普遍的思考実験
「上代君、お話しましょ? 暇過ぎて私の肺が真っ黒になってしまうわ」
「暇であるなしにいつもスパスパやってるじゃないか、桃木さん」
季節は冬。雪が深々と降る日の、とある大学のサークル棟。八畳ほどの部屋には長机が二つ、食器棚やラップトップコンピュータ、本棚等が所狭しと置いてある。
古いストーブが唯一、部屋の中を温めていた。
部屋の中央には長机を二つくっつけて、パイプ椅子に座って対面している少年と少女がいる。
二人の容姿は至って普通の大学生。二人は中性的な顔立ちで、目立った違いは黒髪が長いか短いか、胸が膨らんでいるかいないかの違いしかない。少年はピンクのYシャツの上に紅色のカーディガンを羽織っていて、下は紺色のチノパンを穿いている。少女はストライプ模様の入った白いYシャツの上に紺色のカーディガンを羽織っていて、下は赤と緑のチェック模様のスカートと黒いタイツを穿いていた。
二人の間に置かれている灰皿には、以前から溜まりに溜まった煙草の吸い殻が、山のように積もっている。
「それは心外だわ。それじゃまるで私が、ニコチン中毒者みたいじゃない」
「僕も喫煙者だから分かるけど、手持無沙汰だと吸いたくなるもんだよね。わかるわかる、その気持ち」
上代は机に突っ伏した体勢で煙草の吸い殻で遊んでいる桃木を見て、彼女が相当退屈なことを容易に感じることができた。
「それで、今日はどんなお話をしようか、桃木さん?」
桃木は突っ伏した状態のまま上代をジト目で睨んだ後、体を起こしてぼそっと呟いた。
「……上代君っていつも私をあしらう感じだよね」
「君とそういう絡みを続けると疲れるんだよ。それで、今日は何の話かな?」
「ま、もう慣れたから良いんだけど…… そうっ、それでね、この間の選挙についてなのだけれども」
「あぁ、自由党が圧勝だったね。それで、君の見解は?」
桃木はスカートのポケットからWILD SEVENを取り出して、ライターで火を点ける。一回吹かした後、煙草の箱は机の上に置き、ライターは箱の上に重ねた。
「前政権の国民党の失態に、国民が愛想を尽かした結果が今回の選挙の議席数に表れたと思うの」
煙を吹かしてパイプ椅子に深く、桃木は手をスカートのポケットに手を突っ込んで座り直した。
「そうだね、国防はなおざり、経済はガタガタ、政治家の汚職や国家予算の不適切な運用。あれだけのことをやれば、こうなるのも当然だと思うよ。三年前、自由党の官僚に言いなりな政権運用に愛想を尽かした国民が、この国を変えてくれると期待して国民党を選んだ。そしてまた、自由党が政権を獲得した。……いったいこの国は、どうなるんだろうかね。こうやって政権与党が繰り返し変わるばかりで、その他のことは何も変わらないのだろうか。まぁ、今回の自由党の党首は良さげだけどね。割と僕は期待しているよ。ネットでも評判だしね」
上代もまた、カーディガンの下に着たワイシャツのポケットから、LUCK STRIKEを一本取り出してマッチで火を点けた。
深く吸い込んで、吐き出した紫煙が天井に向かって不規則に動きながら昇っていく。
「そうね。ネットの発達によってメディアの“特定の団体や考え”に対する偏向報道も、だいぶ明るみになってきたしね。……それが本当に真実なのかは分からないけど、少なくとも多くの情報を獲得できる世の中にはなった。メディアリテラシーが、すべての国民に必要とされる時代になったことは確かだわ」
煙草の先端に溜まった灰を灰皿に落として、桃木は机に肘をついたまま楽しげに尋ねた。
「ねぇ、もし今回の自由党政権がまた、国民党と変わらず昔と変わらず、同じことを繰り返し、また次も、そのまた次も、ずっとこの国の政治が変わらないとしたら、国民はどうすると思う? 私はね上代君、革命が起きてもおかしくないと思うの。独裁的でカリスマ性を持った、強い指導者を国民は望むと思うのよ。国を変えてくれるのであれば、“独裁者でも構わない”と、そう感じると思うの。少なくとも、私はそう思う」
上代は深く大きく息を吸い込み、そして鼻から煙を吐いた。少し考えるそぶりを見せてから、上代も自分の考えを語りだす。
長くなった灰が重力に負けて下に落ちた。
「あるいは、新興宗教が流行るかもね。僕もおおむねその考えは当たってると思う。現に、今回の選挙で自由党は国防面での政策を公約とした。それを一つのポイントとして投票した人も多いと思うんだ。しかしまぁ、革命は起きないと思うよ。“Hitler”みたいな人物が現れることはあるかもしれないけどさ。それはあまりにも現実的でない」
「逆に新興宗教は、流行らないと思うけどね、私は。うちの国民って、たぶんそういう胡散臭いものに熱狂的になるのを気持ち悪いと思うし。……でもどうかしら、なぜ上代君は革命が起こらないと思うの? 歴史を紐解いてみれば、そんなことはいくらでもあったわ」
「それは時代背景を無視した考えだと思うよ。昔と今じゃ全然状況が違う」
「でも現にアフリカでは、独裁政権を反政府軍が打倒したじゃない」
桃木は前のめり気味だった姿勢を戻し、長くなった灰ごと灰皿に押し付けた。そして上代は椅子の背もたれにもたれかかり、桃木は机に肘をついて手を組んでその上に顎を乗せた。彼女は組んだ手の上に顎を乗せたまま、窓の方を眺めている。しかし、目線は窓から見える雪景色ではなく、遠くの何かを見つめていた。幾ばくかの時間が経ち、桃木が沈黙を破る。
「そうだ上代君、仮にこの国に革命が起こったとしましょう。それが前提。そうしたら、いったいどうなると思う?」
上代は椅子にもたれかけていた背中を起こし、机の上で腕を組んだ。桃木は視線を上代に戻し、彼を見つめる。上代は彼女の口の端が少しだけ上がっているような印象を受けた。
「どうなるもこうなるも、結局同じことの繰り返しになるよ。その時は良くても、年月が経てばまた今と変わらないことになっているんじゃないかな。社会主義だろうと共産主義だろうと帝国主義だろうと民主主義だろうと絶対王政だろうと、国の仕組みは変わっても結果は変わらない」
「そんなことないわ。国の指導者が、システムが変われば、もっと国民の生活は良くなるはずよ」
桃木は少し興奮気味に上代に答える。そしてWILD SEVENを口に咥えた。顎を少し突き出して、上代に火の催促をする。上代はマッチを擦って桃木の煙草に火を点けてやると、そのまま自分のにも点けた。
「まず最初に、別に僕は今の所謂“偉い人たち”や制度を批判するつもりはないよ。もちろん汚職は許せないけど、頑張っている人たちもいる。そういう真面目な人たちが一生懸命国を動かしているわけだ」
上代は大きく煙を吸い込み、肺の隅々まで行きわたらせて勢いよく吐き出した。そして続ける。
「でもその一生懸命な人たちが、人類の長い歴史、その中で蓄積されてきた知識をもってしても上手くいかないのだから、今のこの国の状況も、これでおおむね満足いく形なんじゃないかな。完成形に近いと思うんだよ」
桃木は紫煙を口の端から吹き出すと、そのまま煙草を左手に持ったまま頬杖をついてじっと考える。少しの間が空いて、桃木は視線で上代に続きを促した。
「それに政治家も人間には変わりない。誘惑に負ける人もいればそうでない人もいる。そして政治の失態に関しては、例えば工学部の機械系の中でも、ロボット等を扱う制御系、表面形状を扱うトライボロジーの分野、空気や水の流れを扱う流体の分野、その他etcに分野が別れて専門化していて、それぞれ他の分野の事は、詳しくはわからない。ましてや同じ工学部でも機械系は化学系のするところの有機化学のことなんて全く分からないし、化学系も物の設計の仕方なんて知らない……。このことと同じで、しかも国スケールで物事を考えなきゃいけない政治家が、すべての事象をカバーできる訳がないんだ。まぁ政治家にもそれぞれ分野があるだろうけど。でも、やっぱり一般人のそれとは比べ物にならないくらいのことを考えなきゃいけないはずなんだ。だから僕は、今の社会が今以上に劇的に変化するとは思えないな」
ひとしきり話し終えた上代は、灰を灰皿に叩き落としてから煙草と口に咥え、ポケットに手を突っ込みながら椅子の背もたれに体重をかけた。
桃木は暫くの間煙を楽しみながら上代の意見を咀嚼し、じっくりと考えた。幾ばくかの沈黙の後、桃木が口を開いた。
「上代君の話はいつもスケールが大きすぎてわからなくなるわ。結論だけお願いできるかしら」
上代は上体を起こし、煙草の火を灰皿で擦り消すと、桃木に視線を向けた。
「政治は大して良くならないってことだよ。ついでに、革命も起きっこない」
上代は机の上に置いてある桃木のWILD SEVENを一本拝借すると、マッチで火を点けた。桃木もまた、新しくWILD SEVENを取り出して火を点ける。
二人分の紫煙が部屋中に立ち込めていた。
「また途方もなく、くだらなくて生産性のない議論だったわね、上代君」
「でもいい暇つぶしにはなったじゃないか、桃木さん」
「そうね。……お茶にでもしましょうか」
「そうだね。……あ、僕はコーヒーでお願いするよ」
季節は冬。雪が深々と降るとある日の、とある大学のサークル棟。八畳ほどの部屋には長机が二つ、食器棚やラックトップコンピュータ、本棚等が所狭しに置いてある。
古いストーブが唯一、部屋の中を温めていた。
部屋の中央に長机を二つくっつけて、お菓子を棚から出したり、お茶を淹れている少年と少女がいた。
二人の容姿は至って普通の大学生。二人は中性的な顔立ちで、目立った違いは黒髪が長いか短いか、胸が膨らんでいるかいないかの違いしかない。
二人が座っていた机の真ん中に置かれている灰皿には、吸い殻が山のように積もっていた。
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「普遍的思考実験」あとがきです。
初めましての方は初めまして。楽機と申します。
さて、ご覧になってお分かり頂けると思いますがこれはちょうど先の衆院選(昨年の冬だったかな?)が終わって少しして書いたものです。本当はこの文章はお蔵入りの予定だったのですが、そんなに大事に仕舞い込むもんでもないので皆さんの暇つぶし程度にでもなればと思い、今回アップロードいたしました。
いやはや中高校生生徒諸君は夏休みも終わり、文化祭や体育祭の準備に追われていたりするのでしょうか。僕の出身校は文化祭で出店を出すようなタイプではなく、文化部の発表会といった性質のものだったので特別ワクワクするような思い出はありませんでした(笑)
しかし友達と校内をまわって展示品を見るというあの心地よい雰囲気は今でも良いものだと思いますね。生徒諸君は存分に楽しんで頂きたいと思います。そのうち戻りたくても戻れなくなるのですから(遠い目
さて、この作品はWeb投稿の第二作品目です。一作品目は“空の黒騎士”という戦闘機で少年少女が戦う話となっております。もし興味をもたれた方がいらっしゃれば、是非一読してください。
また、Twitterにて同じ『楽機』という名前でアカウントを作っていますので、フォローして頂けると飛び跳ねて喜びます(笑)
感想等ありましたら、なろうのレビューもしくはTwitterの方まで頂けましたら幸いです。
⇒@_LuckyStrike_EN
それではまた、あとがきにてお会いしましょう。
Tschüs!!




