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真残者の神鬼牢  作者: 真田善弘
始まり
1/27

零話

 もし、これが夢だとするなら正に悪夢と言っていいだろう。そう思わざるを得ない状況にその女はいた。時刻は夜中の11時を回ったころであろうか。年齢は22歳。長く茶色い髪の毛を後ろで束ねていたが、髪留めのゴムは千切れ服は所々が裂けていた。


「おい、まだか……ちゃっちゃとしろや」

「あー、はいはい。待ってろ待ってろ」


 女の身体を囲むように2人組の男に取り押さえられていた。男の1人は女の口と手を抑え、もう1人がナイフで女の服を裂いていく。下手に動けばナイフが刺さってしまうため容易には動けず、声も出せない。夜ではあるが気温が30度に届きそうな程であることだけが唯一の救いだが、蒸し暑さは女性を救ってくれそうにはない。


「残念だったよねー、お姉さん。こんな夜更けに1人で歩いてっから悪いのよー」

「まさかお姉さん処女じゃないよね? まあそれならそれでむしろ嬉しいんだけどさ。それよりよ、こんなとこより車に移した方がよくね?」

「あー、俺外結構好きだし」

「こ……」


 男達がまるで世間話でもするような軽い調子で話しかけ、笑っている。そんな簡単に自分の純潔を奪われると思うと涙が出てきた。近道して帰ろうと思っただけの女は、押さえつけられた男の指の間からなんとか言葉を漏らす。


「こんなことして……!!」

「あー、はいはいお姉さん。それじゃあ御開帳と行きますよー、ぺろ……!!?」


 女の服を斬り裂き、そして引き千切った男が女の服の前を肌蹴させようとした時だった。男の身体が横に吹っ飛ぶ。


「なっ!? な、なんだ! 誠二せいじっ!!」

「えっ……!?」


 街灯もなく、人が住んでいるかどうかも分からないような家屋ばかりが建ち並ぶ中、その空白を埋めるかのように「彼」はいた。卸し立てなのか少しブカブカとした真新しいオーソドックスな学生服を第一ボタンだけ外して着ている。年齢は16歳前後で身長は170㎝程。くすんだような、少し色素の抜けた灰色の髪の毛に眼の下の隈は少年の不健康さを醸し出していた。しかし、尤も特徴的なのは彼の唇についている傷だった。右の上唇の凡そ三分の一の辺りから、下唇の左三分の一の辺りへと、斜めに大きく引き裂くようについた傷は古傷であるにもかかわらず血が滲んでいるのか紅く非常に痛々しい。


「お、御前!! 一体なんだ! こんな夜中に」

「……こっちの台詞だ。近所迷惑だよあんた等……」


 灰色の髪の少年は億劫そうに欠伸をしながら言う。その様子はとても女を救いに来たとは言えず、あまりにも正義の味方と呼べるような存在には思えない。


「いってぇな……何しやがんだ!!」


 先ほど吹っ飛ばされた男が立ちあがって戻ってくると、そのまま少年の胸ぐらを掴む。男の顔は先ほど少年に蹴られたのか、紅くなっていた。少年はやれやれと言った様子でため息をつくと、左手で唇に触れる。


「……」

「ヒーロー気取りかぁ!? そういうのが俺等一番嫌いなんだよ!! ……んだ、おい! ビビってんのかぁ!? なんとか言ってみろや!!」

「……だ」

「ああ!? 聞こえね、」

「……近所迷惑、だ!!」


 男の言葉を遮りそう言った時、少年の左手には白い木刀が握られていた。そのまま腕を振るうと木刀の柄尻が男の眉間を叩く。


「ガアッ!?」

「……次」


 少年はそこで止まらず、その場に蹲る男の頭をサッカーボールのように蹴りつけるとすかさずもう1人の男へと向かう。


「テメッ!」

「……ハァ」


 男はナイフを少年へと向けるも、少年は気にせずに木刀を握る手に力を込めると瞬時に木刀を男の側頭部に叩きつけた。小さな悲鳴の後、男がその場に倒れ込むと、少年は更に身体の節々を木刀で殴りつける。


「……はい、おしまい……」


 男達はそのまま動かなかった。と、言っても殺したわけではなく、僅かながらうめき声を挙げていた。痛みのせいで動けないだけである。


「……あ、貴方……一体……?」

「……こんな時間にこんな所にいるアンタも悪いよ」


 少年は腰を落として女に目線を合わせる。先ほどまで怯えていた表情は安堵よりも突然のことに対する驚きの方が強いのか、涙は頬を伝った跡が残っているだけであった。そこで初めて、女は自分が半裸であることを思い出し腕で胸元を隠す。


「その木刀……どこから出したの?」


 気が動転したのか、それとも恥ずかしさから話題を変えたかったからか、女は素朴な疑問を口にした。少年が現れた時、彼は何も持っていなかった。近くに木刀を置いているわけでもなかった。

 にもかかわらず、目の前の少年は気が付いた時には木刀を持っていた。


「……」


 それに対して少年は何も言わずに木刀の柄を握ると、ソレを躊躇なく引き抜く。それまで木刀と思われたソレは木刀ではなく、刀であった。しかし、それを刀と呼んでよいものか、甚だ疑問ではあった。何故なら、その刀の刀身は真っ黒であったからだ。


「……喰らえ」


 そう言うと、少年はその場に伸びている男達をそれぞれ斬り付ける。一瞬、女性は声を挙げそうになったが、その声はすぐに戸惑いに変わる。男達の身体は確かに斬られたはずであったが、その身体には傷はついていない。男達は伸びたままではあるが先ほどまでと違い、憑物が取れたように規則正しい寝息を立てていた。


「切れて、ない……?」

「……はいよ、仕事終了」


 そう言うと、少年はすぐに刀を鞘に戻す。と、そこで鞘についた血を少し眺めてから、その場に伸びている男の服で血を拭い、それから刀を先ほどの逆再生のように唇の傷に入れて行く。


「……仕事は終わったし俺は帰るから。アンタも早く帰りな……」

「あ、あの。あ……ありがとう! その……名前は!?」

「……ざん


 灰色の髪の少年。残は足を止め横顔だけ女に見せてから、今度こそ一度も振り返ることなく帰路についた。

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