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ティーヴァ  作者: 加上鈴子
1/3

前編:リオ

友人と「お題バトル」なる企画にて書きました。お題は夏。夏にちなんだサイドテーマとして挙げられた、「スイカ」「ほたる」「昔話」「線香花火」「積乱雲」「海」「風鈴」「蝉しぐれ」「熱帯夜」のうち、スイカ、ほたる、昔話、積乱雲、海、風鈴、熱帯夜を取り入れました。

 あまりにも寝苦しくて目が覚めてしまったので、リオは庭に出てみた。玄関から出ると扉の音で見つかる恐れがある。窓を開けて靴を外に放り投げて、そっと飛び降りる。

 夜露に濡れる柔らかい草が、リオの裸足を受け止める。このまま裸足で歩いてもいい気分にさせられたが、草木がいっぱいの庭から何がはいずり出て来るか分からない不安を思い出したので、気休めではあるが、サンダルに足を通した。昔、この庭でヘビに噛まれそうになったことがあるのだ。

 明け方の近い空だが、まだ薄暗い。外に出ると、意外と涼しい。家の中にまでは風が入ってこないのだ。

 チリンチリンと乾いた音がした。どこかの軒下に、風鈴が吊るしてあるらしい。チリンというよりは、カロンカロンという感じの丸い音だが。壁土の余りを焼いて作る鈴である。

 波の音もする。港町である。白い壁が、ほんのりとグレーがかって沈み込んでいる。他の家や道の様子、海も見たくなって、リオはこっそり裏口から家を出る。

 本当は夏の夜に外へ出ると危険だから、と祖母が言うので守っていたのだが、どうにも今日はやりきれない。危険の理由は、庭のヘビや虫じゃない。

 夏の夜。しかも熱帯夜には、ティーヴァが現れて心を抜いて行くのだというのだ。


 ティーヴァというお化けには心がないから、自分に合うのを探して彷徨っているのさ、と祖母が説明してくれたものだった。

 だったら大丈夫。リオは口には出さず、内心で反論したものだ。私には心なんてないから。心が心臓のことなんだとしたら、どうぞ抜いていけばいい。私は欲しくて持ってるわけじゃない。

 リオは学校でも、変な子、冷たいヤツとして敬遠されている存在である。ご両親が亡くなった可哀想な子なのよ、みんな仲良くできるわね? などと知った風に言う教師も嫌いで。でも勉強さえしていれば特に目をつけられないから、そこそこの点数を取って毎日をやり過ごしている。

 今日が両親の命日だから、というのもあっただろう。やりきれない気分で外へ飛び出した。

 やっと一年だ。長いようで短い、短いようで長い時間だった。秋のフェスティバルや冬のスケート、春は新学期なんて行事も色々あった気がするが、どれも記憶に薄い。そして新しいクラスメイトも、まだほとんど覚えていない。


 お父さん、お母さん。あなたたちの自慢だった娘の成績を落としてゴメンね。でも、いないからバレないよね。うちの娘は才色兼備、なんて、どんな馬鹿親よ。

 しかも今はすでに、文句の言いようもない。よりにもよって、嵐の海で難破だなんて、ティーヴァにさらわれたのかと思ったものだった。

 ティーヴァの住処は海。人の心は、子供から抜くとは決まっていない。でも多くは子供を寝かしつけるために使用される昔話なので、どうしても子供メインの話になる。

 両親の心は、それは綺麗かつ無邪気なものだった。と今でもリオは思っている。下りていく道の向こうに、両親の笑顔が見えた気がした。暗闇は、これだから困る。見えないものが見える気がしてしまうから。

「……?」

 しかし。

 この時ばかりは本当に、見えないはずのものが見えていた。

「こんな時期に、ほたる?」

 それとも水平線が光ったのだろうか。そう思ったが、ゆらゆら揺れる淡い光は、どう見ても海の上には浮かんでおらず、しかも近い。リオから数歩離れた辺りに……いや違う。そう思っている間にも近付いてきているようで……。

「やあ」

 立ちすくんでいるリオの目と鼻の先に、彼は現れたのだった。


「ティーヴァ……!?」

 ずっと考えていたリオからは、すんなりと名前が出た。しかも相手も臆することなく「そうだよ」と、うそぶくではないか。光は消えていた。彼はポケットから手を出して、差し出してきた。

「心を貰いに来たよ」

 などと。

 握手など、するわけがない。

 リオは悲鳴を上げようとしたが、どうにも声が出なくて、足も動かなくて困ってしまった。ティーヴァなんて怖くないもの、もう中学生になったんだもの、と思っていたはずなのに、いざとなると人間なかなか出来ないものである。

「大丈夫、怖くないから」

「でも、あなたって心を」

 するとティーヴァは、にっと満面の笑みを見せた。

「オイラは、恐怖の心が欲しいわけじゃない。楽しくて幸せな心が欲しいんだ。だって、どうせなら、そういう心を貰う方がいいじゃないか」

 立ちすくみながらも、なるほど一理あるとリオは少し冷静になれた。皆がティーヴァを怖がるから、だから自分に合わないと言って嘆いて彷徨うお化けになっちゃったのだ。

 だったら私の心をあげようじゃないか、とリオは思いついた。楽しくて幸せな気分になったところを、このティーヴァに抜き取ってもらえばいい。そしたら、お父さんお母さんのこと考えないで済む。ひょっとしたら死んで、会えるかも知れないじゃないか。心臓を抜かれるのだとしたら万々歳だ。

 だが、ただ普通に立っていたって、楽しくも幸せにもなれない。

「ねえ」

 リオは、やっと出せた声の意外な大きさに、思わず辺りを見渡した。薄暗くはあるが、まだ眠りについている町。2人しかいない大通りが、まるで違う世界にさえ見える。この世界でだったら、私は、はしゃげるかも知れない。

「心をあげるから、つきあってよ」

 リオは足を上げてサンダルを脱ぎ、裸足で石畳を大きく蹴りだした。


 まずは、とにかく走ってみた。海に向かって、まっすぐ何の障害もない通りを駆け降りる。それだけでも、かなり気持ち良い。思ったよりも気持ち良い。いきなり駆けだしたりして、ちゃんとティーヴァはついて来てるかしら……と、降り切ってから振り返ったら、ちゃんと彼は後を追ってきていた。

「どいてどいて~!!」

 相当スピードが出ている。砂浜に向かって坂になっている大通りは、石畳であることもあって結構危険である。時々階段も混じっている坂を、半ば飛ぶようにして2人とも降りたのだ。

「だあああぁぁああっ!」

 最後にはダイビングするみたいに到着した彼は、着地にて足裏をかなり打ったらしい。びたーん! と、にぎやかな音がして、あとには我慢に我慢を重ねる彼の赤い顔が続いたのだ。ぬぬぬぬぬと悶える彼の様子が、おかしくてたまらない。

「あ、あはははは、だ、大丈夫!?」

「大丈夫なもんか! ものすごく痛いぞ! せっかく追い抜いてやろうと思ったのに、リオは足が速いぞ!」

「追い抜こうなんて考えるからよ」

 やり込めて、きびすを返して堤防を越えて、海に向かう。明け方の潮水は、まだ冷たい。だが汗だくになった手には、ひんやりしていて気持ち良い。きっと身体も全部、気持ち良いだろう。いっそ入ってしまえばいい。

 と思っていたら、ティーヴァの方が先に波をかきわけて入っているではないか。いつの間にか服も脱いでいる。お化けの服も脱げる仕様らしい。

「あっ」

「ひゃっほーい!」

 今度こそ一番だと嬉しがる彼の表情を見ていたら、本当に彼には心がないのだろうか? と不思議になった。もしかしたら彼が欲しがっているのは、本当に心臓なのかも知れない。表情だとか感情云々は関係ないのだろう。

 だとすると彼の胸は鼓動していないのだろうか? と思えたが、まさか触ってみるだとかいうのは怖いし恥ずかしい。リオは、とにかく私も泳ぐか、と、いそいそ部屋着のワンピースを脱いだ。下は着け始めたばかりのブラジャーとパンティだ。さすがティーヴァは気にしてないようで、能面である。でもお化け相手だが、さすがに下着まで外す勇気はない。そういえば寝間着じゃなくて良かったわ、などと明後日なことを思う。

 彼が気にしてないおかげで、リオも気にせずはしゃげたのだから、良かったと言えば良かった。

 ふざけて波をかけあったり、砂浜を走ってみたり。石畳を走るのとは違って、砂は足を取られて重くなる。だが焼けていないサラサラの砂は、踏むとさくっと裸足を包んでくれて気持ち良い。どこまでも歩いていたくなる。

 しかし時間は有限で、空は白みだしている。

「そろそろ」

 と、リオは切り出したのだった。


「これだけ遊んで、私いっぱい笑ったわよ。楽しかった。砂の上を歩くのも気持ち良くて……お父さんと散歩した時のこと思い出して幸せだったわ。お母さんが笑ってくれてる顔を思い出して、幸せな気持ちを思い出したわ」

 2人とも服を来て、浜辺から戻ってきている。大通りを家の方向へと向かい、最初に出会った場所に立っている。

「だから、あげる。今の私の心なら、ティーヴァにも合うんじゃないかな。おかげで私も最期にいい気持ちになれたし」

 リオは胸をそらすように、彼へと差し出す。彼がどうやって心を抜きとるのか分からないのでワンピースを脱ぐべきか迷ったのだが、その前に彼は「ううん、いらない」とリオの心を拒絶してしまったのだった。

「……え?」

「リオの楽しさは伝わってきたけど、その『幸せ』は今の幸せじゃなくて、過去のものだろ。それに、俺は男だから、きっと女の子の心じゃ合わないと思うんだ。リオが『今の幸せ』を掴めたら、やっぱり抜きたくなるかも知れないけどな。また会ってみないと、何とも言えないや」

「ちょ、ちょっと待ってよ。ティーヴァが女の心だったらいらない、なんて話は聞いたことがないよ」

「昔話なんて、あやふやだからなぁ。でも、まぁ俺もあやふやな存在だし?」

 えぇ~? 何それ!? と、リオは大声で抗議したくなったが、すっかり日も高くなっている。港では、もう漁師たちが浜辺の新しい足跡を見つけて、首を傾げている頃だろう。リオの家でも、祖母が起きてくる。

「じゃあ……」

 仕方がなしに、リオは切り上げて家路に身体を向けた。だが不思議と、心を取られなかったことを残念には思っていなかった。

「また会おうよ。明日」

「これまた残念なことに、俺はいつ出没するか分からない」

 からかわれているようだと分かって腹が立ってきたが、ティーヴァなのだから仕方がない。リオは思い切り、ぶぅっと膨れて「もう、いいよ」と髪を振った。濡れた髪がひと束になって自分の頬を打ったので、ちょっと痛かったけれど。

「もう会えないなら仕方がないけど、また会うかも知れないってことで、許してあげるよ」

「許すって……お前、お化けに対して何て言いようだ」

 ティーヴァがケタケタ笑っている。

「あんたがお化けに見えないからでしょ」

 あまりにも普通の男の子にしか見えないから、ついリオも調子を狂わされてしまったのだ。加えて夏の夜の幻想が、いつものリオじゃないようにしてくれていたから。

 だが、早くも湧きだしている積乱雲を見ていたら、この調子は夜が明けても、まだ行けそうだという気がしてきた。何しろ、この気まぐれお化けに会うためには『今の幸せ』とやらを感じなければいけないらしいから。こうしてはいられない。

 なんとなく気恥かしくて、別れの握手などはしなかった。次に会えたならば、ちょっとぐらいは握ってみてもいいかな、などと思う。リオは手を振った。

「じゃあ、またね」

「ああ」

 今日も学校だ。早くシャワーを浴びて準備をしなければ、遅刻する。


 祖母には夜の徘徊が、しっかりバレていた。

 まぁシャワーを使った時点で、気づかれない方がおかしいのである。

 朝食時から派手に雷を落とされて、でも、祖母の目には涙がにじんでいたものだから、リオは何も言い訳できなくなってしまった。お前までいなくなったらと泣かれて気が付くのは、リオにとっての両親は、祖母にとっての子供だということだ。

 お父さんがお祖母ちゃんに育てられてる姿なんて想像もつかないけれど、両親の遺影を眺めて溜め息をつく祖母の後姿からは『母』を感じたものだった。リオを想ってくれていた母と同じ目が、父を見る祖母にも、備わっている。

「ごめんなさい」

 素直に謝ると祖母も拍子抜けしたのか、次から気をつけなさいね、という語調に変わり……それからは、いかに夜の徘徊が楽しかったか、という告白をさせられたのだった。

 物語の中でティーヴァに出会ったことは、むろん隠した。だってお化けだし、話すと余計に心配されるし、仮にも男の子の前でワンピースを脱いだなんて知られたら、お祖母ちゃんの心臓が止まっちゃう。

 などと想像しながらパンをかじるリオは、なぜだか口の端が緩んで大変だった。ティーヴァと遊んだ日として、命日の思い出が塗り替えられてしまった。

「じゃあ行ってくるね」

 今度は、きちんと玄関から出る。今日の髪はひとつに結んで、服も少しラフなものにした。大通りを走り降りたいからだ。というか、自分が大通りに出たら走りたくなるだろう予感があったからだ。汗だくになって帰ったら、おやつのスイカも倍おいしそうである。

 入道雲も、すっかり育っている。快晴だ。リオは、カツンと石畳を蹴りだした。


 教室の窓際に座る男の子を、ティーヴァだと決めつけていたと気付くまでには、そう何分もかからないことだろう。

2時間半で、どがががががと書いたものを推敲しましたが、まだ色々言い回しなどが変かも知れません。(7/19 タイトルを訂正しました)

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