アリスティア、ごめんな
幼い頃から違和感はあった。
それが何なのか、はっきりと自覚したのは6歳になる頃だ。
激しい頭痛と共に、前世の記憶を思い出したのだ。
日本という国で、一人暮らしの平凡な会社員の自分の記憶。
そして、この世界がいわゆる乙女ゲームの世界だということも、分かってしまった。
僕はゲームはやっていたし、ネット小説も読んでいた。
乙女ゲームはやってないけど、妹がハマっていて、実家に帰る度に聞かされていた。
今の自分の名前で気がついたのは、良かったと思う。
イグニス・メヤード。
メヤード公爵家の次男が僕だ。
兄はアルバート。
剣や魔法、勉学にも秀でたイケメンになるはずの人物。
妹がアリスティアで、これが問題になる。
アリスティアは、ゲームでは王道悪役令嬢なのだから。
妹は可愛い。
悪役令嬢は美貌であるのは当然だ。
でもせっかく得た家族が悪役になるのは見過ごせないな。
僕は家族の幸せのために、努力することを誓った。
確か、メヤード公爵家の設定は、両親の仲は悪く、兄弟仲も冷めたものだった。
転生してしまったからには、温かい家庭がいいに決まってる。
たかが6歳でもできることはあるはず。
まだ家族は普通の状態に見える。
父や兄と、無邪気に話しながらも、努力はしてきた会社員の知識を少しずつ織り込む。
触発された父は領地経営に力を注ぎ始め、設定の悪徳領主で浮気好きから遠ざかる。
母は、父の浮気に当てつけて浪費する設定なので、こちらも回避できそうだ。
使用人にも優しく、美しい両親。
妹を溺愛したりしないから、アリスティアの悪役化も防げる。
アリスティアは小さい頃はまだ少し不満なようだった。
「イグニスお兄様、私は綺麗なドレスや宝石が好きなの。これはいけないことかしら?」
「好きな物は誰でもあるよ。でもドレスや宝石を手に入れてどうしたいのかが問題じゃないかな。それで褒められたり愛されたりしたいなら違うと思う。だってアリスティアはもう沢山愛されているだろう?」
「そうね。私は頑張った分、ちゃんと愛されているわね。ありがとうお兄様」
なかなか素直で可愛い妹になってるな。
この国の第一王子のレニアス様は、幼い頃身体が弱くて、自然豊かなメヤード公爵領地に2年ほど滞在された。
僕たちとは幼馴染というやつだ。
そして、10歳になり、アリスティアと婚約した。
兄は侯爵家の令嬢と婚約して、僕は伯爵令嬢と婚約した。
勿論婚約者は大切にするつもりだ。
ゲームの世界は学園物。
15歳から18歳の王立学園が舞台だ。
ヒロインは転生者だろうな。
そうでなければ、幾つかあるルートを選ぶなんてできないはずだから。
ヒロインの物語補正で、アリスティアが婚約破棄される確率は高い。
今のうちから手は打っておきたい。
味方を増やすために、メイドの息子で幼馴染のトールを鍛え上げた。
文武両道、魔法の才能も高い。
学園は、基本的に王族や貴族だけと思われているが、才能ある庶民も試験に受かれば入学できる。
両親に、トールも一緒に学園に行きたいと、初めての我儘を言った。
勿論認めてもらえた。
そして、兄とトールも加えて、魔道具の開発なんか始めた。
父が出資する商会の工房を借りて、アイデアは僕が、魔法は協力して、幾つか商品化に成功して、父の名も上がった。
妹は褒めて育て、家族全員には
『愛されることも幸せだけど愛する幸せを知ることも大切』
という、前世の母親の言葉を刷り込んだ。
あ、でも僕はマザコンじゃないからな。
まず、兄のアルバートが学園に入学した。
僕たちは年子だから、僕が2年生になるタイミングでヒロインが現れるはずだ。
次の年に僕とトールが入学して、ヒロインの攻略対象者以外、いわゆるモブキャラに人脈を築き始める。
身分はさまざま、兄と共に魔道具開発をする仲間も増えた。
両親は仲良く、アリスティアは優しく愛らしいまま、いよいよ入学を迎えた。
ヒロインはマリエッタ・ユノスという。
ユノス男爵家の庶子だ。
ユノス男爵はあまり評判の良くない人で、マリエッタを餌に大物を釣る気満々に見える。
マリエッタはヒロインだけあって、桃色のふわふわな髪に赤い瞳。
華奢な身体つきで小動物のような雰囲気。
大人しくしていたら、普通に幸せになりそうに思える。
マリエッタの動きは結構早かった。
まずは脇からということか、僕のところに来たのだ。
僕も攻略対象者だった。
忘れてたぜ。
「イグニス様、私あなたが心配なの」
ふうん、僕は心配されるのか。
「本当は素晴らしい能力があるのに、兄の陰に隠れて正当に評価されない。本来ならあなたの方が次期当主に相応しいのに」
そんなこと、ぜんっぜん無いから。
「あなたの本当の姿、私なら分かる」
肩に手を伸ばしてきたね。
それ、駄目だよ。
「マリエッタ様、婚約者のいる男性に触れるのは、淑女としてどうかと思いますよ。それと僕は兄を尊敬していますから。失礼」
さっさと立ち去る。
充分離れた所で、開発した魔道具の1つ、通信の指輪で仲間に連絡する。
「目標が動き始めたぞ。固有魔力を記録したから、追跡しやすくなった。これからよろしく頼む」
「了解しました」
情報収集の始まりだ。
マリエッタは、なかなか機敏に動いた。
第一王子のレニアス様や兄のアルバートは3年生だから、急いだのだろうな。
兄は、優秀な弟に脅かされてるって言うマリエッタを、華麗にスルーした。
兄貴、信じてたぜ。
王子は駄目な方だった。
第二王子が優秀なことを恐れてたらしい。
アリスティアが愛してるのに情けないぞ。
マリエッタは王子狙いかと思ったら、律儀にも攻略対象者全員を巡った。
これから2年生3年生とあるのにタフだな。
アリスティアにも脅しをかけてきた。
悪役らしくないアリスティアが、転生者だと思ったみたいで、ストーリーがとかイベント回収がとか言って、困らせた。
アリスティア、ごめん。
後で美味しいお菓子でも奢るから。
僕が3年生になり、第一王子と兄が卒業した。
アリスティアは、入学してから未来の王妃として王宮に通い、王妃教育を受けている。
辛いだろうが、頑張っている。
マリエッタは、夜会の度に、男たちとベタベタしてる。
その間にも、アリスティアが悪者だと噂を流し、そのくせ王子だけに狙いを定めない。
どうするつもりか呆れるくらいだ。
ゲームならエンディングを見てお終いだけど、転生したなら生きているわけだ。
ちゃんとその後の人生があるって分からないんだろうか。
まあ、いい。
僕は卒業後も、学園に監視網が機能するように、仲間を増やしていく。
トールはもう相棒だ。
勿論、アリスティアを慰めて、卒業まで頑張れるようフォローは忘れない。
アリスティアの精神を守り、マリエッタの監視を続けて、僕は卒業を迎えた。
あと1年、アリスティアたちの卒業パーティーまでが勝負だ。
開発した魔道具を使い、学園に残る後輩監視員たちと連絡を取り、指示を出す。
未だに慣れない夜会に、婚約者と出席して、大人たちの人脈も築く。
夜会の度にマリエッタを見るのは嫌だけど、あいつ、そろそろ性格の悪さが顔に出てるんじゃないかと思う。
そんなこんなで、アリスティアたちの卒業パーティーが近づいてきた。
婚約破棄されるだろうアリスティアは可哀想だけど、反撃の準備はした。
舞台を効果的に演出するため、人脈も活用させてもらった。
アリスティア、もう少しの辛抱だよ。
王立学園の卒業式後、学園の大広間で卒業パーティーが開かれる。
保護者も全員ではないが出席して、華やかに誇らしげに乾杯して、立食パーティーが始まった。
アリスティアの婚約者として出席しているレニアス王子殿下は、アリスティアと一緒にいない。
広間の1段高い場所に、マリエッタと並び、他の婚約者がいる多数の男たちと群れている。
宴たけなわなその時、ついに発せられる言葉。
「アリスティア・メヤード、お前との婚約を破棄する。ここにいるマリエッタ・ユノスへの数々の苛めや嫌がらせ、我慢にも限界がある。素直に罪を認め謝罪しなければ、投獄して断罪する。なおこの場でマリエッタ・ユノスとの婚約を宣言する」
一気に言ったね。
「レニアス様、私は何もしておりません」
アリスティア、辛いだろう。
もう少しだけだ。
「白々しいぞ」
「私が何をしたと言われるのですか」
「とぼけるのか、そこまでとはな。ではよく聞け。まずは私の在学中から取り巻きを使いマリエッタの悪口を流した。度々教科書や体操着などの持ち物を切り裂き壊した。教室で水を浴びせかけたことも、最近はとうとう階段から突き落とし怪我をさせたと」
よくそんな長台詞言えるな。
「そんな、私は」
アリスティアが震える。
マリエッタが涙を流して見せる。
「アリスティア様、謝罪してくだされば私はいいのです」
「もういい、取り押さえろ」
取り巻き男たちが動いた。
「お待ちください!」
さあ、出番だ。
アリスティア、ごめんな。
「何だ?イグニス、なぜここにいる」
「レニアス様、私の婚約者が卒業式でしたから」
「今の話は聞いただろう。なぜ止める?妹可愛いさでは済ませんぞ」
「それで、妹とは婚約破棄、マリエッタ様と婚約なさるのは間違いありませんね」
「ああ、宣言した」
「では、まずこちらを」
開発した魔道具は、通信の指輪だけじゃない。
魔石を使い、術式を組み込み苦労した。
みんなの前に現れる映像。
音声も再生できる。
アリスティアの襟首を掴み突き飛ばすマリエッタ。
「あんた転生者なんでしょ。ちゃんと悪役やりなさいよ。イベント回収しないとストーリーが進まないの」
「な、何のことでしょうか?」
「とぼけないで仕事しろって言ってんのよ」
地団駄を踏むマリエッタと、突き飛ばされ地面に倒れるアリスティア。
その場のみんなが呆気にとられる。
次は自分で教科書を切り裂くマリエッタ。
実に悪い笑顔だ。
体操着をビリビリにするマリエッタ。
ペンケースを踏みにじるマリエッタ。
「あんな女のせいで面倒なのよっ!」
みんなの視線がマリエッタに向かう。
怒りで顔を赤くしたマリエッタが叫ぶ。
「何よ!こんなの幻影魔術か何かでしょ」
僕はニッコリ、優しげに笑ってみる。
「生憎、この記録魔道具は、王家の会議にも採用されて使われていますよ」
「そうだ。間違い無い」
「ありがとうございます陛下」
人脈を使い、お忍びで出席していただいた国王陛下のお顔は冷たい。
次の映像は、自分に水魔法を使い、びしょ濡れになり、誰かが近づいてきたら泣き崩れるマリエッタ。
次は階段。
誰もいない。
躊躇い無く、自分の腕を手すりにぶつけて痣を確認して階段の下に寝転がる。
誰かの足音がしたら泣き声をあげるマリエッタ。
イグニス殿下の顔色も悪いな。
まだまだ、こんなものじゃアリスティアが努力したものを壊した罪は償えない。
恥ずかしながら、最初からご覧いただこう。
「イグニス様、私あなたが心配なの」
蠱惑的な笑みを浮かべたマリエッタ。
「本当は素晴らしい能力があるのに、兄の陰に隠れて正当に評価されない。本来ならあなたの方が次期当主に相応しいのに」
ずんずん近づいて来る。
「あなたの本当の姿、私なら分かる」
肩に手を伸ばし、触れる。
「マリエッタ様、婚約者のいる男性に触れるのは、淑女としてどうかと思いますよ。それと僕は兄を尊敬していますから。失礼」
ちょっと恥ずかしいな、次いこう。
「アルバート様、悩みがおありでは」
また誘惑するような笑み。
「何かな?マリエッタ様」
絶妙に距離を縮める。
「あなたは優秀な弟を持たれ、脅かされていられるのではありませんか?私なら」
サッと離れる兄上。やるな。
「生憎そのような悩みはありませんよ。婚約者のいる男性に近づくのは慎みに欠ける行動ですね。失礼」
よっ、兄上、格好いいぜ。
「何なの!アリスティア、あの女のせいよ」
次だ。
「イグニス殿下、お疲れですか?」
「あ、ああマリエッタか」
微笑みながら近づくマリエッタ。
「殿下、お悩みがおありでは?私のような者でも分かります。第二王子殿下に靡く家臣が多く、こんなにも努力されてお優しいイグニス殿下がお辛いこと」
「マリエッタ」
肩に手を置く。
「殿下どうか私にも、一緒に悩みを背負わせてください」
「マリエッタ、私のことはイグニスと」
あー、頭抱き寄せちゃった。
殿下とマリエッタの顔が青くなったり赤くなったり忙しい。
まだいくよ。
「ザリク様?」
「あ、マリエッタ」
宰相の息子だな。
「ため息をつかれて、悩みがありますか?」
「マリエッタは、母上は?」
「私の母は身分が低く、今はどこにいるか分かりません」
「済まない、悪いことを聞いた」
「いえ、ザリク様も母上が?」
「幼い頃に亡くなった。今の母上は悪い人ではないが、心から母とは」
「お辛いのですね。分かります」
「マリエッタ」
熱い抱擁。
次は誰だっけ?
「ギルハン様あ」
後ろから目隠しか。
騎士団長の息子だな。
「マリエッタ、驚いたぞ」
「だって何か寂しそうだから」
「姉上が嫁いだ。忙しい母代わりだった」
「強い騎士様は寂しがりなのね」
口調も大分崩れてきたし、そのまま抱きつくかよ。
「マリエッタ」
「寂しいなら言ってね」
宰相も騎士団長も青くなってるな。
まだまだ、後10人近くいる。
王宮魔道士の息子とも、執政の何人かの息子も、騎士団の隊長クラスの息子たちとも、みんな婚約者がいるのに、抱き合い、ベタベタしてた。
学園の教師も2人いたな。
この国大丈夫だろうか?
国王陛下の目は絶対零度になってるよ。
もうついでだから、僕が卒業してからの映像も、全て公開しよう。
不公平になると、いけないからね。
マリエッタの固有魔力で、撮影装置が少し離れていても、中継する宝玉に固有魔力の持ち主が投影される。
仲間たちの知恵と魔法の結晶だ。
マリエッタのための、マリエッタ上映会。
夜会の途中、庭園に抜け出す影が2つ。
暗くても映像は撮れる。
僕たちの魔道具を舐めてはいけない。
「情熱的なダンス楽しかった」
「もう君に夢中だ」
誰だ?もう攻略対象者ですら無いぞ。
多分他の公爵家の当主のはず。
「ケルト様」
「マリエッタ」
わ、映像、自主規制したい。
熱い口づけを交わす2人。
その後も、夜会の映像は、自主規制ものだ。
こうやって続けて上映すると、マリエッタは律儀に攻略対象者とも熱い夜を過ごしているのが分かる。
むしろ、王子とは抱擁と口づけ止まりなのが滑稽だ。
卒業パーティーの会場は静まり返る。
顔色の悪い男たちと、静かに怒る令嬢たち。
最後の仕上げだ。
ユノス男爵家の居間が映る。
トールの活躍で、ユノス男爵家に潜り込んだ使用人が記録した。
「マリエッタ、妊娠は確実だぞ」
「大丈夫よ。このまま王子と結婚する」
「ふん、医者には金を握らせたが、場合によっては始末する。金がかかる」
「王子と結婚して子供も生まれたら、そんなのお釣りがくるでしょ」
「まあ、いい。婚約したら早く結婚しろ」
「大丈夫、すぐ結婚したくなる。私はモテるから」
響き渡る高笑い。
マリエッタはついに、膝をついた。
「ここまでだ。もう良い」
国王陛下の冷たい声。
「はい、ここまでにします」
これで、ほとんど全部だしな。
アリスティアが国王陛下に声をかける。
「国王陛下、王子殿下との婚約破棄は私からもお願いします」
「勿論認めよう」
アリスティアは、最初は衝撃を受けたようだったけど、もう冷静だ。
「さて、レニアス。マリエッタ・ユノス男爵令嬢との婚約は認めよう。して、そこのマリエッタ孃に夜会のため贈ったドレスや装飾品、その費用はどこから出した」
「未来の王妃のため、王妃教育費を使いましたが」
レニアス殿下も、もうどうしたらいいか分からないって表情だ。
「王妃教育費は国家予算。私的に使うなどもってのほか。それも分からんとは」
アリスティアは、両親と僕たちと一緒にその後を見守る。
「宰相以下、今回の件に関わった子息は屋敷に連れ帰り、沙汰があるまで謹慎せよ。レニアスとマリエッタの身柄は拘束する」
国王陛下の護衛騎士たちが動く。
「此度、次に国を支える者を育てる学園において、騒動の一端を王子が担ったこと、余の不徳。詫びを申す」
軽く頭を下げる陛下に、皆跪く。
「関わった教師については、学園長に一任するが、それで構わぬか?」
「教師でありながら生徒の誘惑にのり、良からぬ関係を持った者。厳しく処罰致します」
そして、こちらを向いた国王陛下。
悲しみと、慈愛に溢れた眼差し。
「アリスティア・メヤード公爵令嬢。余の不徳により、厳しい王妃教育を努めたそなたに辛い思いをさせたこと、許されよ。そなたが何にも恥じることなき淑女であると、王妃はもとより、王家が宣言しよう」
「勿体無きお言葉、ありがとうございます」
アリスティアの名誉は回復された。
パーティーはお開きになる。
マリエッタが誘惑した、ここにいない貴族たちも、王家から厳しい追及があるだろう。
屋敷に帰る馬車の中、アリスティアが口を開く。
「イグニスお兄様。お兄様たちの魔道具で疑いが晴れました。ありがとうございます」
「大切なアリスティアのためだよ」
「でも、あの記録はちょっと、卑怯と言うか色々と酷くて嫌でしたわ」
「アリスティア、その、今度美味しいお菓子を奢るから」
「一度や二度では済ませませんよ」
「わ、分かった。約束する」
「楽しみにしていますよ。イグニスお兄様」
「ああ、アリスティア、ごめんな」
和やかに屋敷に帰る馬車。
本当にごめんな、アリスティア。