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頭の整理がつかないでいる俺を見て、カノンはゆっくり考えろ、といった。アキを見ると、記者のインタビューのように手帳にメモをとっている。
「カノン様はおいくつなんでしょうか」
「私は16歳だ」
「あわわ、同じ年なんですね。ではカノン様は学校は?」
「私がこれから過去で通うのか?それは必要ないんじゃないか?」
「ううッ、そうなんですか。一緒に通えたらどんなに楽しいことか……」
アキはがっくりうなだれていた。カノンは勉強せずにこんな知識があるのは、やっぱり未来技術のおかげなんだろうか。
「そういえば、今日はどこに泊まるんですか?自分のお家ですか?良かったらうちにお泊りくださいッ!」
すっかり忘れていた。カノンは今日はどうするんだろう……今日はうちも母さんが帰ってきているから、気軽には呼べないだろうけど、何とかしないといけない。
「いやいい、自分の家は遠いし……それに、そうそう毎日皆の世話にもなれない、渋谷に行くよ」
自分の家――カノンが石川で行方不明だったことを思い出す。この時代に自分の本当の自宅があるんだろうか。つまり未来に行った後、この世界で行方不明者として扱われていたってことだ。
「カノンちゃん、女の子がそんな場所に一人でいたらそれは危ないよ~↓なあ、隼人」
「ああ……まあ、そうだな」
翔の意見に俺も同意だったが、カノンは返事をしない。言うことを聞かない頑固な宿なし少女……。
「フッフッフ……困ったときのマサキさん、とはよく言ったものだぜ」
いつの間にかマサキさんが腕組みをしながら横向きに立っている。戦隊ヒーローものの登場シーンみたいだけど……狙ってやってるのか。
「そろそろ愛ちゃんが夏休み取りたいって言ってるんだ。海外にホームステイするんだってさ。だから夏の間、バイト募集してるんだわ」
俺達に向かって決めポーズ?をしながら言うが、誰も突っ込まないので、そのままマサキさんは続ける。
「一応、俺が仮に泊まったりする用なんだけど、この奥になんと!!シャワー・風呂・トイレ・ベットが付いてるぜぇ!!そこを進呈しちゃう!!」
マサキさんは親指を立てて、奥の扉を指さす。何だか動きがキビキビしていて妙なカッコ良さだった。
「――もし、宿が取れるなら、それ相応のことはしようと思っている。まだ調査にはしばらくは時間がかかるしな」
おいまて。カノン、意外と乗り気なんだが……大丈夫か。
「いやぁほぉぉぉぉおぉぅウウ!!シャー!!」
「カノン様……ちょ、丁度良い服があるかもッ!!」
心配する俺をよそに、おもむろにアキは持ってきた大きな紙袋から黒い塊を取り出した。紙袋から取り出すと中身は更に膨らみ、両手で荷物を抱えたアキの顔が見えないほどだった。
「これ、着てもらえませんか?家庭科の課題で作りましたッ!!」
「私が……着ていいのか?」
「勿論です!カノン様のために、作ったんです」
「ありがとう」
「あ、着替えるなら奥の部屋使っていいよ。ちょっと散らかってるけど」
愛ちゃんが気を利かせて、部屋を片付けた後、奥の部屋の方から俺達に声をかけて招き入れている。カノンは連れ立って部屋に消えていった。
「アキ、一体お前何作ったんだ?」
俺は手を祈るように組んでいるアキに聞いた。
「ええと、メイド服」
「メイド服???一体何故?」
「カノン様に、すごく似合いそうだったから……つい」
「はあ」
コスプレって自分のために作るものじゃないのか?アキはそれでいのか?女心はよく分からない。
「まあ、調度良かったじゃん☆仕事着ってことで」
この偶然が……怖い。
10分ほどすると、カノンが愛ちゃんとともに出てきた。
確かに……驚いた。元々アニメっぽいロングのストレートの髪型のせいもあるだろうか、取ってつけたようにカノンにぴったりな雰囲気になった。小さなカノンに付けられたたくさんのリボンは不思議ちゃん……いや、幼い印象を更に強調している。
「キャー!!カノン様!お似合いです!私……一生懸命作ったんです!」
カノンの横で狂喜乱舞しているアキの意外な特技に驚きつつも、さすがはアキだなと感心した。色々と外していないとは思うのだが、何故こんな服を作ったんだ……という疑問が残った。
「学校に課題の写真を出したいんですが、カノン様、撮ってもいいですか?」
さながら撮影会のようだった。
「隼人。これ、似合うのか?未来にはこんな服はないが」
多分俺は顔をしかめていたんだろう、カノンは俺の方に怖気づいているというか、困りつつも少し照れくさそうな顔をチラチラと向けながら聞いてくる。
「うーん」
俺は腕組みをしながら唸った。これは、なんと言ったらいいのか。すごく似合うよ!とか褒めまくると調子に乗るだろうし、割と似合うね、とかでいいのか?それは返って逆に馬鹿にしてるように聞こえないか?……俺は思考を巡らせた。
「そっか。では脱ぐぞ」
「いやいや、まあ、似合ってる……よ」
そのうち、周囲を巻き込んでコスプレ度は更に増していった。ショップにある猫耳を付けさせ、喜ぶアキと愛ちゃん。コイツら……分かってるじゃないか。色白な透き通った肌のカノンには猫耳もメイド服もよく似合っていた。プル太も再び現れ、ちゃっかり膝にちょこんと乗っている。
翔がショップで何かを見ている。手にはハリセンがあった。何故ハリセンがこんな所に……。俺が突っ込むまもなく、カノンに渡す。
「これは今の時代で有名な、人にショックを与える武器だよ。そうそう、うまい」
おいやめろ。誰を叩くんだよ。
「あ……だがな、うちの面接はちょっとばかし厳めだぜ?うちの小さな家主達との――史上最凶最悪最強最大困難な、面接がな……ッ!」
またさらに変なカッコイイポーズをつけながら、マサキさんが話しだす。よく分からないが、あの気むずかしい猫たちのことだろう。プル太を膝に載せ、戯れるカノンを見て、即マサキさんは頷きながら手を叩いた。
「オッケーオッケー合格!!」
なんだよ俺より慣れるの早いじゃんとマサキさんは小さくなりながら奥でぶつくさ言っている。確かに俺にもなかなか慣れないアイツらが事も無げにカノンの膝にのっているのを見ると、軽いショックとともに何だかモヤモヤする気持ちを抑えられなかった。
多分、嫉妬――だろうな。カノンにだ。勿論、膝にのっている猫にではない。
「マサキさん、色々とお世話になりました」
俺はカウンターの奥で小さくなっているマサキさんに声をかけた。
ここでバイトまですることになったのは予想外だったが、マサキさんはやっぱり頼れる人だった。
「ご両親には俺から連絡しとくぜ。あの子、石川で行方不明だった子だろ?あの件は軍が出動してるから、俺のほうが軍の関係筋から話は通るっしょ。あと、カノンちゃんは必要ないって言ってるけど、学校に行けるようだったら手配しておくわ」
「何から何まで――ありがとう、マサキさん」
マサキさんはニヤリと微笑んだ。ここぞという時に頼りになっていつも気が利く人だ。俺も、大人になったらマサキさんみたいに行動できるんだろうか。
「じゃあな、カノン」
「ああ。隼人、お前……さっきから様子が変じゃないか?まだ何か引っかかってるのか?」
「なんだよ、別になんともねーよ。それより愛想よく、ちゃんと仕事やるんだぞ」
「うるさいぞ」
俺達はそんなカノンを残して家に帰った。精神的にいろいろとはあったが、とりあえずカノンのことはひと安心して、帰路につけたのだった。
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「隼人、おかえりなさい」
母さんは台所で夕飯を作っていた。いつもは朗らかでのんびりした調子の母だが、今日の声のテンションは少し低めで、なんだか違っていた。そのちょっとした差を俺は敏感に感じ取り、脳内のスイッチを警戒モードに移行し様子を窺う。テストの成績か?それともたまに塾をサボっていたことがバレたか?
「ただいま」
「今日はカレーよ」
「ああ」
「隼人、ちょっと聞きたいんだけど――昨日ここに誰か泊まったの?」
母さんは俺にパタパタと足早に近寄ると、顔を寄せそのものズバリ聞いてきた。暑くもないのに俺の脇からツウっと汗が流れるのが分かった。世間では割りと美人と呼ばれるほうで、通常はオットリしている母親だが、こういうことにはとにかく鋭い。食器も洗ったし、どこで分かったんだろう?と思ったが、黙っていた。
「ああ、母さん。友達が昨日ここで泊まった」
「友達?女の子みたいだけど」
「……」
おい、バレバレじゃないか!?どうする隼人、正直に言うか、だまくらかすか?いや、無理だ――お喋り好きのマサキさんから今日のことが伝わったらバレるだろう。そんなことになったら母さんは卒倒するだろうし、ここは誤魔化さずに潔く正直に話すことにした。俺は生唾を飲み込む。
「実は――」
「――ちゃんと、女の子には同意はあったの?きちんとしたんでしょうね?その――ゴムとか。」
俺は意外な意見に戸惑って慌てた。
「ちょ、そんなんじゃないって。事情があって、泊まる場所が無かったからどうか泊まらせて欲しいって仕方なく頼まれたの!」
「本当?」
「神に誓うわ!そんな何もしてないのに疑われるなんて酷過ぎる!」
頼まれてないか?まあどうでもいい。
……確かに、ちょっとだけ様子を見ようと部屋を覗こうとはした。だが、鍵がかかっていたんだ!鍵が――!!!!
仕方なく俺はドアの小さな小さなドアの隙間から、カノンの着替えをしている下着姿を……覗くだけだった――!!
まあ、若干小さいながらも形の良いバストラインと、むっちりした太ももパンツはほんの僅かではあったが拝めたので、あの時の行為を俺は全く後悔していない――!!
「そう。で、なんて名前?その女の子」
「あー、いやその……また後でね。今忙しいから」
俺は問い詰められそうになり、さっさと自室に引きこもった。ドアにもたれかかりながら、やっちまった……いずれ、バレるだろうな……と覚悟する。俺はマサキさんのニヤリ顔を思い浮かべながら、少しだけあのカフェに行ったことを後悔しながら頭を抱えたのだった。
「隼人!?」
しつこいな。コンコンコンとドアを叩く音がする。
「母さん、俺も聞きたいことがあるんだけど、いいか」
こういう時は逆に質問するに限る。話の濁しの達人というか……、俺はこういうところはどちらに似たんだろうか。
「何よ」
「あのさ、俺達家族の中にさ、なにか人に言えない秘密を持ってる奴っていない?」
「はあ?」
「例えばさ、不思議なこと言ってたり、とか」
「父さんのこと言ってるの?父さんは考古学者の博士をもってるのに物理学者なスゴイ人よ?少しだけ変わり者っては言われているけど」
うちの母さんは親父の話をすると、決まってゴキゲンになる。現在は帰ってこないとかの愚痴もあるので、過去の話限定だが……思い出話に花が咲くときは、だいたい始めがどうであれ、最後はいつの間にか許されるのだ。
「父さんは出会った時から始めて出会った気がしないって言ったのよ。これは運命なんだ、とかも言ってきたわね」
よくあるナンパ文句だ。こんな浮つくような言葉をよく言えたもんだな。
「確かに、あの人のプロポーズは変わってたわね。フフフ」
「例え君がどの時代にいても、僕は必ず君を見守っているよ、ですって!!いやーね!!」
軽くストーカーにも聞こえなくはないが……。まあ、いつものノロケ話だ。俺はどつかれながらも耐えぬいた。
その後カレーが焦げるまで俺は捕まり、その後ようやく無罪放免されたのだった。
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