遠い距離と近い距離
※
酷い中学時代だった。
いや、ちゃんと友達はいたし、勉強もそこそこできたし、行事も楽しかった。
だが、恋愛に関しては全戦全敗。わたしが好きになった男子は悉くわたしを振ったのだ。告白したわたしの勇気を誰かに褒めてもらいたい。
たしかにわたしは世間一般から見たら、美少女と呼ばれる部類ではないし、そんなに料理が上手くはない。今頑張っているのよ。
だけど、好きになってしまったものはしょうがないじゃない。一緒にいたいと思ってしまうじゃないか。だから、わたしは告白した。その結果が全敗だ。わたしはついていない。
「わたしって運がないのかなぁ」
「いや、俺よりはあるだろ」
某ドーナツ店でドーナツをはむはむ食べてから、わたしは目の前に座っている少年に話を振った。
少年は苦笑い気味に答える。
「どうしてよ? わたしは全敗してるのよ」
「俺は道歩けば迷い、道歩けば面倒事に巻き込まれ、道歩けば事故に遭いかけ、さらには真咲しか話し相手がいない。世にも珍しくないぼっちだ。あと、よくいじめられる。不幸少年さ」
いつものように明るい口調で淡々と不幸話をする。彼の名前は、三葉光久。あだ名はミツミツ。そう呼ぶものはわたししかいないが。まぁ、彼が言ったように彼の友達がわたししかいないからだが。
「はいはい、ミツミツはぼっちじゃないよー、わたしがいるでしょ。ぼっちじゃないよー。って、何でわたしが慰めてるのよ」
「べつに凹んでないけどね」
そう言って彼はジュースのストローをくわえてズゴゴゴと吸う。
彼に友達がわたししかいない理由はいくつかある。
一つ目は、彼が人と話すのが苦手だからだ。頭の中では彼は大層ご立派な思考を持っているが、過去のトラウマから人と話すのが苦手になっているのだ。話るのは、わたしとわたしの家族と彼の家族ぐらいだ。何でわたしがセーフかと言うと、幼馴染みというわけで長年一緒にいるからだ。
二つ目に、彼が現状を妥協しているからだ。ぼっちであろうと彼は強いのだ。彼は頑なに自覚しないが学力もスキルも基本スペックも高いのだ。だが、彼はそれを認めない。彼が一人だから。結果と現実が合わないから。彼を評価する同級生がわたしだけだというのが理由なのかもしれない。
「で、高校でも好きになった人にはアタックするの?」
「そらもちろん。だって、ひとりは辛いんだよ。誰かと一緒にいたら安心するし、楽しいじゃん。それにさ、自分が大好きな人の側にいられたら幸せじゃない?」
「……そうですね」
光久が何故かわたしから目を逸らしながら口にした。わたしが彼の癖を見抜いていないとでも思っているのだろうか。彼は一瞬目を閉じたり、今回みたいに目を逸らしたりしたときは何かしら頭の中で考え事をしているのだ。彼はわたしの発言で何かを考えたのだろう。
わたしは一度息を吐いてから、彼の横顔を見ながら訊ねる。
「今なにを考えたの?」
ん、と彼はわたしのほうを見てから首を傾けた。
「なにを? いや、何も?」
彼はわたしが彼の癖を見抜いていないと思っているらしい。一体何年の付き合いだと思っているのよ。
「わたしミツミツがたまに隠し事したり、ひとりですべてを抱え込んだりするところが嫌いだよ。わたしの前では隠し事や抱え込んだりしないでよ。わたしはミツミツの味方なんだよ……そういうことされるほうが辛いよ」
「………………はぁ、いや、べつに俺は今でも幸せだけどなって思っただけだよ」
彼は一瞬辛そうな顔をしてからため息を吐いて、考えていた事を告げた。
わたしに癖を見抜かれていること辛そうな表情をしたのだろう。そんなに驚くことなのだろうか。彼はわたしを知らないな。
「それはミツミツの考えでしょ、わたしはわたしの好きな人と一緒に話をしたり、遊びに行ったり、ご飯食べたりするのが幸せだと思うのよ」
「俺といるのは不幸なのか?」
「え、いや、そんなわけないじゃん。不幸なんかじゃないよ。もうミツミツは馬鹿だなぁ。ミツミツは友達として大切だし、失いたくないよ」
「……はいはい、そうですか俺も今あるこの時間を失いたくないですよ」
彼は一気にそう言うと、ストローをくわえてズゴゴゴとジュースを飲み干す。
わたしの言いたいことが彼に伝わったらしい。わたしは満足気な表情をしながらドーナツはむはむを再開した。
「そう言えばさ、何でわたしと同じ高校にしたの? ミツミツならもっと頭いい高校に行けたでしょ?」
「ん、まぁ、家から近いからな」
「そっか、わたしたちの家から近いからねぇ。よかったよねー。遠いと大変だからね」
「そうだな」
彼はそう言って窓の外を眺めだした。
「わたし頑張るよ。絶対にカッコいい彼氏を見つけるからさ」
「はいはい、頑張ってくださいね。俺は明莉のためなら何でもするからさ。何かあったらちゃんと俺のことを頼ってくれよ。幼馴染みであり友達だろ」
「うん、頼るよ」
これが藤河明莉と三葉光久の高校入学前日の話である。
※
わたしは高校に入って美術部に所属し、部員たちと毎日楽しい日常を過ごした。さらに、わたしは一つ上の部活の先輩に恋をしました。部員の友達がそれを応援してくれましたが、一年生の最後の終業式の日に応援してくれていた、友達が先輩に告白して先輩と付き合い出してしまったのだ。わたしはショックを受けました。好きだった人に彼女ができたことにもだが、その相手が応援してくれていた友達だったということだ。わたしはその日の夜、もう高校生でいる間は誰かを好きになることはしないことを心に決めました。
ミツミツはと言うと、クラスではぼっちになったが、彼はある場所に於いては最強の生徒になったのだ。彼はその場所に於いては、たくさんの人に慕われているのだ。彼はある場所で毎日の昼休みと放課後を過ごしていた。そこで、彼は彼のもとに舞い込んできた問題を依頼を解いてきたのだ成し遂げてきたのだ。彼のまわりにはいつの間にか人がたくさん集まっていたのだ。わたしは彼を、すごいね、と褒めるが彼は、俺はなにもしていないよ、と毎回言い返すのだ。やはり彼は自分のすごさを認めないし理解していないのだ。幼馴染みのわたしからしたらちゃんとそこを彼には知って欲しい。
二年生になり、体育祭や修学旅行や文化祭や日々の授業や部活を通してわたしの中にはある感情が芽生えていた。そう、わたしは覚悟したにも関わらずまた好きになってしまったのだ。しかも、こんどの相手は教師。部活の顧問であり面倒を色々と見てくれて、日々の授業では質問するとわかるまで丁寧に説明してくれて、わたしの進路について細かく一緒に考えてくれて、気がついたらわたしの目はいつもその先生に向いていたのだ。わたしは自分が恥ずかしいと思った。あんな覚悟をしたにも関わらず、教師を好きになり。教師と生徒の恋愛は難しいかもしれないとわたしは思ったけど、諦めなかった。わたしは何度も先生に意識してもらえるように動いた。
二年生の時のミツミツはと言うと、彼の勢力は勢いを増していた。後輩少女を生徒会に加入させるために先輩や教師のもとを駆け回ったりしたらしい。さらには、生徒会内の仕事をミキミキが作り上げたグループが支援したりもして、生徒会長の態度に論撃を放ったりもしたらしい。彼は後輩の一部にも慕われ、彼の日常はわいわいがやがやと楽しそうな様子だった。
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三年生になり、ある日の放課後わたしはミツミツの居場所に向かった。
空き教室の324教室。そこが彼の活動拠点だ。
教室の中央にはミツミツが座る椅子と長机がセットであり、長机には他に女子と男子が数人座っている。ミツミツの後ろの方では、TPPGしたり、トランプしたり、音ゲーしたり、自由気ままにしている。
「どうしたんだ明莉?」
ミツミツが話を促す。
そう、わたしがここに来たのはミツミツたちに問題を解決してもらうためだ。ミツミツたちの武勇伝は風の噂にたくさん聞いている。だから、彼ら彼女なら絶対にいまわたしが抱えている問題を解いてくれると思ったのだ。
息を深く吸って、わたしは問題の内容を話し出した。
「わたしは神崎先生が好き。でも、教師と生徒の恋愛は難しそうだから……ミツミツたちの力を借りたいの。できるかな?」
それを告げることにはかなりの勇気が必要だった。教師と生徒の恋愛なんて、って冷たい目で見られることが怖かったからだ。
「リーダーってミツミツって呼ばれてるんだね」
ミツミツの右に座る女子生徒が真顔で口にした。彼は、まぁな、とあいまいに言い返す。
「で、依頼に対する答えだが……その依頼は受けれない。まぁ、数回恋愛事の依頼は来たっちゃ来たが今回の依頼は受けれない。何故なら、俺たちは成功する確証を持って動いているからだ」
「わたしが神崎先生に振られることがミツミツにはわかっているの?」
「俺は後ろや横にいるにいる奇人変人たちみたいに何かしら特出した才能があるとは思ってはいないが、こいつらみたいに特出した物事を考える力はあるらしい。その結論だ。俺の思考が聞こえる……明莉は神崎先生にもう深くまで関わらないほうがいい。結果は見えているのだから」
「なんでっ!!」
わたしは思い切り机をバンと叩きながら立ち上がった。彼の前で久々に見せた激情である。
「なんで応援してくれないの。なんで背中を押してくれないの。なんで力を貸してくれないの……頼りにしてって言ってくれたじゃん。なんで、なんでよ……」
瞳から滴を落としながら頼りにした幼馴染みの非情な宣言にわたしは絶望した。
彼らは今までたくさんの難事件や問題を解決してきたはずだ。今回も彼らならできるはずと思っていたのに。
「こいつらは俺の作戦で動いてくれているんだ……俺は絶対に間違えない。俺の考え出した策は成功する。彼ら彼女らの才能なら。だけど、今回は無理だ。俺がそれを成功させる策が思い付けないからだ。だから、力は貸せない。ごめん、俺が悪い」
「ミツミツ……」
「だから、明莉はべつの」
「でも、わたしは諦めないよ。言ったじゃん。幸せになるって」
わたしは今出来る限りの笑顔を彼に見せる。彼の力を借りれなくても、わたしは諦めない。幸せになる。それはわたしのひとつの夢だから。
すると、ミツミツが深く深くとても深い息を吐いた。まるで呆れた態度を見せつけるような。また、何かを覚悟したようにも感じられた。
「明莉、これを見ろ」
そう言って、ミツミツがクリアファイルからたくさんのプリントを机に放る。
わたしはそれを手にとって一枚一枚確認すると、驚愕を顔に浮かばせた。
そのプリントには、神崎先生が同年代の女性と腕を組んで歩いているところや一緒に食事をしているところの写真などが貼ってあり、それがいつ頃のものであるか、またその女性についての詳細が書かれていた。
「そんな、嘘だ」
「信じるか信じないかは明莉しだいだが。これは真実だ」
彼はわたしに残酷な真実を告げる。
うそだ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
「そうだ、これは光久がわたしを神崎先生から無理やり手を引かせるために作った。嘘だ。偽りだ。なんでこんなことしたの?」
「……明莉、目を逸らすな。俺は」
「馬鹿、大嫌い、信じてたのに!」
そう言うと、わたしは教室の扉を勢いよく開けて駆け足で教室から立ち去った。もう光久のことは信じられなかった。わたしはわたしの力で神崎先生に告白する。そして、付き合うんだ! そう強い覚悟をした。
明莉が立ち去った教室では、光久が項垂れていた。明莉に言われた言葉が非常にショックだったのだろう。
「俺は間違えてないよな」
確認を求めるように彼は口にした。
「間違えてはないけど、もっと頼って欲しいな」
「あんたは俺らに迷惑をかけないことを考えすぎなんだよ」
「リーダーなんだからってすべてを背負う必要はないんだぜ」
「たまに君はそうやってひとりで動くよね。まったく」
まわりの彼ら彼女らが光久に対して笑顔でフォローする言葉を送る。
「お前らは俺なんかより超すごいやつらだ。俺はお前らのために場を作る、だから、才能を存分に生かせって言ったのは俺だ。それに、尻拭いやら後処理や面倒事は俺がやるって言っただろ。これは俺が受けるべき罪なんだよ」
光久が項垂れてたまま口にする。
「でも、今回だけは俺も現状を変えたい。だから、力を貸してくれないか!」
顔を上げた光久の顔には勇気と覚悟で溢れていた。
※
卒業式が終わったあと、わたしは神崎先生の会いに行った。
卒業おめでとう、なんて言葉をもらうためじゃない、わたしの思いをわたしの意思をわたしの考えを伝えるために。
神崎先生の前に立ちしどろもどろしてから、わたしは意を決して思いを口にした。神崎先生はそれに対して驚いたような表情を見せた。やはりわたしが告白するとは思っていなかったのだろう。何度もそういう行いはしたのに、神崎先生笑いながら受け流していた。わたしの行いを冗談だと思っていたのだろう。
わたしは神崎先生の答えを待った。
答えは、ごめん、の一言だった。
わたしは神崎先生に彼女がいるのか聞いてみた。神崎先生目を逸らしながら、あぁ五月に長女が産まれるんだ、と言った。
それからは何も言えなかった。神崎先生はわたしに対してたくさんのことを言ってくれていたが、あまりわたしの耳には届かなかった。後悔が言葉を遮っていたのかもしれない。光久を罵倒したあの日を、彼を信じなかったあの日のことを。
わたしはその日の夕方、クラスの打ち上げを無視してひとりで某ドーナツ店で項垂れていた。光久に会わす顔がなかった。わたしは彼に酷いことを言った。彼は何もできないといいながら、先に仕事をしていたから神崎先生の情報を集めていたのではないのだろうか。
「わたしは酷い人だ」
「いや、そうでもねぇよ。お前は酷くなんかないよ」
独り言の呟きに対する答えがすぐそばから聞きなれた声でやって来て、わたしは顔を上げる。
思った通りそこに立っていたのは光久だった。
「光久……どうして?」
「ん、明莉は落ち込んだときよくここに来るじゃん。俺が明莉をわかっていないとでも思っていたのかよ」
「わたしは光久に酷いこと言っちゃったんだよ。光久はちゃんとわたしのこと考えてくれてたのに」
「いや、俺も間違っていた。あの情報を見せた上で明莉に覚悟があるなら無理だとわかっていても力を貸せばよかったよ。最初から諦めててごめん」
「それはメンバーの沽券を守るためなんでしょ。仕方ないよ。光久を信じられなかったわたしが悪いよ」
「いいや、俺が悪い」
「いいや、わたしが悪いよ」
光久とわたしはそう言って見つめあい同時に笑いだした。
わたしは光久の手に紙が握られているのを見つけ、さらには光久と距離を置いて背後にはいつものメンバーご見守っていた。
「俺は…………」
わたしは察してしまった。光久が今なにを言おうとしているのかを。光久がなんで神崎先生に対する思いを断たせようとしていたのか。
「俺は明莉が好きだ。一緒にいたら楽しいし、話してたら楽しい。俺は明莉のすべてが好きだ。ちゃんと自分の思いに正直で行動できるところとか……俺は幸せになりたい。そして、俺は明莉を幸せにしたい…………俺じゃ駄目か?」
光久は自分の思いを告げた。後ろのメンバーが心配そうに見つめている。
「光久はわたしといて楽しい?」
「超楽しい」
「わたし可愛い?」
「超好み!」
「わたしがいいの?」
「明莉がいいんだよ。だから、俺と付き合ってください」
答えは決まっている。困ったとき苦しいとき悩んだとき辛いときに側にいてくれて話を聞いてくれたのは光久だ。近すぎて気づけなかった。わたしは悪女だ。
光久の思いに今まで無視していたのだから。だから、これからはーー
「これからは彼女としていつも以上に仲良くしてね」
「えーと、それは」
首を傾ける光久に近づいて、唇を自分の唇で塞いだ。彼は驚いたのか目を大きくした。後ろのメンバーも目を大きくしている。
「攻める女をなめるなよ」
「不意打ちすぎだよ」
そう言って、光久は安心したように笑いを溢した。
二人の初デートの事件はまた別の話。