私が一体何をした
私の母は外見はとびきりの美少女。
父は平凡なサラリーマン。
そして私は外見は母の遺伝子を98パーセントぐらい引き継いでいる。
母曰く、磨けば幾らでも光るらしい。
偶に母は「美優ちゃんの容姿のパラメーターは天元突破ね★」とか、「でも、お勉強も頑張らなくちゃ、秀才君のルートには入れないわ!」だとか、「デモデモ、美優ちゃんなら、全部のパラメーターカンストさせるくらいの素質は十分あると思うし……。何たって、ママの娘でヒロインちゃんだもんね!」
とか「まさかヒロインの娘がヒロインだなんて、やっぱり運命!!」とか言ってくる。
昔から、何かにつけて影響されやすい人だったが、この訳のわからん発言だけは一切ブレなかった。
ヒロインちゃんというのは恐らく、オヒメサマ脳の親馬鹿発言、「私の天使」だとか、そういうのの表現の一種だろうと推測している。
そもそもパラメーターって何だ。ゲームじゃあるまいし。
そんな偶にイカれ……イタ……失礼。突飛な発言をかます母とごくごく常識的な父の元、私はすくすくと育った。
頭の弱……常識とは一線を画す母を見て育った私は僅か5歳にして「こうはなるまい」と心に誓い、勉学に励み、交友関係を広げ、世間の常識というものを学び、偏差値の高い有名高校に奨学生として進学し、ごくごく常識的な人間としての人生を歩んでいるつもりだ。
そんな常識的な私の人生は2年生に進級した日に幕を閉じた。
クラス替え発表とHRを終え、帰途につこうとした私の前に突如として現れたのは1台のベンツだった。
そこから出てきたのは白のスーツをビシッと決めた、スラリとした容姿の美女。
私は、いや、この学校に通う生徒であれば、誰でも知っている。
この学校の理事長だった。
理事長は私を真っ直ぐ見据えて言った。
「あなた、花城美優さんね」
「はい」
私、何かしただろうか?
理事長は私の頭の天辺から爪先までじっくりと眺め、そして私の目を見る。
どこか、品定めをするようなその視線に居心地の悪さを感じながらも私は直立不動で相手の言葉を待った。
理事長はふっと息をつく。
「あの彼女の娘にしては、随分まともな目をしてるわね」
その言葉に私は驚きに目を見張った。
「母を、ご存知で……」
「……クラスメイトだったわ」
そう答えた理事長の目がどこか遠くを見つめていた。
回答前の間と、理事長の遠い目に私は全てを悟った。
この人は、今尚イタイ発言を繰り返す母の被害者であったのだと。
「……ウチの母が、すいません」
「……あなたが謝る事ではないわ……」
理事長と私の間に何か、絆が生まれた気がした。多分気のせいだ。
「私の娘はご存知?」
「はい」
ご存知も何も、今年のクラスメイトである。
クラスメイトでなくても「理事長の娘」というネームバリューは絶大で、知らない人間はモグリだ。
「そう、それじゃ……」
「お母様!!」
突然の第三者の声に振り返れば、噂をすればというべきか、雰囲気がやたらと豪奢な美少女が走ってくるのが見えた。
「美弥子」
そう、今年、クラスメイトになる、鳳美弥子さんである。
「お母様、2年生はまだ始まったばかりでしてよ!」
「わかっているわ。でも、どういう子かは、ちゃんと確かめておきたかったの。だって、あなたの一生がかかっているのよ」
「お母様……」
「それに、もう明日から全てが始まるの。
お母様の時は半年だったけど、美弥子はこの1年、頑張らなくてはいけないの」
息を切らせながら理事長に詰め寄る美弥子さんと理事長の謎会話に私は首をかしげた。
そんな私に同時に2つの視線が向けられる。
理事長と美弥子さんだ。
「花城さん、あなたがまともそうで安心したわ」
「あ、ありがとうございます」
公正明大と謳われる理事長の問題発言に怒る事なかれ。「あの母」の娘としてならごもっともな発言である。
「よろしい。では、ウチの娘とは正々堂々と勝負なさい」
「は?」
「娘に勝利した暁には、修也さんとの仲を認め、全力で鳳家がバックアップして差し上げましょう」
私の全ての思考が停止した。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
「何かしら?」
「修也さんって、間宮修也生徒会長の事でしょうか?」
「そうよ」
「間宮先輩って、鳳 美弥子さんの婚約者ですよね」
「そうね」
そうねじゃない。それ絶対アウトだ。
「私、他人様の婚約者に手を出すなんて事絶対しませんから!?ちょっと、鳳さん!『負けませんわよ』じゃないからね!?」
理事長の隣でファイティングポーズ取る美弥子さんはキョトンと小首を傾げた。
「あら、では他の殿方のルートに入りますの?」
「……は?」
今度は私がキョトンとする番だ。
耳に馴染んだ「ルート」という電波発言に背筋に嫌な汗が流れる。
美弥子さんは私の顔を見て、何かに気づいたかのようにハッとした。
「ま、まさか……あなたのお母様が成し得なかった逆ハーレムルートを選択……!!」
「まあ!そうなの!?花城さん!?」
「いやいやいやいや!!」
恐れ慄く親子に全力で否定の声を上げる。
「で、で、でも!!か、構いませんでしてよ!お尻の軽いあ、あなた程度に陥落された、修也様なんて、熨斗をつけてさ、差し上げますわ!!」
胸を張って言い放つ美弥子さん。
それは明らかに強がりで、肩がプルプルと震え、今にも泣きそうである。
その隣で理事長が「美弥子……」と、娘の成長に今気がついたとばかりに目尻に涙を浮かべている。
何だこの茶番。
「それに、我が家はお父様とお母様が超頑張りましたの!間宮家がこちらを潰そうとするなら、鳳家が間宮家を潰しますわ!」
何やら私に関係ない物騒な発言内容だが、それよりも、お嬢様育ちの美弥子さんの「超」発言に驚いた。
「と、とにかく、負けませんわよ!!」
ずびし!!と指をさす美弥子さん。
だが、直後、その指先は揺れその目は迷いと罪悪感に揺れている。人に向けて指さしちゃダメって、基本中の基本だもんね。
理事長は娘の成長に目尻をそっと拭った。
「花城さん」
キリっとこちらを見据える目に、私はもはや、居心地悪さすら感じなかった。
なんたって、「あの母」のお仲間である。
「仮に修也さんがあなたを選び、あなたが修也さんを選ぶなら、先程の発言は覆しません。ただし!あなたが逆ハーレムなどという破廉恥極まりないルートを選ぶというのなら……あなたはいずれ、破滅へと導かれるわ。あなたのお母様のようにね」
「……」
ちなみに大事なネジの一本を祖母の腹の中に置いてきた母はサラリーマンの父と幸せいっぱいである。
だがしかし、今、これは口にしてはいけない空気いっぱいである。どうしたものか。
「これは警告ではなく忠告よ。あなたはお母様のようにならないでね」
言われるまでもない。その為に私は世の中を学び、育ってきたのだ。
理事長の同情と優しさに満ちた眼差しが痛い。
母が何をやらかしたかは知らないが、それだけで母のやらかした度合いは知れた。
そして、「明日から勝負でしてよ!!」と、やっぱり迷いいっぱいでこちらを指さした美弥子さんと共に理事長はベンツで去って行った。
後に残されたのは、私一人。
ではなく、周囲にはかなり遠巻きに野次馬の生徒がちらほら。
目を向けるとサッと目を逸らされた。
神様……
私は天を仰いだ。
私が一体何をした。
その日を境にに私の日常は非日常へと変わった。
一切関わる気のなかった実力、権力あるイケメン共との戦いの火蓋が切って落とされたのである。
続きは多分ない。