来訪者
「転生」を夢見た主人公・高橋勇翔が転生先の中世ヨーロッパで様々な試練を乗り越えながら成長する物語――。
「ぐふふ……勝負あったな王女様……」
異様な風体の魔物は舌なめずりをしながら、へたり込む王女に近づく。辺りは血の海、数多の兵士たちが斃れていて、誰一人と戦える者は残っていない。
「まだだ……まだ終わっちゃいない…」
王女は涙ぐむ目元を拭いながら言う。その途端、ガッハッハ、魔物の高笑いが城内にやかましく響き渡る。
「何を言っているのだ! この状況、劣勢は一目瞭然!」
「お前一人で何が出来よう……」
ジリジリと二者の距離は縮まるばかり、
「きっと…きっと…」
続く言葉も出ぬまま、目の前には魔物が迫る。状況は絶望的、に見えた。
「観念しなっ! 好きにさせてもらうぞ……」
そう言って手を伸ばすや否や、
「ぎゃあああっっっ!!!」
魔物は鈍い音とともに頭を抱え込んで倒れる。足元にはこぶし大の石が転がっていた。
「待たせたな!」
ここで颯爽と勇者・オレの登場だ。
「勇者様!」
王女の眩い視線がオレに注がれる。
「ぐぬぬ……なんだ貴様は!」
「誰だって良いだろう……」
間髪を入れず、剣を抜き、切りつける。
「ぎゃああああ! 腕が!腕がぁぁぁぁぁぁ!」
魔物は右腕を負傷したようで、その手を抱え、丸くなって辺りを転げ回っている。
「王女様! ご無事で何より……」
その醜態を傍目に見ながら、震える彼女の手を取る。
「勇者様……! はっ、早くっ、あの汚らわしい魔物を……」
オレは彼女の涙を人差し指でさらうと、魔物の方に目をやる。
「おい魔物! 早くここから去れ! さもなくば……」
緑の鮮血したたる剣と鋭い眼光を向け、
「次は外さないぞ」
(……決まった――)
「ひえぇぇぇぇ! お許しを~!」
魔物は一目散にその場から遁走し、オレは勝利した!
「勇者様!」
オレの首元に手が回り、背中から彼女の温もりが伝わる。
「安心してください。これからもオレが守りますから……」
「何か褒美を与えなくては……」
「ならば、貴女の唇を……」
彼女は顔を赤らめながらも、目を瞑り、顔を近づける。透き通るような白い肌が光源のようにまぶしい。オレは高鳴る胸の鼓動を抑えられない。そしてじれったくも確実に彼女のそれは近づいてくる。
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「おい、おいって!」
ハッと気が付く。現実に引き戻されていく。目の前には汚らしいオヤジが不機嫌そうに立っていた。
「何ボケっとしてんだ! 早く会計、してくれよ!」
「申し訳ございません!」
声が上擦る。
(何やってんだか、オレは……)
そしてグチグチと小言を言われながらも、その客を捌くと、
「高橋くん、高橋くん、ちょっと!」
店長に呼ばれ、店の奥に行く。
「またボーとしてたでしょ!」
「最近たるんでるんじゃないの?」
「しっかりしてよ~! クレームだって来てるんだから!」
「はい……すみません、すみません……」
内心うざったく思いながらも、表面上はヘコヘコと取り繕う。
(これでいいんだ……)
三十年近く生きてきて身に付けた処世術ってやつだ。
祇園精舎の鐘の声
諸行無情の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす
なんとかっていう昔の物語の冒頭、うろ覚えだが、調子に乗ると痛い目に遭うって意味だ。
冬色の帰路をただ一人歩く。
(今日も良いことなかったな……)
ため息交じりにひたすら歩く。すると向こうから高校生と思しきカップルがやってきた。仲睦まじく手をつなぎ、傍若無人に幸せオーラをまき散らしている。
(いちゃいちゃしちゃってよ! 嫌な感じだぜ……)
すぐさまオレは嫌悪に満ち溢れた視線を彼らに向ける。
(絡まれたらやってやるぜ……ボコボコにしてやる……)
当然、そんな勇気も腕力もない。内心ビクつきながら、思い切り睨みつける。
「でさ~」
「ギャッハッハ!」
しかし彼らはそれを全く意に介していない。というか、オレの存在をまるで認識していないように傍を通り過ぎて行った。
「ああああ、ムカつく!死ね、死ね、地獄に落ちろ!」
布団に顔を埋めながら喚き散らす。先ほどの鬱憤を四畳半の部屋で晴らす。あのようなカップルは往々にしてバカだ。そんな覚悟もないのに一生愛するとか言っちゃって、何の計画性もなく子供を作って、デキ婚して、そしてすぐに離婚して、典型的なヤンキーカップルの末路を辿るに決まっている。
「……って言うかそうであってくれ!」
顔を持ち上げ、声を上げるも、それ以上何もない。やがて起き上がると、筆を執る。
(なんとかして書き上げないと……これでオレは逆転するんだ……)
オレの夢は小説家になることだ。特段取り柄のないオレだが、国語の成績は良かった。だからオレは小説家になる。見込みはまだない。だが、自信はある。オレにはきっと向いている……。
(やってやるんだ……!)
そう自分を盛り立てながら、「異世界」に思いを馳せる。「異世界転生」は魅力的だ。オレの好きなジャンルでもある。主人公に自分を仮託して読み進めるとスッキリする。オレはかっこいい主人公、女には困らないし、世界を救う救世主だ。他の人間はモブキャラ、オレの引き立て役に過ぎない。そんな「異世界」をオレも書き上げてやるんだ。そう思うと創作意欲がふつふつと湧いてくる。
「しょっぱいことしてんな~」
急に嘲笑うような声がする。心の底からオレをバカにしているような声色だ。
「だっ、誰だっ……!」
自宅には誰もいないはずなのに、一体誰なんだ……。振り向いても何もない。
「ここにいるじゃないか!」
「……ひぃ!」
そいつは書き物机に立っていた。
「そんなに……『異世界』に行きたいか?」
細身ですらっとしているが、変な衣装をまとっている金髪の女、一口に言えばクールビューティー、そういう印象だ。
「だだだ、誰だお前……? どどど、どこから入った……?」
「誰だって良いだろう。それよりもお前の望み、三つだけ叶えてやる。」
「えっ、えぇ……?」
頭の中は疑問符だらけ、眼前の状況を理解できないでいた。いきなりそんなことを言われても……訳が分からない。
「早くしろ、三つだけだぞ?」
目の前の女は返答を急かす。得意気なのか、蔑みなのか、何とも言えない表情で上から見下ろしていた。
「ああああああ!」
背腰のおぼつかぬまま、オレは部屋を飛び出した。当てもなく、ただただ寂しい冬の夜道を駆け出した。




