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雨宿り中の二人が帰るまで

作者: 狸路鯉

 最悪な天気だ。これでもかと降り注ぐ雨に、体にまとわりつく強風。傘もなく、走って帰ることすらできない。そんな天気。

 ザーザーと、雨を打ち付ける音が絶え間無く聞こえてくる。ヒューヒューと風は、建物の合間を走り抜けて叫び声をあげていた。

 はあ、とため息が漏れる。雨宿りをしていても、風が私の元に雨を運んでくるし、そのせいで制服はびしょ濡れ。

 しばらくは止まないな。

 濡れた制服が気持ち悪い。冷たい体に、より冷たく濡れたものがべったりとひっついている。冷たい風がさらに追い打ちをかけるように私の体を撫であげた。ブルリと震える体。せめてもの抵抗に体を抱きしめる。

 髪から滴る雨が邪魔で髪をかき上げた。ふぅ、とまたため息。


「……あ」


 目があった。相手もびしょびしょで、寒そうに軽く震えていた。クラスの佐伯くんだ。

 慌ててそらす。目がばっちりあったのが気まずい。逃げ出したいが、雨宿りをできるのがここしかないし、雨にさらされてまで逃げたいわけでもない……。

 佐伯くんはハハッと乾いた笑みを漏らして、鬱陶しそうに空を見上げていた。


「参ったな。これじゃあ、しばらく帰れそうもないね。田中さん、朝、傘持ってたでしょ? どうしたの?」

「誰かに盗まれちゃった。ついてないよね」


 お互い、溜息を吐く。そう、私はちゃんと天気予報を確認してきたのだ。なのに、まさか誰かに盗まれるとは思ってなかった。


「本当に、ついてないね。でも、俺に会えたことはついてるよ」

「なんで?」

「だって俺、タオル持ってる。使う?」


 しかも二枚も、と茶目っ気たっぷり。


「そんなに備えてるなら、傘持ってきなよ」

「いやー、これは体育で使う予定だったんですー。濡れてたら風邪ひくよ、ほらほら」


 嬉しそうにぐいぐいとタオルを押し付けられる。なんか、こいつ、楽しんでるぞ……。


「ありがと」


 受け取ったタオルでがしがしと髪を拭く。洗って明後日ぐらいにでも返せばいいや。柔軟剤の香りが、うちのと違って微妙に違和感。タオルを首に巻いた。


「田中さんって、濡れると、髪が伸びるんだね」

「癖っ毛だから。まっすぐに憧れてる。だから、雨は困るんだ。湿気でうねるから。今はまっすぐだけど、そのうち乾き出したら、すっごくうねるよ」

「見てみたいな、それ」

「みたくなくても、しばらくここにいたら見れるよ」


 本当を言えば、あまり見て欲しくない。蛇みたいにうねった髪を見られるのは恥ずかしい。


「じゃあ、いつもの田中さんは、妥協の上でのアレなんだ。ホントはストレートになりたいんだ」

「そうだよ」


 佐伯くんのストレート発言に胸が痛い。なんかもっと、女を磨けって言われた気分だ。

 ストレートの髪に対して憧れはあるが、縮毛矯正にはちょっと恐怖がある。


「けど、田中さんは癖毛の柔らかい雰囲気が似合うよ」

「ありがとう」


 佐伯くんは思いのほか、直球な人だとわかってきた。クラスだといつも笑ってるイメージしかなかった。


「いつもなんの本読んでるの? 時々、授業中も読んでるよね」

「ミステリーとか恋愛とか。授業中に読んでるのは内緒にして」

「へぇー。授業中に読むの、いけないんだー」

「だから、内緒ね」


 悪戯っぽく笑う佐伯くん。なんだか、本当にいつも笑っている。

 雨が早くやまないかなぁ。ほんの少しでいいから勢い弱めてくれたら、頑張って帰るんだけど。


「田中さん、雨が止んだら虹ができるよ。虹がみたいね」

「止むまで待つのはちょっとなー」

「田中さんドライ」


 冷めてる、という目で見ないで下さい。お風呂に入って、冷えた体を温めたいんです。早く帰りたいんです。というか、一向に止む気配がありません。むしろ勢いが増してます。怖いです。


「田中さんがこんなドライだって思わなかったよ。俺もっと優しい人だと思ってた」


 でも、田中さんが知れた。と笑うあたり、この人ストレートすぎてこわい。思わず二度見した。

 佐伯くんは結構、女子に人気だ。いつも笑顔なところとかいい人だとかで。だけど、それが彼の魅力じゃなかった。話してみればこのストレートな物言いに、言われた相手がドキドキするのだ。

 なんか、このまま二人で会話を続けてたら、死んでしまいそう。


「田中さんさ、連絡先交換しない? 俺、田中さんと仲良くなりたいんだ」

「いいけど……」


 どきどきする。佐伯くんのストレート発言が、胸に刺さる。男子と話すなんて久しぶりすぎて、この話し方が普通なのかわからない。こんなストレートに相手にものを伝えるのだろうか。

 戸惑う私をよそに、スマホ片手に近寄ってくる。手帳型のケースだ。

 あ、近い。いや、友達との距離ってこれくらいだけど、男子との距離はこんなに近くないし、そもそも、会話はない。全くない。


「どうしたの? 顔、真っ赤だよ?」

「ど、どうぞ、おかまいなく……」

「具合悪いの? 雨で体濡れちゃったし」


 人の顔色を伺える距離って、近いですよね。まって、佐伯くん、近いよ。おまけに、でこに手まで添えられてるっ。


「いい、だ、大丈夫だから……。だから、手を離して欲しい、なぁ……」

「あ、ごめん。つい……」


 挙動不審にもほどがある対応を気にせず返してくれたのがありがたい。雨宿りでこんなに心拍数が上がるとは……。雨、恐るべし。

 どうにかして、連作先を交換した。私のスマホに初めて男子の連絡先が刻まれた。佐伯くんは嬉しそうだった。


「そこの角曲がって、少し行くと、コンビニあるでしょ? そこで傘買ってきたいんだけど……。二百円貸して」


 少し恥ずかしげに頭をかきながら、今これだけしかないんだ、と恥ずかしそうに笑う。たしかに、傘を買うにはきっかり二百円足りない。


「それで、一つ買って、二人で入って帰ればいいかなって。田中さん家まで送るよ。家わかんないから、案内して欲しいな」


 傘を買って、私を送ることは決定事項のようだった。たしかに、それだとありがたい。この大雨の中で止むのを待つよりも、この方が絶対にいい。ただ、問題があるとすれば、私の気持ちだ。ぞくにいう相合傘だし、距離はもっと近くなって、ずっといなきゃいけない。……多分、死ぬ。私は死ぬ。

 それで断るのはあまりにも佐伯くんに失礼だし、理由を言えないから、勘違いされる可能性がある。


「いいよ。はい、これ。雨に晒しちゃうことになって、ごめんね。あ、あと、荷物持つよ。教科書とか濡れたら大変だし、走りにくいでしょ?」

「ありがとう。お金は明日返します。荷物は、少し重いけど、我慢してね」


 お金を渡すと、佐伯くんは全速力で走っていった。早い。さすが男子。

 佐伯くんの姿がみえなくなって、息をはいた。佐伯くんは優しい人で、直球で、すこし可愛い人だなぁ。あと、女の子慣れしてる。

彼の自然体が、一緒にいる相手を落ち着かせたり、ドキドキさせたりして楽しませるのだ。彼は素敵な人だ。

 素敵な人だと知れてよかった。


「おーい、田中さーん。傘買ってきたよー」


 佐伯くんは傘をさしながら走ってやってくる。ずっと濡れていたから、制服がすこし透けていた。


「はい、入って。あと、カバン。重かったでしょ、ありがとう」


 なんだか、傘があるせいなのか上機嫌だ。 やっぱり、人二人入るには、普通のビニール傘じゃ、小さい。時折、肩がぶつかる。すこし佐伯くんの方が背が高かった。

 篠突く雨が傘に当たってうるさい。こんな近距離でも時々、佐伯くんの声が聞こえなくなる。

 佐伯くんの声はクラスの男子よりも低くて、柔らかい。耳にすんなりと馴染む声だ。柔和な表情と相まって和んだ。

 誰かと一緒に帰るのは小学生以来だろうか。中高ともに徒歩圏内の私には同じ徒歩圏の友人はおらず、みんな自転車や電車で通ってきていた。放課後に遊ぶこともない友人たちだ。いつも、一人で帰っていた。

 そんな私と対照的に佐伯くんはいつも放課後に寄り道をして帰っていたようだけど。

 だから、私はあんまりこの辺りに詳しくなくて、佐伯くんはよく知っている。

 どこのお店がおしゃれだとか、美味しいくてリーズナブルだとか、クラスメイトのバイト先だとか、とにかく色々知っていた。


「佐伯くんは、詳しいんだね」

「そりゃ、放課後は遊んだりしてるからね。もう覚えちゃった」

「さすが」


 にひひと笑って、田中さんは? と聞いてくるあたり、この人は確信犯的だ。


「あんまり知らないんだ。放課後に遊んだりしないからね」

「じゃあ、二人で晴れの日にどこか行こうよ。放課後に」

「そうだね」


 適当に軽く流しつつ、もうすぐ家につくなぁ、と考える。佐伯くんは話し上手だから、もっと話していたいな、なんて。

 男子との距離感ってわからないけれど、佐伯くんの自然体がそれをあまり意識させない。そこが彼の凄いところだ。

 土砂降りの雨が降っていても、私たちの会話は途切れなかった。聞き取りにくいのに。


「あの角曲がったら、私の家だよ」

「そっか。今日は大雨で大変だったよね」

「うん。まさか、こんな風に佐伯くんと一緒に帰るとは思ってなかった」

「俺も」


 こんな風に、打ち解けられるとも思ってなかった。


「送ってくれてありがとう。タオルは洗って返します。お世話になりました」

「どういたしまして。風邪をひかないようにすぐ風呂に入って、あったまるんだよ」

「お、お母さんですか……!」


 佐伯くんは、どうやら不思議な人でもあったらしい。


「気をつけて帰ってね。ばいばい、また明日」

「うん、ばいばい」



 お風呂上がり。スマホ片手に悩み中。佐伯くんになんてメールを送ればいいのか。単純にありがとう、でいいかもしれないけど、なんだか冷たい気がする。

 けど、他に案がないんだよね……。ぽちぽちと考えながらどうにか文章を増やし送信。


『今日はありがとうございました。

おかげで風邪をひかずにすみそう。

佐伯くんも、風邪には気をつけてね』


 ……ん、返信早い。


『俺こそ、お金借りました笑

お互い風邪をひかずにすみそうで良かった。

お金は明日返します』

『タオルは明後日ぐらいに返します』

『了解』


 部屋干しされたタオル。外は未だに大雨。明日、雨が降ってたらどうしよう。傘、盗まれちゃってたんだった。どうせなら、佐伯くんに傘をもう一本買ってきて貰えば良かったかも。ちょっと申し訳ないけど。

 スマホの着信が鳴った。佐伯くんからのメールだ。


『田中さん、明日傘ある?』

『ない。今、そのこと考えてた』

『じゃあ、明日雨降ってたら俺が迎えに行くよ』

『そんなの悪いよ。大丈夫だから、気にしないで』

『明日の八時十五分頃に迎えに行くね』

『強引だ……!』

『俺、田中さんが好きだよ』


 ……え、見間違いかな。変換ミスかな。けど、訂正ないな。じゃあ、夢かな。……そんなわけないな。お風呂上がりで頭はバッチリ働いてる。

 あー、どうしよう。私、いま、顔が真っ赤だ。

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