バカのあつまり踊らにゃ損3
「ベッテン、どうしてあいつらと組むんだよ」
詳しい話は後でと打ち切り、酒場を出てすぐにウェルフが不機嫌そうな様子を隠しもせずに、口を開く。
相変わらず、純真というか、正義漢というところが見え隠れしている。
本人はそんなことはないと悪ぶっているが、遺跡で傷を負った墓荒しを文句を言いつつ助けるあたりなど、典型的なお人好しといったところだ。
そこがウェルフの甘いところでもあり、ベッテンが高く買っているところでもある。
「そう言うなよ、ウェルフ」
納得していないということを伝えるということは、「サンドリヨン」以外のチームと組んでも良かったはずだ、ということを聞きたいのだろう。
それはベッテン自身も考えたことだが、今回の遺跡漁りはデュバル達と組んだ方がいい、というのが結論になったのだ。
理由はもちろんある。それを説明するつもりでもいる。
「言いたくもなる。あいつら、俺は大嫌いだ。……墓荒しの恥だぜ」
「あいつらは好んで墓荒らしになったわけじゃない。 それには同情するべきさ」
「だからといってハイエナのように他の墓荒らしを喰う奴らだぞ? 俺たちだって例外じゃないだろ?」
最もだな、と頷きつつも内心では、否定する。
『サンドリヨン』は賢い。正しくは、デュバルは狡賢くも生き残る手段を確実に取ってくれる。
同時に、A級ダンジョンなどに入るのも全ては金のためだ。依頼などを請け負い、収入を得るためだけに遺跡に入る。
いかなる障害も排除する冷徹さはあるが、それも基本的には邪魔をした場合や喧嘩を売るなど過激な行為に対しての反撃の方が多い。
罵倒や陰口などは一切意に介していない。
"それ"が都合がいいのだ。
「大丈夫さ、あいつらにはあいつらなりの流儀があるし、墓荒しがやられたケースも、先にそいつらの方から手を出しただけだ。因果応報ってやつだな」
ウェルフが燃えているかのような赤髪を振りつつ、舌打ちをする。この男は相変わらずだな、と思わず苦笑いが出た。
「俺たちはあいつらを罵倒もしてないし、甘く見られるような事もしていない。まず裏切らないさ」
「本当かよ」
「間違いないさ」
墓荒し成りたての若造どもや、舐めてかかる馬鹿共と自分たちは違うのだ。
酒場から出歩いて、街を歩いていると常々そう思う。
墓荒しという職業は、浪漫や夢に満ち溢れていると思うものも多い。ちょっと外を見てみれば、墓荒しを"自称"している者たちも多い。
傍目から見れば、遺跡へと潜り込み、アーティファクト――正直に言ってしまえば得体のしれない道具――を手に入れて戦うという華々しい職業に見えるのだ。
日常に役立つものもあれば、闘争の道具もあり、中には何の為にあるのかすら分からないものもある。
それでも、この時代において、アーティファクトは生活に無くてはならないものだ。
それを求めて危険な遺跡へと潜り込み、宝を見つけ出す墓荒したちは名誉ある職業とは確かに言えるだろう。そういう職業で働くしか脳がないと、陰口を叩かれることもあるが、立場は悪くない。
愚か者でも英雄でもどちらでも構わないが、勘違いした連中が増えるのだけはベッテンとしては勘弁してほしいところだ。
「それに、俺があいつらを買っているのは、無駄な危険は決して犯さないことさ」
勘違いした連中はすぐに死ぬ。機兵という存在を舐めてかかっているからだ。
機兵が、突如として何もない空間から出てきた遺跡より湧き出て、軍隊を蹂躙したのはまだ記憶にあたらしい。
人間が生き延びられているのは、一つには奴らが遺跡の周囲以外には基本的には出てこないからだ。
機兵たちは、一部を除けば"遺跡の領域"を防衛するかのようにうろついている。ゆえに、直接都市に侵攻することはない。
しかし、今の時代では生活に必須であるアーティファクトは遺跡にしか出現しない。
だからこそ、自分たちのような遺跡へと潜りこむ存在が必要とされているのだから、悪いことではないのだが、出来損ないが増えるのはまた別の話だ。
「そりゃあ、サンドリヨンは元軍隊だったんだから、その点はしっかりしてるだろうけどよ」
ウェルフが、いまだに不満が残っているというような表情で言う。
「……いいか、つまりあいつらが襲うってことは、そういう危険が無いってことだ。その辺をわきまえてるのさあいつらは。
でもって、評判が悪かろうが、それでいきりたってそういう手慣れた奴らに対して喧嘩を売るのは、戦力も見えない馬鹿のすることだ」
実際、『サンドリヨン』はタチの悪い集団だ。遺跡にもまだ慣れてないド素人の墓荒しから戦利品を奪うこともあれば、複数のチームを壊滅させたという話もある。
それだけを聞けば、悪辣な存在ではないかと思うかもしれないが、その殆どは"自業自得"だ。
侵入する遺跡のレベルを間違えた挙句、孤立したところを偶然発見され、脅されて奪われた代わりに送り届けられたパターンもあれば、自ら喧嘩を売り破滅させられた連中もいる。
自分の実力を見誤った結果が、最悪なものになったとして、知ったことではない。
ウェルフは性格上、そのあたりのことも分かってうえで気に食わないと言ってるのだからいい。
自分の目の前で起きなければ、ある程度のことは苦々しく思いつつも、見逃してくれる。
「あいつらも、噛み付いて損をする相手にはそんなことしない。でもって協力するのであれば、今回の俺達の目的にはサンドリヨンの中でも"あいつ"の力がいるんだよ」
「分かってる。分かってるんだけどさ……」
「性に合わない、だろ? スマンが今回はこらえてくれよ」
渋々といった表情でようやくウェルフが頷く。
自らの相棒を納得させるということには慣れている。
それに、今まで組んできた連中とは違い、ウェルフとは腹の底まで信頼しあっているつもりだ。
納得出来ないというのであれば、納得できるまで、丁寧に説明してやるのが相棒というものだ。
「話は分かったよ。んで、あいつらが見つけたA級の遺跡、俺達も行くってのにはもちろん理由があるんだよな?」
「あったりまえだ。俺達の夢に関わる話だぞ? じゃなきゃ、A級なんぞ、そうそう行きたくないしな」
そうだよなと、歩きながらウェルフが笑う。
遺跡は墓荒したちをまとめる組織によって、S、A、B、C、Dまでの5段階で危険度が決定されている。
上になればなるほど危険度が高くなるが、その分未探索ということもあり、アーティファクトなどが見つかる可能性も高くなっていくが、Bまでたどり着くものは、かなり少ない。
大体の墓荒しは危険度設定すらされない遺跡から、C級までで諦めてしまうのだ。
「はん、ビビってんのかよ、ベッテン?」
「ビビってるさ。A級なんて本来ならもっと情報だの何だの色々準備してから突っ込みたいところだ」
C級までの遺跡は、はっきりいって腕慣らし程度のものだ。壊れかけの機兵や生物兵器がいたとしても脅威になるものではない。
連中は、貴重なアーティファクトや、重要そうな施設がある遺跡ほど当たり前のことだが、精鋭が揃っている。
どうでもいい場所にいるやつら程度で躓くようであれば、そこまでである。墓荒しとしてというより、ただの回収屋として暮らしていくほかない。
だが、命に関わる話であり、それもまともな死に方をしたいのであれば、確かにその判断は賢明なのだ。
「……まぁな、A級までいくと、ろくな死に方をしない場合もあるし」
「遺体すら見つからんとかそういう事態にはなりたくないもんだ。
そのためにも、今出来る限りの手は打たなきゃならん。そのためにも、あいつらに相乗りさせてもらうのさ」
事実を言えば、『サンドリヨン』に頼る、というよりもデュバルともう一人の男に頼るといった方が正解かもしれない。
ついでに、もう一人呼び込みたい人物がいる。そいつに声を掛けなければならないが、そっちの相手は出来ればウェルフに任せたいところだった。
デュバルの方には、先ほど通信機器を兼ねたアーティファクトで連絡して、OKをもらっている。
問題なのは――。
「おい、ベッテン。この道は」
――気づかれた。
「なんだぁ、ウェルフ。いつもの帰り道じゃねえか。俺たちの、な?」
できるだけ平静を装い、足を速める。もうここまで来れば、大丈夫だ。
ウェルフがサンドリヨンを気に食わないだのと言っている間に連れてこられれば、こちらの勝ちだったのだ。
「……おい、ここ」
「そんで俺たちはちょいとここの喫茶店で、コーヒーでも酒でもつまもうって話だ。ああ、なんて平和な午後なんだ。な、だから――」
「てっめぇ!! ふざけんなッ! ここは――」
ウェルフがさらに言い募ろうとした時、ドアが開く音がした。
「相変わらずうるさいわねえ。もうちょっと静かにしてれば文句なしなのに」
女の声がすればウェルフが固まり、ベッテンはよし、と口の中で小さくつぶやく。
ドアから顔を覗かせた女の、微かに濡れたような漆黒の双眸に射られ、身を竦める。たおやかな肌よりも、蠱惑的とも唇から紡がれる言葉は、背筋がぞくぞくと感覚に襲われるほどだ。
女であることを意識せずとも主張する、艶美な肉体を晒しながら、目的の人物は姿を見せた。
「すまねえなあ、。相変わらず騒がしくて」
「別に構わないわ。この時間帯はちょうど暇だし、私としても遊びたかったところだし」
「……よく言うぜ」
悪態をつくウェルフを、まるで子供のように流しつつこちらを見る女――エルナ・コンティクオ。
男であれば、まず振り向くであろう美貌と、完成されているといってもおかしくない均整の取れた――それでいて一度は目で追ってしまう豊満な肉体。
きわどい格好も合わさり、男からの注目を集めるこの女こそが、今回ベッテンが求めている協力者だった。
「ふふ、そっちは相変わらずね。ウェルフの坊やは相変わらずだし、そっちも同じ。男子三日会わざれば――とは、東方の言葉だけれども」
「そうそう変わるこたぁねえよ。そんな簡単に変わってなるものか」
「どうかしらね。女はよく変わり身が速いとは言うけども、男だってすぐ変化するわ」
唇の形を少しだけで妖艶な色気を身に纏うエルナが、ベッテンは何よりも苦手だった。
デュバルとは違う。輝きを変えていく双眸からは何も読み取れはしない。油断すればこちらが全てを喋ってしまいそうになる。
魔性の女、魔女とはこの女を表すためにある言葉ではないだろうか、と錯覚するほどだ。
「そっちは相変わらず?」
「遊んでいるわ、面白い仕事がないもの。刺激が足りない、スリルもない。酒精を飛ばしきった酒では酔うことも出来ない。当然の事よね」
滑らかな絹のような、それでいて雪のようにきらめく銀髪を弄りながら、エルナは答える。
「それより、わざわざこっちに来たってことは少しは面白い話、持ってきてくれたんでしょう?」
「もちろんだ」
何よりも刺激と面白さを愛する女であれば、話に乗ってくれるはずだ。
男の夢物語のような話ではあるが、この女はそういうのを決して嫌わない。だからこそ、誘ってみようとしているのだ。
「実はな――」