終章
いつもは静かな店内なのだが、今日は違う。
やけに険悪なムードが店内を漂っていた。
その原因は、まぎれもなくあたしである。
シエルは頼んだコーヒーに目もくれず、Kitzに迫っていた。
「いや、だから……っ! 依頼を受けるかどうかは、任せるって言ったはずじゃ――」
「そんなこと知ったこっちゃない! 紹介したあんたにも責任がある! せめて情報料だけでも返せ! 文句があるならPKだっ! PKっ!」
「ピ……ピーケー? ……なに言って――」
「まぁまぁ、もうそこら辺にしたら……」
見かねたシャドーが、コップを拭いていた手を止め、シエルを制止する。
PK(プレイヤーキラー、オンライン上の対人戦のことを意味する)と聞いて、本当に乱闘騒ぎになったら困ると思ったのだろう。
「ふぅ。……わかったわ」
シエルは、シャドーを横目に小さく息をつくと、たばこを取り出し火を点けた。
「でも、今回だけだからね。次、今回みたいなことがあったら――」
「言われなくとも!」
口調からして、Kitzは、固く心に誓ったようだ。
事の次第が落ち着くと、途端に店内は静かになった。
シエルはたばこを吸う。
Kitzはコーヒーを手に取り、シャドーは濡れた食器を拭いている。
いつもの静かな店内だ。
「それはそうと、今日は知り合いが店に訪ねることになっているんです」
珍しく、シャドーから話題を持ちかけてきた。
「知り合いですか。珍しいですね」
Kitzが答える。
「先日、海外から帰ってきたらしいのですが、仕事の都合やらで、なかなか会えなかったんですよ」
「海外から……ね」
シエルは、誰ともなく呟いた。
「どうかしましたか?」
「いんや、なんでも……。ちょっと、嫌な事思い出しただけ」
シエルの意味深な答えに、シャドーが首を傾げる。
彼はそれ以上詮索することはせず、壁に掛けてある時計に目をやった。
「そろそろ来るころかな」
シャドーは、いそいそとコーヒーを作りはじめる。
時計の短針は二時を差していた。
シエルは気だるそうに肘をつき、なんとなく入り口のドアへと視線を向けた。
ドアベルが鳴り響く。
若い男が入ってきた。
「お、来たな」
シャドーが出迎える。
「げっ!」
シエルは思わず声を上げてしまった。ぽろりとたばこを口から落としてしまったが、うまい具合に灰皿に落ちた。
どこかで見た顔……。まさか……
「どうかしました?」
「い、いや……なんでも……」
シエルは、なんでもないといった風に手をぶんぶんと振った。
若い男は、シャドーに向かって軽く手を上げ、挨拶をする。
「おす、久しぶりだな」
彼は入り口近くのカウンターに座った。
「彼が、例のお知り合いさんですか?」
Kitzが、シャドーに言った。
「ええ、まぁそうです」
シャドーが答える。
それを見た若い男が、Kitzに話しかける。
「お、シャドーのお知り合いさんですか。はじめまして、ティレンドといいます」
kitzとシエルは、軽く会釈してそれに答える。
「とんでもないお友達だこと……」
シエルは小さく呟く。
誰にも聞こえないよう呟いたつもりだったが、シャドーはそれを聞き逃さなかったようだ。
「あ、わかります? こいつはとんでもないヤツなんですよ。色んな意味で」
「おいおい、初対面で余計なことを言うな。……ったく」
迷惑そうにしているティレンドの傍ら、シャドーは万遍の笑みを浮かべていた。
(こんなオチでいいのだろうか……)
シエルは深いため息をつき、カップの中に揺れるコーヒーを見つめた。