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真残者の神鬼牢  作者: 真田善弘
始まり
12/27

壱0話

 4月21日 22時35分


 残と桟、晃との食事を終え彼等と別れた真田は1人街中を歩いていた。夜も更けてきたせいか、街の明かりは殆ど消えているが飲み屋やスナックの灯りがともっており、スーツ姿の男性が客引きをしていた。真田はそれらをかわしていくと、DVDのレンタル店を見つける。まだ返却のために開いているからか、電気が煌々とついている。真田はレンタル店に隣接しているスポーツ用品店。その2店の間にある狭い道を歩いて行く。その道は人が2人並んで歩くのがやっとといったところで非常に狭い。


「やれやれ、相変わらず狭いっすねーこの道は。まあ、しょうがないっすけど」


 狭い道を通り抜けると、そこには1件の銭湯があった。そこは温泉でも健康ランドでもない。本当に昔ながらの今どきとなっては化石のような銭湯である。本来であればこんな時間に銭湯が開いていないが、何故かまだ開いている。

 否。これでは語弊がある。この銭湯は真田を含め、ある者達のために開いているのだから。


「すいませーん、晩はーっす」


 引き戸の扉を開けると、番台には身長140cmほどの老婆が座っている。年齢は70代後半から80代前半と言ったところで膝掛けをかけていた。


「大人300円」

「こんばんはっすねチヲノさん。普段なら寝るところでしょうが、申し訳ないっすね」

「……大人300円」


 真田の問い掛けに対しチヲノと呼ばれた老婆はただ同じ言葉を繰り返すばかりである。だが、真田は特に何も言わず300円を支払うと、老婆から鍵を渡される。真田はそのまま男湯へと進んでいく。当然と言えば当然だがそこには誰もいない。


「いやあ……出来ればひとっ風呂浴びたい気分なんすけどねぇ……」


 実に残念そうな表情を浮かべながら真田は脱衣所を抜け更に風呂場の壁際にある部屋の前に立つ。扉の上の方にはスタッフオンリー、ボイラー室と書かれている。いい意味で古臭い銭湯なのだからスタッフオンリーという横文字には真田は違和感があった。そして更に違和感があることに、その扉にはその壁の薄さに不釣り合いな大きな錠前がかかっていた。いくらボイラー室といえどここまでする必要があるのか。勿論、普通のボイラー室であればそんな必要はない。ただし、普通のボイラー室であれば、だが。


「真田でっすよーっす……と。失礼しまーす」


 真田は懐から先ほどの鍵を出すとガチャリと開ける。そこには大仰な湯沸かし器はなかった。そこにはそれまでの銭湯の雰囲気はなく、15畳ほどの空間に6つの椅子と大きな円卓がある。そこには既に4人が椅子に腰掛けていた。


「よう、真田ァ。相変わらずギリギリだな御前は」


 椅子の背もたれに腕を掛けながら声をかけてきたのはスーツ姿の羽曳野夜蝶である。遅れてきた真田にニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべながら声をかけるが、真田としてはいつものことなので特に気にした様子はない。


「いやあ、遅れてしまってすいませんっすねー」

「まあ、別にいいじゃろがい。別に時間に遅れているわけじゃないしのう」


 夜蝶を戒めたのは頭皮の後退が随分と進み切った小柄な老人である。先ほど番台に座っていたチヲノという老婆とは同年代と思われる。スーツ姿で右耳はなく、その部分には義耳を付け更にインカムを付けていた。また、椅子の隣には杖が立て掛けてある。


「フフ……」

「フン」


 その様子を眺めていたのは他の椅子に座っている2人である。1人は白く長い髪をゴムで後ろに束ねた、少年と言っていいほどの若い男だ。年齢は10代後半から20代前半と言ったところで、アイマスクのような形をした仮面をつけて目元を隠している。そのアイマスクが特に目を引くもので、白い色をベースに赤い火の玉が2つ、眼球に当たる部分に描かれている。その形があたかも目のように描かれて表情のようになっていた。もし人探しをするならば一発で分かるようなものだ。格好は他の4人と同様のスーツ姿だが、何故か春先の現在でも首元にマフラーを巻いている。


 もう1人はスーツの上着を脱いで椅子の背もたれにかけている40代後半から50代半ばと思われる男である。ある程度いい年齢になっているであろうが、頭皮の後退も白髪もなく、苦労が刻まれたような皺が年相応にある。それだけであればただのサラリーマンであろうが、その男性には普通のサラリーマンとは決定的に違うものがあった。1つ目は眼帯。右目に黒いアイパッチが付いており、更に左目には縦に大きな傷が付いている。


 そんな彼等に真田は会釈をするも、白髪頭の少年は特に何もせず眼帯の男は鋭い眼光を真田に向けていた。一方の真田もそんなに気にしない様子で白髪頭の少年の隣に空いている椅子に座った。因みに今のところ真田以外全員がスーツを着ているせいか、エプロン姿の真田が非常に浮いている。


「あ、ゼンサンどうもっす」

「ええ……。どうも、真田さん。今晩は……」


 漸と呼ばれた少年はそこでようやっと気が付いたのか真田のいる方に会釈をした。


「いや、失敬。皆さんお待たせいたしましてすみません」


 そう言って先ほど真田がやってきた扉が開く。そこからは30代半ばと思われる細い目の青年と、先ほど番台に座っていたチヲノの2人がやってきた。その2人、特に青年を確認すると5人全員が立ち上がり、右手の拳を左肩に当てる。


「いえ、我々も先ほど到着したばかりですっす」

「お待ちしておりました。師長」


 普段誰に対しても粗暴な態度や言葉遣いが目立つ夜蝶ですら、丁寧な話し方をする。目の前の青年はそれほどの者であるのか。答えはYESである。彼こそが、鬼退治専門組織安綱。そのトップに立つ者、道真の者なのだから。


「旦那様」


 チヲノは椅子を引いている。青年はどうも、と言いながら椅子に座るとそれに合わせて立っていた5人も座りなおす。一方チヲノはお茶を淹れ始めた。


「では、定例会議を始めましょう。既に資料の方は頂いていますが……剱裂さん、鬼の小規模組織、ロクロの壊滅ご苦労様でした」

「痛み入ります」


 眼帯の男が応える。鬼は基本的に独立して行動し自分が望むものを殺し望むものを喰らい、自分の中にある足りなさ。絶対に埋まらない穴を埋めようとする。しかし、個体差はあれど一定量の人間を喰らい続けると満たされない飢えの代わりに鬼としての自我が生まれる。そうした鬼達は鬼人の存在にも気づき、隠れて群れを作る。そうした鬼の組織的集団は当然ながら鬼人数人では倒せない。


 残や晃のような特殊な例であっても、1人~2人で1体の鬼を倒せれば上出来であり、数体の鬼ともなればその倍以上の人員が要る。そして人員が必要となればそれを統率する者が必要となる。剱裂家はそう言った鬼の組織的集団に対処するための特殊人員を多く輩出している師族なのである。


「ただ、人員の死亡者数も多いですね……羽曳野さん、そちらの方はどうなっていました?」

「ロクロの件につきましてはウチの朱音を筆頭に現場を回しましたが、即死が大半でした。治療が出来たのは7人が限度で、今回の作戦で上級鬼人の4%が亡くなったことは私としても遺憾でありません」


 その一言を言いつつ夜蝶は剱裂を睨みつけるが、当の本人は眼帯で見えないのかそれとも必要な死とでも思っているのかなんのリアクションも返さない。


「次に、異常個体の件につきまして。八照神君。そちらはどうなっていましたか?」

「異常個体、モグラにつきましては僕が倒しました。供喰いが確認されており、目の集約が確認されております。こちらについては洲王さんの途中資料を参考にお願いします。僕からは以上です……」

「なるほど……」


 そうして会議は進んでいく。鬼源の回収、進捗状況。新しい鬼人の発掘、スカウト。死亡した鬼人の家族に対する対応状況、現行の鬼人たちのストレスケア等の話が進んでいく中、最後の話題となる。


「特殊個体についてはどうですか? 真田さん」

「今のところは変わった様子はないですねー。ただ」

「ただ?」


 真田はそこで言葉を区切った。無論、青年はそこに引っ掛かり問う。


「壊れ始めている可能性はありますね」

「わかりました。引き続き、追跡をお願いします」


 その言葉を最後に会議は終わりを告げた。

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