3-1 << デアイ no 数ヶ月 マエ
吉倉翔が外を歩いている。入学式は滞り無く進んでいた。体育館はすでに人が並んでおり、来賓の話が始まっている。彼はひとしきり辺りを見回し、入口を探す。人の出入りがないように、出入口は軒並み先生が立っていた。
翔はしばらく遠巻きに体育館をぐるぐる回っていたが、やがて諦めたように古びた裏の建物に寄りかかるように座り込んだ。
「間違いなく、遅刻……か。しょっぱなからついてないねー僕」
翔はつぶやいた。だが慌てる素振りはない。
「まさか入学式からやっちゃうなんてね。目覚ましで起きない自分が悪いんだけど☆」
外はまだ少し肌寒く、空気は冷えていた。ただ裏手の吹き溜まりのようなこの場所は、日が差し込み少し暖かかった。彼は寝転がり、瞼を閉じた。
♪タンタララッタタ、タンタララッタタ♪
突然音楽がかすかな音色で、辺りに響き渡る。パッヘルベルのカノンという曲だ。
「はぇ?」
翔は起き上がり辺りを見回す。体育館倉庫の裏には音を鳴らすものは一つもなかった。
彼は耳を頼りに、僅かな音源をたどり始める。どうやら、その音は倉庫の中から聞こえてきていた。
ドサッ。
ドサッ。
二回目の物体が落ちる音の後に、中から今度は乾いた音がした。バサッ。ゴロゴロ。ガシャーン。ボールの入った柵が崩れた音のようだった。
「――誰かいるんですか?」
翔は大きめの声を出したが返事はなかった。恐る恐る窓から中を覗いてみる。そこにはカップルらしき少年少女が白煙の中、折り重なるように抱き合っていた。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
体中が痛い。変な姿勢のまま、寝違えたような感覚。
別の場所で落下の感覚があって、そこから続けざまにどこかに落ちてきた――ようだった。
どうやら俺は、この場所にに突然、現れた。
粉のようなものが舞っているのだろうか、目が開かない。何かに押さえつけられて、体も動かない。
頭に大量の石灰が残っているのを首を振って払う。髪の毛が肌にあたる感触から、俺はまだ生きているってことが分かったし、これは夢ではないと思った。俺は粉のせいか、肌寒いせいかは分からないがくしゃみをした。
何か柔らかい温かなものがのっている感じ……。なんだろう。
うっすら眼を開けると俺の上に、カノンがいた。カノンは俺に覆いかぶさるように倒れていた。気を失っているのだろうか、意識がないらしい。顔が接近しすぎて彼女の柔らかい髪が肌にあたり、吐息が俺の首をくすぐった。
「ちょッ!?マジか」
俺は体を捻る。カノンの体に、手が……密着して当たってる。なんとも言えない、ぬくもりと柔らかい感触。これは……胸かもしれない。俺は気が遠くなるのと同時に、体中が熱くなる。今、手を動かしたら気づかれる……かな。マジで、嫌われるかもしんない。
「あ、取り込み中でしたか。失礼しました☆」
慌てて外にいた男が向きを変える。見られた?いつからいたんだろう。
「え?待ってくれ。これは誤解だ。申し訳ないんだけど、助けてくれない?」
苦しそうな声で俺は言った。
「入学式から連れ込むなんて、なかなかやるじゃん~」
「だから違うって!!ゴホ、ゴホ」
俺はムキになってせき込みながら否定した。辺りを見回すと、体育館倉庫のようだった。サッカーボールやら、綱引きのロープやらが雑然と置いてある。すぐ横にはライン引きの道具が転がっていた。俺は落下の衝撃でこの石灰を被ったらしい。
「ひょっとして冗談の通じないタイプか~。失礼した!」
俺はカノンを慌てて起き上がらせ、横に座らせた。どうやらまだカノンの意識はないらしいのでホッとする。俺の脳内はカノンを意識しすぎていた。
「このシチュエーションで……勿体ない!勿体なすぎるぞォォォ!」
叫ぶ男は――吉倉翔だった。
俺は内側からドアをガチャガチャと開けようとするが、開かない。
「……ここから出してくれないか?吉倉翔」
「僕の名前知ってる?えっと、……どっかで会ったっけ?」
「とにかく俺はお前の事を知ってるんだよ!それはいいから早く開けてくれないか」
「随分と真剣な面持ちですね」
「お前、石灰かぶってる人間の顔の表情が分かるのか?」
「人使い荒い奴だな~。へいへい」
外から閂が開けられる。俺はカノンの腕を抱えながら外に出る。翔もカノンを慌てたように支えてくれた。
「大丈夫?失礼だけど、君、ここの高校生だよね?」
「俺は有野隼人。――お前と同じクラスなんだ」
落ち着け……俺は少し興奮を収めるように、胸をなでながら言った。
「へえ。そうなんだ?遅刻組かぁ。まあ今後ともよろしく。で、何してたの?こんなところで」
言うべきなのか……少しの沈黙。余計なことは言う必要はないだろうが、今の俺にはとっかかりというか、何らかの手がかりが必要な気がした。カノンにばかり頼っていられない。
「俺も何してたのか把握できてないんだけど……多分タイムリープとか言うヤツを――ちょっとな」
「はあ?」
ポカンとした翔に対して、俺は聞くのを少し迷ったが真面目な顔で翔に尋ねる。
「それで、聞きたいんだけど……今は何月何日何時?」
「――へえ。面白いね。今日は遅刻して正解だったかも☆」
翔は、俺の荒唐無稽な話を本気かなんなのか、真顔で聞いていた。思ってたほど悪い奴ではないなのかもしれない。本当は特に話す気はなかったが、助けてくれた手前、つい先ほど起きたことを簡単に話してしまった。半分はヤケだったが。
「この世界は夢じゃないよ。少なくとも僕はそう思ってる。2023年の4月6日、xx高校の入学式だよ」
「――少なくとも俺は、さっきまで2023年の7月4日にいた」
「隼人の話が本当だとしたら、君らは時間を越えてきたってことになるのかな」
「いや……、そんなことってあるか?自分で言っておいて何だけど、ありえない」
俺は混乱していた。時間を越えてきただとか、そう言ったファンタジー的なもの、俺は特に興味がないと言うか……、第一、俺の理性がありえないと否定していた。
「タイムリープっていうのはSF用語で時空移動の事だよ。実体を伴わないものと、自ら移動するタイプがあったはず」
翔はオカルト・SFは任せ給えよと、少し得意げに話す。こういう分野が好きなようだった。
「それにしてもややこしい移動方法だね」
今は自分に実体があると自分で分かる。だが、先ほどのタイムリープの時は、体があるというよりは『意識』だけがあるように感じた。
自分がいる時間が明らかにおかしい……。
「で、その横にいるのがカノンちゃんってことか。フーン、かわいいね。寝顔」
翔は全く心を込めず、興味も無さそうにそう言った。当のカノンはスースーと寝息を立てている。俺はそろそろカノンを起こそうか悩んだが、とりあえず生きているのでもう少し待とうと思った。
「……彼女どっかで見たような気がするんだけどなー。ネットだったっけなあ。まあいいや」
カノンを見つめながら翔は続ける。
「ッてことはだな、その話が真実ならば、今の世界に隼人はもう一人いるってことになる。そしてそれが、他人に唯一タイムトラベルを証明する方法だね。あ、でも隼人、実はお前が双子だったとかはナシだよ?」
こいつ、俺の話を信じてない。だがそれは、当たり前のことだった。入学式早々、石灰まみれの男が倉庫で大真面目にタイムリープとか言ってるんだもんな。俺だったら迷わず保健室に連れていく。
「ううん……痛たた」
「カノン?大丈夫か」
むっくりと頭を抱えてカノンが起き上がる。俺の真っ白な外見に驚いたようだったが、何も言わず自分の頭を払った。
「ここは――いつ?どこ?」
「2023年の4月、だそうだ。あっちで俺の高校の入学式がやってる」
俺は体育館を指さした。
「そう。隼人の記憶からのタイムダイブが成功したみたいだな。では、ここに喪失因子があるのか」
カノンはブツブツと言いながら、腕の装置を確認している。
「喪失因子……ってなんだよそれ」
またよく分からない説明用語が出た。
「喪失因子は、隼人の存在を消してしまう現象を引き起こす、原因。隼人が過去の出来事によって、存在が無くなる……因子の一つだ」
「俺が消える原因がまさにここにある?」
「ああ」
たくさんの疑問があったが、こういう時は大きな問題から聞くのが正攻法だろうか。
「とりあえず、だ。今一体何が起こったのか説明してくれないと、俺の状況が分からない。俺は過去に来たらしいというのは分かるんだけど」
「そうだな。原理はややこしいので説明が義務的になるけど、許してくれ」
彼女は頷きながら腕組みを外し、木の枝を拾った。
「簡単に言うと、時空移動だ」
「本当か?」
にわかには信じがたい話だが、どうやらこれが事象の修正と呼ばれる方法なんだろうか。
カノンは木の枝で地面に簡単な絵を描いた。現在→タイムリープ1→●→タイムリープ2→●→タイムダイブ→○→(最初に戻るような矢印)
「今はここ。タイムダイブは実態を伴う移動方法の事。つまり、時空移動の終着点だ」
タイムダイブの後の、一番最後の○印を指差す。
「今のタイムダイブは、タイムリープという記憶をトレースして時空を移動する方法を使った。図で言うとここ」
カノンは●を左から順に差していく。
「タイムリープは『意識』だけの移動方法だ。タイムリープで隼人の記憶をトレースして、隼人の記憶に出てきた他人の記憶から、隼人の喪失起因の場所に移動する、タイムダイブをしたって訳」
「つまり――どういうこと?」
ややこしいな。俺は首を振った。
「過去に来た。具体的に説明すると、あのビルから、私と隼人が2人でタイムリープ1をして、隼人の過去の実体験を見た。次にそこから、タイムリープ2を使って、過去のアキの実体験に移動する。そして、タイムダイブで過去のアキが実体験をした同時間軸の位相――つまりここ――に実体が移動した」
「何となく分かったと思う……」
そういう気がした。どうやら実体の無いタイムリープを繋げていって、実体を伴うタイムダイブするらしい。
今回俺達は自分の記憶を辿って、喪失因子を探しにタイムダイブした事になる。でも、俺が消える理由が分からない。
「喪失因子とやらは抽象的だし、随分身近な物事なんだな。さっきのアキの事といい、俺が喪失する原因と全く結びつかない」
カノンは頷く。
「身近な関連性がないと思われる小さな物事が積み重なって、その後未来で大きな出来事になるっていうのはよくあることだ」
「喪失因子が分かるヒントはないの?」
「さっきのタイムリープで見たものが、ヒントになる。他には下調べをしなかったし、隼人の意識があいまいだったから、現時点では何が喪失因子になるのかは分からない。しかも、残された時間はあと、1時間」
カノンは腕についている時計のようなものを確認する。答えがハッキリ分からない推理ゲームって訳か。1時間しかない時間制限付きの……。
「タイムダイブは、何か調べたりした後の方が良かったんじゃないの?」
俺は今さらなことを一応言っておく。
「あの状況では仕方がなかった。それに、ダイブしようとは思ったけど、隼人起因でタイムダイブできると思わなかった。私もタイムリープで終わらせておけば良かったんだが……慌ててしまって……半分事故みたいなものだ」
カノンはちょっと俯いて、口を尖らせるような顔をする。反省しているみたいだったので、これ以上は言えなかった。
「隼人は、思い当たる節とか、推理できることはないのか」
「今のところないかな」
「そうか……」
「そう言えば、さっきのビルでの事だけど……。ひょっとして俺を――かばった?」
「そうだ。隼人は特別な存在だ。ここで死んだら、元も子もない。代わりは……探せば多分、いないこともないけど」
カノンは心を読めないような、複雑な表情だったので、あまり、感情を出さないタイプなのかもしれないなと感じた。
「何で――」
しばらく翔が俺達の様子を黙ってぼーっとカノンを見続けていたが、突然声を上げた。
「君、あれじゃない?宇宙船乗ってた子でしょ!!」
カノンはどうやら全く気づいてなかったようだ。驚いて振り返る。割りと、鈍いのか?
「誰この人?」
「吉倉翔。俺の同級生。今知りあった」
「そうなのか。私はカノン。よろしく」
私の事、喋ったのか?とこっそり聞いてくるカノン。俺は有耶無耶にちょっとな、とこぼす。
「僕って影薄いかな……まあ、どうも。で、さっきの話に戻るけど。君、宇宙船の子?」
「宇宙船の子ってなんだ」
俺は聞いた。
「先月の誘拐事件のこと。当事者が16歳の未成年だったから、ニュースでは流れなかったけど。行方不明者ということで、将来の顔とか言うモンタージュ写真がネットでうpされてたんだ。それにそっくり」
「そうだ。私は船に乗ってた少女Aだ。」
翔の目が輝いた。こいつ、うれしそうだ。一体何に期待してるんだ?
「やっぱ本人だ!すごい!あれって本当に誘拐?発見者がインタビュー答えてたけど、宇宙船みたいだったとか。――実は、宇宙人に連れてかれたとかじゃないの!?結構掲示板で噂が広まってたよ」
おい、流石にそれはないだろう、と俺は宇宙人説を心のなかで否定したが、不安だった。未来から来たとか、タイムダイブとか言ってるだけでもお腹いっぱいなのに、宇宙人まで出てきたら、辛すぎる。
報道では隕石が落ち、その隕石の側に、誘拐された少女Aがいたってだけだったはず。確かにカノンは少女Aだと言ってるから、隕石の衝突と関連あるのか?どっちだ……。
「違う、あれは宇宙船ではないし、私は宇宙人ではない」
「そっか……だよね。残念」
翔はさみしそうな顔をした。そこまで露骨にがっくりしなくても。
「あれは保護船で、未来から来た」
「ふーん。やっぱり誘拐か……っておい!」
これは良いノリ突っ込みだ。初対面とは思えない。
翔は笑い出した。
「なんか面白いねー君達。僕、高校生活って期待してなかったんだけど、君らといると何だか楽しそうな気がしてきた。本当かどうかは別にどうでも良くなってきたわ」
それって考えるの諦めたのか?投げやり感満載じゃないか。俺は今までの話を信じていない翔といくら話しても、話が脱線するだけのような気がした。
「俺は真面目だぞ」
俺は翔を軽く見やりながら、率直な意見を二人に伝える。
「時間がないからその話はまた後で。ここはだな、まずは喪失因子とやらのヒントを探さないと」
「うん……そうだな。ヒントと言えば、先ほどのタイムリープ時の記憶だ」
初めは、タイムダイブで未来を変えるのは可能なのかと興奮したけど、今はこんなに些細なことなのかと感じていた。俺はあまり映画とかは見ないが、ストーリーにおける王道は知っているつもりだ。例えばこの場合――悪人を倒して、ヒロインを守るとかじゃないと、わくわくしない。
「限りなく、地味だな……アキを翔に振られないようにするようにするとかか?分からんけど」
その時初めてカノンは、ここにいる翔が初めて記憶の男だと気づいたようだった。ああ、と言って頷く。
「翔の近くにダイブしたってことは、それも手がかりの一つになる。翔の行動の何かを変えればいい」
翔の行動の何か――それが分かれば簡単なのに、サッパリそれが、分からない。
「さっきから翔、翔っていったい何なの。僕がどうしたっていう訳?タイムダイブに僕関係ないでしょ?」
黙って脇で俺達のやり取りを見ていた翔が、口を挟んだ。
「――大ありだ。お前のせいで俺は大変な目にあってるんだ。大体な、お前は無関心すぎるんだよ。告られたアキに友達にすらなりたくないようなこと抜かしやがって」
「アキって誰?」
「クラスメイトだよ。お前が未来で告白されるの!」
「……そのアキっていう人が僕に告白して、それを僕が断るってこと?」
「ああ。そのきっかけの出会いが、今から起こるんだ。廊下でぶつかるんだけど」
翔はそれだけか、と聞いてきたのでそうだと答えた。
翔は腕組みをし、じっと考え込んでいた。話したいのか言いたくないのか押し黙っている。俺とカノンは眼を合わせた。
「どうした?」
「なるほどね、とにかくクラスメイトなら仕方ないよ。僕は必ず断ると思う、だけどアキちゃんに罪はない」
「?どういうことだ」
「初対面でこんなこと言うのもなんだけど……僕は年上がいいんだ。40以上の大人の女性が好みでさ、同年代には興味ない」
きっぱりと言い放つ。コイツ……マジか。そうきたか。それじゃあ、ハッピーエンドとかが終了の合図だったら、今詰んだってこと?ゲームオーバーじゃないか……。ジエンドの文字がテロップ風に俺の脳裏をよぎる。俺の思考回路は半ば止まってしまった。
ははは……そう言えば、中学のクラスにも一人いたような気がするな……同世代には全く興味を示さず、年上しか興味のないタイプの人。母性本能好きというか……確かに自分も先生は好きだったかな……いやそれはどうでもいい……。
アキはどっちかといえば、精神年齢が幼い方だと思う。ううん……困った。
「大丈夫か、隼人。ボーッとしてるが」
カノンが俺の顔を見た。カノンは表情はあまりないが、割りと周囲を見てる。
「ああ、多分大丈夫……、なあカノン、アキにアドバイスして精神的に大人の女性になってもらうとかはどうなの」
翔は首を振ったし、アキには無理だろうと思ったが、念のため聞いておく。
「いや、アキの近くにタイムダイブしてないことから察するに、アキを変化させるものではない」
「じゃあ、翔に熟女趣味を変えてもらえばいいのか?」
焦れったくて、ついつい強めに言葉を吐いてしまう。
「熟女とは何だ」
「熟女って言っても、30-40代位がベストで、優しくて楽しい人がいいんだ。ちなみに僕は自分の嗜好を変える気はないからね☆」
カノンと翔から、同時に答えに詰まるセリフが出たので、咳払いをして無視をしてしまった。
「いや、何というか二人共、俺が悪かった」
「簡単だよ、元からあの時間に僕が通らないで、ぶつかること自体を回避する――これなら簡単じゃん☆」
翔は言った。
「そういう方法もあるけど、弱いかもしれない。アキが行為をやめない限り、別の時間帯にぶつかる現象が発生する時がある。つまり、翔にぶつかる可能性が高い限り、結局未来が同じになりやすいってこと」
「はあ……一筋縄ではいかないんだねぇ」
確かに、翔も、ここで俺達が忠告したところで忘れて廊下を走ったりしそうだし、アキはアキで、ずっとやり続けそうだな……。
それにしても、アキのぶつかる相手について、ここまで真剣な議論が交わされようとは……とふと思ったが、翔が聞いたら脱線しそうなので心に留めておくだけにした。
ふと、俺の俺の脳裏に有るアイディアがよぎる。アキが惚れる相手が別にいる――と仮定して俺に関連付けるとしたら……。
「――俺がアキに、わざとぶつかればいいのか?アキが惚れる相手が別にいたとして、それが俺だったら俺に対してきっと何らかのアクションがある。俺の喪失因子はそのアキのアクションがなかったせいかと」
「へえ。筋は通るね☆」
「成る程、隼人がアキにぶつかれば、恋愛の対象として意識するってことか。――私にはそういったことで、人の心が変わってしまうのかは理解不能だが」
カノンは半分納得しているようだ。
「きっかけってあるもんだよ。うんうん☆」
翔は楽しそうに言う。コイツ、他人事だから楽しんでないか?
俺は幼馴染だから、出会いとしては少し弱いかもしれない。まあ、これをきっかけに……想われるのも悪くない。
俺が女子を意識することはあった。が、バレンタインなどのイベントでドキドキして過ごしつつも、人生に置いて、告白されるシチュエーションは経験したことがなかった。
目の前のカノン――はどう思ったんだろう。
「いや、でも~なんつーかさ、それって俺が告られようと、誘導しているみたいじゃないか?それはちょっとなあ……アキの心を弄ぶなんてなあ」
カノンの方を見る。嫌がって否定してくれるなら今のうちだ。
「隼人は、今更何を言ってるんだ?可能性として、試す価値は有ると思うが?」
カノンは不思議そうに尋ねた。カノンがヤキモチを焼いて、否定してくれるなら、止めてもいいという俺の淡い期待は脆くも砕け散る。
「否定しろとは言わないけど……いや別にいいけど……それでいいの?」
「?」
「いやーどうなんだろうねーしょうがないなあ」
チラチラカノンの方を見ながら、粘り強く有耶無耶にしている俺をよそにカノンは時間を見ていた。
「話はまた今度だ。そろそろ時間だ、アキが動くだろう」
いつの間にか入学式が終わり、皆が教室に入っていた。うう……俺達は学校の校舎へ移動した。
「本当にこれで修正できるのかな……」
正直俺は疑問には思っていた。本当にこんな事で未来が変わるのだろうか?もし変えられなかったら?
失敗して、逆に俺が消えることもあるんだろうか。悪い方に考えてしまう。
「心配するな。一事象を修正して、全てが劇的に変わる程の修正ではないから」
カノンが同情したように、ポン、と俺の肩を叩いた。彼女なりに、励ましてくれているのだろうか。少しだけ元気が出た気がした。
既に校舎ではHRが始まり、2Fの教室では先生の自己紹介などをやっているようだった。
多分、初々しい緊張感に包まれているせいだろう、人が大勢いる割に人の気配があまりなく、教室は静かすぎる気がした。
俺達は息を潜め、1Fの男子トイレに入る。翔が掃除用具入れに入ったりして隠れていた。カノンはトイレから外を見て、辺りを見張っている。
「――まだ、アキは来てないな」
「多分、HRが終わってからくるんじゃないか?」
「HR……?」
「学校の時間割だよ。あそこの時計だと、あと5分くらいで終わるかな。そしたら、皆休憩に入るし」
「今のうちに、頭洗ったら?」
翔が頭を指さして、聞いてくる。
「余計なことだろ、このままでいい。寒いし」
「この頭で、出会いを演出するのはさすがに厳しいよ。それに隼人は、未来に戻るんだろ?だとしたら、街中それで歩いたら笑われるぞ。タオル貸したげる」
至極当然、もっともな意見だ。
俺は洗面台で頭を洗った。4月の水はまだ冷たい……。翔は俺のウナジの辺りを触った。
「襟足コチョコチョ☆」
わわっやめろ!!!突然のことに体が反応できず、身の毛がよだった。
「静かにしろ。誰か来た」
「俺にそんなじゃれあう趣味はない!!フザケンナ!」
思わず俺は蹴り飛ばす。カノンならともかく、野郎に触られるなどといったことは全く興味が無い。
「わっ!」
カノンは体勢を崩した翔とぶつかり、そのまま廊下に飛び出してしまった。
ドン。
カノンは階段から降りて来た人と鉢合わせる。
――そこにいたのはアキだった。
「ご、ゴメンナサイッ!」
「何故、あなたがもうここに来た?」
カノンがアキに尋ねる。
「私、ですか?今ちょっとお腹が痛くて……先生に言って早めに出てきました」
ううっ。入学式の日に、そんな事あったっけ……あったかも……俺、完全に忘れてた。オイオイ、俺達の居場所バレたら意味無いじゃん、失敗か……。
「あ、あなたは……誰ですか?学生さんの格好じゃないですよね?」
アキの頬がみるみる赤く染まっていく。カノンをじっと見つめたままだ……何故か俺が思わず目をそらす。え、これ、ひょっとしてフラグ立ってる?マジか……!?もしかして……いやいや、カノンは女だぞ?確かにぶつかったけど……。
一瞬カノンを取り合う俺とアキの姿が脳裏に浮かんだ。
「カノンだ」
「カノン……さんですか。また、逢えますか?」
「会えると思う。また数ヶ月先になるが」
二人は見つめ合って、こっちを見ようともしない。
がっかりだよ、オチがなあ……ギャグっぽい。止めてくれ……普通だったら没にならないか、こんなネタ。カノン――俺は実験の失敗とともに、なにか大事なものをなくしたような気がした。
カノンは上を向いて呟いた。
「そろそろ――時間が戻るな。上手くいったみたいだ」
「え?」
皆、驚いた表情になる。恐らく驚いている内容は違ってたと思うが……上手くいったのか?そう言えば、タイムダイブは、予定より早く終わったがするが……。
俺が投げやりになって思考停止したのか、それからどれくらい経ったのか、いつの間にか分からなくなっていた。気づいたら、時間の感覚と空間の認識能力がなくなっている。
俺とカノンは光に包まれていた。今まで、何してたっけ……あ、確か翔に会って、アキを見つけて……何だか記憶がハッキリしないまま、そうだったような気がするだけだった。
「隼人、帰るぞ」
「おい、ちょっと待ってくれ……」
ぼんやりとした感覚。俺の手を握るカノンが見える。てか、変な男に命狙われてなかったっけ?このまま戻っても大丈夫なのか聞きたかったが、俺の意識は薄れていった。
「アイルビーバックって言ってくれ!てか未来に戻るんだよなあ?ここでストーリー終わりじゃつまらんぞぉ!僕は許さないよ!」
遠くで翔の叫び声が聞こえた気がした。






