄ったこの街のの民衆の怒りを買った……そういうわけだ」
「これから魔女である証明を行うっ!」
壇上の男がそう宣言すると、医者であるというその男は磔にされた。そしてその男を取り巻くように薪が積まれていく。
「魔女裁判って――」
その言葉を遮るように王女は言い放つ。
「あの男はこれから火あぶりにされる」
「なっ、なぜですか……?」
「魔女であることを証明するためだ。もしヤツがそうであれば――」
「火あぶりにかけても死なないからだ」
一瞬の間を置いて王女は続ける。
「だがもっとも、そんな者、今までに見たことはないがな」
オレは言葉を失った。こんな不条理、許されるものではない。
(ひどい……ひどすぎる……)
「王女様っ!止めることは出来ないんですか!」
「無理だ、暴走する群衆を止めることなど不可能だからな」
「うわぁぁぁぁ!!!! やめてぐれぇぇぇぇ!!!!」
火がくべられると同時に、男の断末魔が大広場いっぱいに響き渡る。相変わらず民衆は大騒ぎしており、収拾がつかない。
「ユウト、なぜあいつがあのようになったか、分かるか?」
王女は燃え上がる磔台から目を離さない。
「えっ……あっ……」
「あれはな、異質だからだ」
その答えに虚を突かれる思いがした。
「彼らは自らの結束の脆さを知っている。だからあのように異質な者を吊し上げて無理にでも結束しようとしているのだ」
オレは何も言えない。口が強張って動かないのだ。
「だからユウト、お前がどこから来たか知らない。だがこれだけは忠告しておく」
「この世界で生き延びたければ――悪目立ちをするな」
今までになく強い語気で言い切る。
「それが出来なければ……あの男の姿は明日のお前かもしれないぞ」
そう言ってこの場所を後にした。去り際にオレは目に焼き付けた。天まで昇る勢いで燃え盛る業火と空に広がる真っ赤な夕暮れ、この光景をオレは目に焼き付けた――。
*魔女裁判…中世ヨーロッパで行われた裁判。証拠もなく、告発があれば(「美人であるから」等、時に無茶苦茶な理由で)行われ、疑われれば必ず有罪とされ、無罪になることはないという理不尽極まりない裁判。




