ヒルネインの花3
サルグスホークの王城にて、ルーガインの腹心であるナガリーは二十人程の侍女や従者を従えて主の新たな妻を迎えるために待機していた。
事実上の人質とは言え、一国の姫の出迎えには少ないのではと思ったが、彼女が連れてきたのは二人の侍女と一人の騎士だけというこちらの予想よりもはるかに少ない人数でお出ましになった。
しかも追加の人間は来ないと言う。
人数が多いと出費が重なり迷惑だが、逆に少なすぎるのもこちらが気を使わねばならず、あまりいい行為ではない。
というより嫌がらせだ。
(たった三人だと?あの国は正気か。小国では少人数でも問題ないかも知れんが、仮にも戦争していた国に嫁ぐ姫にわずかな従者しかつけないなど命取りだというに。イグザスは何を見てきたんだ、使える女かどうかを見てきたんじゃないのか。頭は弱くなさそうだが、顔だけの女に何ができる。そもそも....)
「ナガリー、途中からお口に出してるわ」
「あ、姉上....」
「戦争していた、あたりから聞こえていましたよ。イグザスの悪口はともかく、シャーティル様は新しい奥方様。悪口なんてもってのほかです」
「....申し訳ございません」
「まあ、あの人数には驚きましたね。三人よ、三人。滅多にできることではないわ」
「関心している場合ではありません!ただのお荷物が増えるだけです!あの役に立たない老害ジジイ共め、ルーガイン様に余計なことを押し付けて....!」
「はいはい、嘆いてもしょうがないでしょう?人事は私には私に任せて、ルーガイン様にこの書類を持って行って」
「....はい」
「そろそろ正念場よ。私たちが主を支えなければ。婚姻は重要なことだけれど、そんなことを気にしていたらお終いよ。裏のことは姉に任せなさい。後から報告するから早くお行きなさい」
「....シャーティル様に関しては姉上にお願いします。僕では女の人の気持ちが分からないだろうから。それでは行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
姉であるネーミュはナガリーを見送った。
「ルーガイン様、」
「話にならん!もういい!」
ナガリーが声をかけようと思ったとき、思わぬ人が飛び出てきた。
ルーガインの母方の叔父であるサンキュル卿だ。
サンキュル卿はナガリーをキッと睨み、どこかへと行った。
「どうされたのですか?」
「サンキュル卿が息子をいい役職に付かせろとまだ迫ってな」
「....諦めませんね、あの男は」
「それよりも、例の書類は?」
「ここに」
ナガリーはルーガインに持ってきた書類を渡す。
ルーガインは軽く目を通すと眉間にしわを寄せた。
「厄介だな。調べれば調べるほど出てくる。隠蔽も中途半端にしかしていないな」
「こっちも泥沼に手を突っ込んでいるようです。しかも、手を出す度に何かしら出てくる。下らないないことをどうしてこんなに多くできるんでしようか。調べても調べても下らないことばかり。よっぽど暇な....」
「....引き続き調べてくれ」
ルーガインに苦笑いされてナガリーは我に返る。
「はい。あまりここにある以上の悪事はしてないと思ってくれても構いません」
「わかった」
ルーガインは頷いた。
ナガリーは退出せず、隣接する小さな給湯室に入っていった。
ルーガインは気にする様子なく黙々と書類に目を通す。
暫くすると、ルーガインの目の端にカップが置かれた。
「ルーガイン様、少しお休みください」
「わかった。そこに....」
「お休みください」
見上げると、ナガリーが怒ったような顔をしていた。
「わかった。紅茶を飲む間、相手をしてくれないか?」
「勿論です」
ルーガインは持っていた書類を端によけた。
少し息をつくと肩の力が抜けるのが分かる。
「肩を揉みましょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
ナガリーはルーガインの後ろに回ると、肩に手を伸ばした。
ずっと机に向かっていたせいか、思っていたよりも大分堅かった。
「凝っていますね」
「ずっと書類を片付けていたからな」
「休まれるか、軽い運動でもすればいいですよ。....兵士の訓練は休憩になりませんからね」
「....散歩でもするか」
「賢明だと思います」
ルーガインは少し笑うと「もういい」と言った。
「ルーガイン様。新たな奥方の件ですが、いつお会いになられますか?」
「式をあげてからでもいいだろう。今回は女の機嫌を気にするような目的はないからな。何より、今は忙しい。新しい奥方が寂しがったら適当な贈り物でもしておけ、とネーミュに伝えろ」
「はい」
ナガリーはそのまま退出した。