篠田 未来と木津 洋一と妻鹿 伸治
篠田 未来は迷っていた。
第一志望だった女子大学は合格したから、今から入学式までが一番楽しい時期のはずだった。
しかも、合格した大学は有名大学で卒業者のほとんどが家庭科の先生になるか、
それぞれの取得資格の専門家として、ほぼ100パーセントの就職率をほこる大学だった。
「嬉しいはずよね。そう、確かに嬉しい」
合格発表は父親と見に行った。この大学の受験を強く勧めたのも父親だった。
「未来。あった。1245番。合格だ」
厳格な父親で普段は感情を表にだすことがない父親が、嬉しそうな声で笑顔を見せたことに驚いた。
父親が喜んでいる、ああ合格してよかったと安心してから、未来は自分の目で合格発表の掲示板を見たのだった。
「さぁ、未来への一歩を」
パソコンの画面をもう10分以上は見続けている。そして、今日はメール受付の最終日で、10分後が締め切だ。普段なら怪しいサイトをクリックすることなど決してない。結果的にクリック詐欺ではなかったようだが、まだわからない。このメール先にメールしたとたんにウイルス感染ということもありうる。
「私と同じ名前。MIRAI。未来の設立か」
独り言を言い、大きく体を椅子の背にもたせかけ、胸と腕をそらせる。目を閉じる。それからしばらくして未来はキーボードをたたき始めた。
「未成年 会社設立」
木津 洋一は考えていた。2浪をしたあげくに又今年も不合格だった。
「来年、また頑張れ。大学だけは出ておかなくては、男は困る。将来わしの会社に入社するとしてもな」父親は事もなく言う。又予備校に願書を出しに行くのか。
自分はばかなのだ。それも、人並みはずれて。三流私学の文学部にすら合格できない。世の中の景気が悪くなったのは学生の自分でもわかっていた。それはもう六年前、やっと入学した高校の入学式で
「ご父兄のみなさん、最近の傾向として経済的事情を反映してか、大学進学率が下がっております。
けれど、もしお子さんが進学を希望する場合、奨学金も教育ローンも他の貸付制度もあります。その時は私どもに相談してください。子供の未来をのばす方向も選択肢にいれておいてください」
学校長が、挨拶した言葉にもあらわれていたからだ。あの挨拶を聞いてから6年目、世の中はさらに2極化が進み、自分の同級生も進学よりも就職を選んだ者も多かった。
洋一の母親は洋一が中学生の頃に今の父親と再婚した。父親は頭もはげでっぷりとした男で、初婚だった。洋一に対してはどのように接すればよいのか、わからないようで、ただ洋一が望むことについては
たいていのことは与えてくれた。
偶然目にしたサイト。「株式会社 MIRAI 」を設立しようというサイト。
洋一は考えることを止めて、すぐさまメールを送信した。
「木津 洋一。浪人3年め。30万OK」
妻鹿 伸治はパソコンの前で椅子に座ったままあぐらを組んだ。
「嘘くせー。クリック詐欺か。ウイルス感染か。30万目当ての小額詐欺か」
第一、こいつ誘っているくせにハンドルネームすら、公表してないじゃないか。詐欺でなくても、いたずらは間違いないなと思った。
けれど、自分はもう最初の扉を開いてしまった。リスクはあるがその時はその時。一度開いた扉を、中をのぞいて怖気ついて閉めるというのも性に合わなかった。
「行ったれ。行ったれ。虎穴にいらずんば虎児を得ずってな」
伸治は大げさに腕をふりあげ、送信ボタンをクリックした。
「妻鹿 伸治。おいこら、嘘だったら承知しねーぞ」