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2-2

 ――とりあえず、落ち付け、俺。とりあえず渋谷でこのふざけた奴――カノンと会ってみよう。話はそれからだ……。1分ほど放心状態だっただろうか、PCを終了させる。塾には来たばかりだが、支度をし教室を出る。誰も振り返る者はいない。

 外に出る前に廊下の自販機で、缶コーヒーを買った。冷たい砂糖控えめの100円コーヒーは少々甘すぎな気もするが、俺の精神をクールダウンするのには丁度良かった。

 カノンの目的は相変わらず不明だが、俺にとって今の所、悪い条件じゃないんだと自分に言い聞かせた。

 ふと目をみやると、奥の階段の踊り場でアキが踊り場で誰かと会話している。

 アキが何をしているのかハッキリ分からなかったため、俺はとりあえず状況を確認しようと物陰に隠れて様子を伺った。相手はどうも男で、先生か生徒かと真剣に話している。


「あたし、あの時ぶつかってから、ずっと吉倉君の事、運命の人だと思ってたんです!」


 俺は飲んでいたコーヒーを全て吹き出してしまった。運命の人?告白か!?せっかくクールダウンした俺の脳に再び地雷が点火する。

 アキは昔こそ天才少女と呼ばれ、ちやほやされていたが今は違った。最近の言葉で言うと、腐女子と呼ばれるタイプの女子――に成長を遂げた。引っ込み思案、真面目、優等生。元から素質はあった。

 彼女の家には古いものから最新のライトノベルやら少女漫画がどっさりあり、まるで漫画喫茶のようなありさまだ。土壌も申し分なかった。家族ぐるみでの付き合いのせいで母親の趣味というのは知っている。そのDNAは少なからず引き継がれている。


 眼鏡と前髪パッツンの三つ編みおさげのスタイルがさらにそれっぽくしていた。顔はそこそこかわいいので、それさえ止めれば結構いけそうなのだが……。

 趣味はプログラミング、読書ファンタジー、そして占い。

 当の本人は全く気にしていない。俺もアキもPCの共通の趣味があり、昔はよく遊んでいたし、家族のような付き合いだったせいか特に指摘する気持ちもなかった。週ごとに占いのアドバイスで色々と狂信的に説教されるのはちとお腹いっぱいだったが……。

 

「ごめん、あの時って何のこと?全く覚えてないや」

 吉倉と呼ばれた男は軽そうな口調で言った。

「始業式の後ですよ。山口アキって名乗りました。覚えてないんですか」

「山口さん……なんだ」

「あ、でもいいですいいです。あたし、あなたのことが好きです」


 そう言えばアキの奴、最近妙にそっけなかったかもと思い出す。恋って偉大だな……まさか大人しい彼女の口から運命の人なんて言葉が出るとは。

 俺は家族が独り立ちして離れて行く少しさみしい様な感じもしたが、とりあえず応援しようと、心の底だけで励ましていた。頑張れアキ。


「……」

「ずッと、ずッとず――――――っと吉倉君のこと、…………見てましたッ!」

「そうなんだ、気付かなかったよ。とりあえず、ありがとう。にゃはは~」


 ん。にゃは?変わった男なのだろうか。あのアキが惚れる位だから普通の男ではないに違いない。俺は首をのばし、猫のように目を光らせながら踊り場の様子を伺う。

 彼はうちのクラスメイトだった――あいつ、吉倉と言うのか。長身の色白のイケメン野郎だ。確か入学式のときにあいつ、話しかけてきたような気がする。勉強していないように見えて、成績は常にトップクラス。スポーツ万能。授業はさぼり癖があり、いつの間にかいない。

 得体のしれないその風体からゆるキャラ変人のあだ名がついている男だった。でもモテちゃうという、女子受けだけしそうな嫌な奴。こいつか……全てにおいて、俺の一番倦厭するタイプだ。これは嫉妬ではない。

 俺は努力家なので、何もしていないで成功を収めるという、あの男のスタイルが気に入らないだけだ。あくまでライフスタイルが気に入らないのだ。大事なことなので二度言った。


「あのー、……彼女とかいるんですか???」

「え、いや別に。そういうの興味ないんだよねー。にゃはは~」

「よよよ良かったら友達から始めませんか!」

「うーん。別にいいや。あんまり友達とか興味ないんだよね」


 友達くらいにはなってくれてもいいだろうに。酷い奴だ。ああ、可哀そうなアキ……。口がO字型で止まっている。


「――――――とりあえず、メアドだけ渡しておきます……。良かったら連絡ください……」

 か細いアキの声が、ますます小さく聞こえた。妄想の中だけにしておけばよかったのに。ふん、お前もこんな男を好きになるなんて見る目がないな。


「そこにいるのは隼人??」


 アキが表情を変えずに目玉だけがこちらを向く。俺は慌ててその場を離れようとしたが、先に見つけられてしまった。

 逃げ切れない。開き直るしかない。


「よぉ、元気?」


 真っ赤なアキの表情をうかがいつつ、今ここへ来たようなそぶり(バレバレ)をし、場違いな笑みを浮かべる俺。その時。


『定点観測。これより直ちに照度80の光を対象に与える。衝撃に備えよ。繰り返す――』


 なんだ。館内放送か?どこからか声が聞こえる。次の瞬間、視界が極端に圧縮され、歪んだ。限られた視界の先で、アキのへその辺りから木のうろのように光が広がって行く。彼女はついに輪郭だけを残して、徐々にまばゆい光に包まれた。俺は眩しくてもう目を開けてられない。


 ――あれ?こんなことあったっけ?


 俺は確かこの後、アキの質問をうやむやにしてこの場を逃れようとしたんだが、つい吉倉という男に友達くらいにはなってやれよとつい余計なアドバイスをして、見てたのがバレたんだった。

 そして渋谷に行ってカノンと話した――よな?

 ん?いやまて、俺は何でこれから起こることを知っている――!?

 てか、確か落ちたな、俺。ビルから。普通は、あの高さから落ちたら、死ぬよな――。

 俺は誰?有野隼人だ。それは間違いない。ん。夢なのかこれは?


 何だこの感覚!?


 体が突然、宙返りしたような気がした。脳が急激に動いて平衡感覚が失われ、地面の位置が分からない。俺はもがき、足場を探す。俺は疲れているのか?夢だったら早く覚めてほしい……。

 遠くでまた声が聞こえた。



『タイムリープ1段階目、完了。続けて2段階目に突入する』



 タイムリープ?

 光は段々と落ち着いてきた。無情にもまだ目は覚めないようだが、俺は三半規管の酔いと戦いながら目を開く。徐々に辺りの明るさに慣れてきた頃、光の中にかすかに見えるのはひんやりとした床のタイルだった。

 見慣れた景色。――どうやら、ここは高校の校舎内だ。どうやら俺はしばらく床に突っ伏していたらしい。よろよろと立ちあがる。俺は今、本当に学校にいるのか?困惑の中、辺りを見回す。

 視界の少し離れたところに人影があった。アキだ。彼女は廊下で壁側を向き、一人で立っている。


(――アタシは、高校デビューするのよ!)


 耳に直接響くような声がする。アキの声だ。彼女は廊下にある鏡を見つめながら、髪をほどいた。ずっと三つ編みだったのでウェーブがかかっている。


(入学式の後に走ってくる男の子に偶然ぶつかって、思わず一目ぼれしちゃうとか!)

(ぶつかり際にキス!キャ―――ッいい、いいよそれ!!!)

(凄くヤバいッ!萌える!)


 アキは携帯の占いサイトを確認する。

(やれば絶対に叶う、出会いのチャンスあり!だ。やったー!!朝のタロットは運命の輪だったし、今日は良い感じだね)

 アキのやつ、占いを日に何回やってるんだろう。


(よし、ぶつかる練習をしようッ!絶対に諦めないッ!!!)

(ガンバレ、アキ!)


 おいおいアキ、何やってんだよ……。手を上げてアキの背中を叩こうとした瞬間、俺は初めてあることに気付いた。自分の手がないのだ。慌てて自分の胴体を見るが、そこには空間しかない。

 俺の実体がない?

 これは夢なんだろうか。記憶がどんどん過去に遡っている。これが所謂人生の走馬灯って奴なのか?――ただ、それにしては、この話はアキの事だ、俺に全く関係がない。

 さっきから耳元で語りかけるように、明確なアキの『意識』が俺の中に入ってくる。かと言ってアキの視野でもなかった。アキが主人公の3DゲームをTPS視点でやってるみたいな感覚とでも言うのだろうか。無論、俺はアキを動かすことはできない。まるで自分の『意識』だけが、彼女にのり移ってしまったような感じだった。

 それにしても入学式は四か月前に終わったはず。確かに窓の外を見やると、散り気味の桜が惜しむように咲いている。この映像は一体?


 アキは髪を結び直して階段を上がり、2Fの隅に移動する。L字型の通路の向こう側には1年の教室が並んでいる。教室は休み時間で、人が廊下にあふれていた。様子からすると、ちょっとぎこちない態度の学生がぽつぽつと会話を交わしている。

 どうやらこれは4月の入学式の後の光景のようだ。

 今度は何が起きてるんだ……?

 夢なのか何なのか疑問は尽きないが、もう俺は目の前で起こる出来事にあまり驚かなくなっていた。


 アキは通路のカーブで、何度もL字の部分を行ったり来たりしている。


(こうかな!えいッツ!)

(ぶつかったらキャ!とかわいく)


 何してるんだ?まさかとは思うが、ひょっとして“入学式の後に走ってくる男子に偶然ぶつかる”を予行練習しているのか?

 随分馬鹿な、いやいや頑張るな……。

 しかし、人がこちら側に来る様子は全くない。キンコンカンコーン。チャイムが鳴った。皆、慌てて教室に入って行く。

 アキも諦めて、教室に戻ろうとしていた。


ダダダッ――ツ!!


 階段を駆け上がる慌ただしい音が聞こえてくる。音はチャイムの音が消えようとすればするほど、早くなる。

「ウォギャゥ!」

 彼女は、後ろからダッシュでやってきた男に、お尻からぶつかった。いや、ぶつかったというより3m位、前方にふっとんだという表現の方がしっくりくるだろうか。

 アキは顔面から廊下に倒れた。

 ぶつかった男はさっき塾で見た、吉倉とかいう奴だ。彼も不意打ちだったようで、目を白黒させている。

「ごめん。じゃ」

「すすすすいません!あたし山口アキって言います」

 アキがしゃべり終わる間もなく、吉倉は光の速度で教室に駆け込んでいった。大丈夫か?アキ。俺はアキの方をマジマジと見た。しかし当の本人はぽーっとしている。顔は真っ赤。


(キタ――――――――――――――!!!)

(恋愛フラグたったったー!)

(彼が……運命の人なのかな!)

(彼、名前何て言うんだろう????)


 ここまで来ると、俺も察しがついた。さっきの塾でのアキの告白は、吉倉とぶつかった事実が原因なのか?通常なら恋愛に発展するのは正直疑問だが、直情径行のアキならやりかねない。


 それにしても今の自分の状態はなんなんだろう。俺の意識は普段より、明確すぎるくらいだ。どうやら俺は何かを見ているらしいというのは分かる。それも対象者の『意識』付きで。夢のリアルな状況と言われる、明晰夢なのかもしれない。

 何故見えるのかは分からないし、自分がエスパーだとかいう事実は今まで一切ない。やっぱり俺、幽霊なのか。

 ただ――以下は仮定だが、もしこれが幽霊でも、夢でもないとするなら、恐らく俺自身の『意識』がアキの『過去の意識』に入っているということになる。


 アキを起こそうと思わず肩に手をかけようとするが、やっぱり俺に体はなかった。


『2段階目、タイムリープ、紐付け完了。これよりタイムダイブ開始。転送に入る。3,2,1……カウント0』


 そうこうするうちに、また脳内で館内放送のような声が聞こえた。

 女の声……これってカノンの声か?空間から光の粒が1つ、2つと現れて大きくなっていく。そして今度は、その光が俺の周りに収束していく。眩しい。

 いったい何が起こってるんだ?

 カノン――!?タイムリープって何だ?返事をしろー!!

 俺は声にならない声を上げた。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



 アキはボケーっと突っ立っていたが、チャイムが鳴り終わる頃、ようやく我に返り、肩に手をやる。

「気のせい?何かが肩に触れたような」

 辺りを見回しても誰もいない。

「隼人?」

 アキは教室に駆け込む。隼人は教室の机で、余所見もせず真剣に学校案内のパンフレットを見ていた。

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