3-2
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「隼人……起きられるか?」
カノンの声が聞こえる。
「ここは何処?」
「渋谷だ。戻ってきた」
気がつくと、俺達は渋谷の駅前にいた。
俺はどのくらい寝ていたのだろうか。駅前の時計の針は、8時を回っている。
渋谷の街は相変わらず人がいなくて、暗闇とともに静けさが辺りを襲っていた。
「アティス、直ってる」
俺は腕を見て驚いた。段階的に透明だった俺の体が、少し元に戻っている。
「修正は上手くいったみたいだな……」
カノンがぶつかったことで未来が変わったのが意外だった。それがどうして俺が消えることに結びつくのか、分からない。
「恐らくは」
「恐らく?これで、未来が変わってないとかもありえるのか?」
ここまでして、どういうことだ。
カノンは詳しくはまた今度な、と言った後で
「過去を修正した場合、現実が瞬時に劇的に変わる場合と、なだらかに変異する場合と、その後に起きた事柄によっては、全く変わらない場合とがある」
「ややこしいな」
「その3つの場合――つまり、時間の逆説遷移状態では、数値上、全てが同時に存在していると言っていい。お互いが相容れない次元が違う世界での出来事のはずだが、確かに別の次元に身近に存在するんだ。理論上のことなので、近くにあってもまだ相互への移動方法などは解明されていない。不可侵のパラレルワールドみたいなものだ。過去へのダイブには、タイムリープが事実でないと行けないので、IF世界には行けない。この時代では暗黒物質として、まだ解明されていないが……」
IFの世界が、身近にある……あやふやな世界。
「全ては可能性が高い方に転ぶ。今の時点では、隼人の喪失因子がひとまずなくなったんだと考えられるな」
よく漫画では劇的に未来が変わって、主人公以外は前の状態は覚えてないとかよくあるけど……違うのか?
ただ、相容れない次元が違う世界での出来事だったとするなら、アティスが直ってない事は、俺自身、忘れてしまうように思われた。
「そう言えば、俺は今、以前のアティスが進行している世界を覚えているけど、皆は忘れているんだよな?」
「正確には隼人と、私。あと、あの二人は覚えている可能性がある」
「劇的に変わった場合などは、以前の記憶が完全になくなるとタイムダイブした人間にとって都合が悪い。元々の前提で、ダイブした人間には以前の記憶が残るように装置が作られた」
「今は装置自体に瞬時に忘れない為に、私の限られた周囲の空間内に相互フィールドが張ってある。だから私達と関わった人達は、修正前の記憶を若干覚えている可能性がある。本当は隼人の能力で、常時隼人自身がフィールドは引き出すことが可能だ」
「俺の能力?何でだ、俺が特別なのか?」
そういえば、翔に中断されたさっきの会話――俺が特別の存在とか言ってなかったか。
「ああ、隼人はトレーサーと言う代々続くタイムトラベラーなんだ」
はー。運命とかね。もうお腹いっぱいです。
「それはないよ、両親からもそんな話、聞いたことないぞ。俺は普通の人間だ」
「さっき隼人起因でタイムダイブしたじゃないか。現実だ、受け入れろ」
「はあ……」
「詳しい話はまた別の日にしよう、私も今日は疲れた」
「おい、カノン。どこに行くんだ」
カノンは茂みに置いておいたらしい、旅行バック出した。
「これからどうする?」
まるで家出少女のようだった。カノンはハチ公前で横になると、目をつぶって動かなくなった。
「おいおい、ここで寝るのか?カノンは家に帰らないの?」
「私はここに残る……じゃあな、隼人」
寝てしまったのだろうか。未来の人間は眠りが深いのか、相当疲れていたのか、揺らしても全く起きなかった。
こんなところに女の子を放って帰る訳にはいかない。カノンを連れて帰ろうか。家に、連れ込むとかじゃなく、純粋に心配だった。
思ったよりはカノンは小さくて軽かったので、腕に抱えて駅へ移動した。カノンは目覚める様子はない。
無人駅となったホームで2枚分の切符を買い、電車に乗り入る。電車にのっている周りの人は酒に酔った人々だったので、大してカノンの事をジロジロ見る人はいなかった。
「隼人、そっちに言ってはダメだ。隼人……」
直ぐ横で、カノンは寝言を言っていた。俺、夢のなかでも心配かけてるのか……。ただ俺も疲れていたので、電車の中で少し仮眠をとった。
駅から家にはタクシーで帰り、直ぐに俺のマンションに到着した。
「ここは何処……」
カノンは車の中で目を覚ます。
「あんな所に放っておく訳にもいかないよ。俺の家に泊まれよ」
親の顔が思い出された。今日は母さんは夜勤だし、親父は何年も前から出張中だ。特に迷惑もかからないから、とりあえずは大丈夫だろう。
「余計なことを……放っておけば良かったのに……迷惑だろう」
「そうはいかないだろ。気にするなって。ちゃんと部屋もあるし」
「すまないな……」
マンションに着くと、翔が家の前で待っていた。
「隼人。お前に聞きたいことがある。間違ってたらゴメンナサイなんだが、お前――入学式のあの隼人か?」
「……そうだよ」
「正直に言うと、隼人の話初めは信じてなかったんだが、目の前で消えたのを見たら、俺の方が間違ってたのかと思っちゃって、で聞きに来た」
「俺はタイムダイブした。そう言っただろうが」
「じゃあ、今の隼人は、さっきまで4月6日にいた隼人でいいんだな?」
「ああ」
「いや、疑うわけじゃないんだが……ちょっと見せてくれないか」
「なんだよ」
「ワイシャツの襟に数日経つと消えるペンで隼人に印をつけたんだ」
いつの間に?俺が頭を洗ってる時に、襟の辺りに翔が何かをしたことを思い出す。あの時か――ひょっとしてコイツ、結構策略家なのか。俺は襟を見せた。
「へえ、印、残ってるな……マジだ。てことは、タイムダイブしても、浦島太郎にはならないで済むんだな」
翔の顔がパッと明るくなる。
完全にコイツ、疑ってたな。てか、人で実験するなよ。
「教室で隼人に話しかけたら、気味悪がられた」
「そりゃそうだろう。過去の俺は、全くダイブしてないからな」
「で、成功したのか?」
「まあな。アティスの症状は改善した。結局喪失因子は分からずじまいだけどね」
俺は二人の顔を見て頷いた。例え現実が不確定でも確実に未来は変わっている、と実感しながら。
「お前に伝えたいことが一杯あるんだわ」
翔は俺にスマホを見せながら、満面の笑みを浮かべた。
その時、アキがマンションをパタパタと降りてきた。走ってきたが、自動ドアがゆっくりで、なかなか開かない。キョロキョロと、慌てた素振りをしながら紅潮した顔を覗かせる。
「カノン様!また会えましたね!やっぱり本当だったんだ!今日、女帝のカードが出たんです!!星に願いながら――信じてました」
うるうるしたアキが、カノンに抱きつく。おいアキ、百合になるのか……?引き返すのは今のうちだろ……!?俺は少し不安になる。
そこは……違うだろ、そこは俺が……行くはずだろ。俺の趣味とは違いすぎる。百合とか、見てるだけ!?
「これだけは言っておく」
カノンに向かって念を押すように言い放つ。
「俺の人生をギャグにすんなよ」
「改善したじゃないか?何故怒るんだ」
――怒ってない、失望してるんだ。
カノンは俺を見つめた。
「お前の人生だ。そこは、私に依存するな。切り開くのは隼人自身だ」
なるほど、ごもっともです、カノン様。
「おっと、――もうこんな時間か」
時計は9時過ぎていた。
「今日はもう遅いから、またな。今日は疲れちゃって」
時間的には本当は少し話しても良かったんだけど、精神的に色々なことがありすぎて、まだ気持ちがついていけなかった。
「ああ」
また明日と言って、二人と別れ、俺達は帰路についた。