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怪盗シャオメイ  作者: 作 Tiilé 挿絵 水裏ねむ
5/6

対決

  1


 何分か走ったところで、街灯のある道に差し掛かった。

 街灯があるということは、街の近くまで来ているということだ。

 ティレンドは走るのを止めて、歩きはじめる。

 ――美術館の方は、どうなったのだろう……

 自分は美術館を飛び出して外に出たが、まだ館内にいるミュラーはどうしているのだろうか?

 怪盗は捕まえたのだろうか。

 ――いや、それはありえない。どちらにしても、もう手遅れだ。

 ここまでやってくる途中で、人とすれ違うことはおろか、その気配を感じたこともない。

 ティレンドは考えを巡らせながらしばらく歩いていたが、ふと立ち止まる。

 彼の視線の先――街灯の下で、傘をさした男が一人佇んでいた。

 男は、真っ直ぐにこちらを見据えている。

 その様子から察するに、どうやらただの通行人というわけではないらしい。

 二人は、お互いの姿をじっと睨みあう。

 ティレンドの視線の先にいた男――それは紛れもなく、ティレンドその人であった――


  2


「なるほど……。噂には聞いていたが……」

 先に声を発したのは、街頭の下に立っているティレンドだった。

 無言で対峙するティレンドに対して、街頭の下にいる彼は不敵な笑みを浮かべている。

「俺がここにいるのが、そんなにおかしいかな。――怪盗シャオメイさん?」

 街灯の下に立つ彼は、ティレンドに問いかける。

 問われたティレンドは、無表情で、彼の顔をじっと見つめているだけだ。

「まぁ、いい。じゃあ、ゆっくり話そうか――」

 彼は右手でポケットからたばこを取り出し、火を点ける。

「ふぅ。まったく、大したもんだ。まさか俺に変装してくるとは……いや、それは予想はしていたことだが……。まぁ、とにかく、見事なもんだ。どっからどう見ても、俺にしか見えないな」

 街灯の下に立つティレンドは、煙を吐き出すと、携帯灰皿を取り出し、たばこを押し付ける。

「それじゃあ、渡してもらおうか、その“コートの中に隠している物”を……ね。ほら、さっきから大事そうに右手で抱えてる、そのコートの中身だよ」

 彼は、もう一人のティレンドの右脇に視線を向けた。

 もう一人のティレンドは、コートの中にある物を、ぎゅっと、握りしめた。

「ふぅん……。……で、どうしてあんたがここにいるの……?」

 もう一人のティレンドから発せられた声は、女性のものであった。


  3


 数日前。

 シエルはKitzから情報を受け取ったあと、喫茶店を出てMenoと会った。

 彼女との会話の中から、警察内部で若い刑事が配属されたという情報を入手した。

 その男の名は、ティレンド。

 シエルはティレンドに変装することにした。

 それから警察署に潜りこみ、盗聴器を仕掛ける。

 盗聴器から、ティレンドが旅行に出かけるという情報を手に入れた。

 その時に、シエルはティレンドの旅行を利用することを思いついたのだ。

 手順は次の通り。

 まず、美術館に予告状を出す。

 ティレンドが美術館に来る前に、シエルは美術館のオーナー、しんくたんくに変装した。

 直接ティレンドに会うことで、彼のの口調から、しぐさ、服装、それらの特徴を掴むのが目的だ。

 ついでに、彼が捜査に出向かないよう、怪盗シャオメイの事を強調して伝えてみたが、案外、これがうまくいった。そのおかげで、手荒い真似をせずに済んだ。(ちなみに、手荒い真似というのは、想像しないことをおすすめする)

 ティレンドは事件を降りると署長に告げた。もちろん、これも盗聴して得た情報だ。

 犯行当日。

 彼が旅行に行くため電車に乗ったのを見届けてから、警察署に電話をする。すると、ミュラーと名乗る男が出た。彼に、旅行が中止になったと伝える。

 その夜、変装したシエルはティレンドとして美術館に登場した。

 予告した時刻までまだたっぷりと時間があったので、警備の人数など、現場の状況を十分に把握することができた。

 ただ、たばこを吸おうとして警備員に止められたときは焦った。ミュラーに『たばこが違う』と指摘されからだ。彼が鈍感で助かった。そのおかげでやり過ごすことができた。

 予告した二十三時が、もうすぐという時だ。

 タイミングを見計らって、「誰かに変装しているのでは?」と、ミュラーに問いかける。

 彼らを混乱させたかったので、時間ぎりぎりに話した。

 それから、地下の配電施設に駆けつけ、持っていた閃光弾を投げ、警備員を殴って気絶させる。自分が投げた閃光弾だ、着地点から背を向ければ光は回避できる。

 都合の良いことに、鉄パイプが転がっていたので、配電盤を破壊するのも容易かった。

 そして、美術館は闇に包まれる。

 暗視スコープでも所持していれば、暗闇の中でも視界を確保できたのだが、そんなものを持っていれば服のポケットが膨らみ、怪しまれる。自力で視界を確保するしかなかった。おかげで、暗闇に目が慣れるまで何度も転びそうになった。

 『太陽の絵』の元までたどり着くと、警備員を押しのけ、すぐさまレインコートの中にそれを仕舞い込む。

 仕上げに「しまった! やられた!」と、盗まれたことをアピールし、美術館から脱出する。その際、右脇に絵画を抱えていたため、左手でドアを開けることとなったのだ。

 美術館から人が出てくる気配も無ければ、自分を追いかけてくる者もいない。

 ただ一つ例外だったのは――。男が一人、待ち伏せていたことだった。


  4

 

 いつの間にか、雨が止んでいた。

 自分に変装した怪盗シャオメイが、こちらを見据えている。

「だから、どうしてあんたがここにいるの?」

 その声は女性のものだ。もう隠すつもりはないらしい。

 ティレンドは、視界に映る自分の姿を前に、思わず笑みを浮かべる。

 変装とはいえ、自分そっくりの人間がそこにいるのだ。――いや、そっくりなどではない。目の前にいるのは、自分そのものといっていい。その自分の姿から、女性の声が発せられているのだ。こんなに可笑しいことはない。

「どうして……ね。そりゃ、その絵画を受け取るために決まっている。――その絵画を盗むように依頼したのは、俺だからね」

「……?」

 ティレンドの答えに、シャオメイの表情が一瞬、強張った。しかし彼女はすぐに落ち着きを取り戻し、今度は不敵な笑みを浮かべる。

「……ふぅん。あんたが依頼主ってわけ……? だったら、何のために?」

「もちろん、君を捕まえるために決まっている。俺の仕事は刑事だからね」

 ティレンドはあっさりとした口調で答える。

「なるほどね……。私はまんまと罠にはめられたってわけ?」

 彼女はようやく状況を理解したらしい。

「まぁ、そういうことになるね」

 言いながら、ティレンドは、腕時計で時刻を確認する。

「まだ時間はあるみたいだな……。それじゃ、しばらく暇だし、順を追って説明してあげよう」

 時間とはもちろん、応援が駆けつけてくるまでの時間だ。

「あ、そう。確かにまだ時間・・があるわね。それじゃ、どうぞ」

 シャオメイは肩をすくめ、投げやりに答えた。

「ずいぶん余裕だな。――ま、いいけどさ。それじゃあ、説明しよう。まず、俺が海外から帰ってきたのは、他でもない、君を捕まえるためだ」

 ティレンドの言葉に、シャオメイが目を細めた。

「でまぁ、君がなかなか動きを見せないので、違う事件を担当することになったんだけどさ。ちなみに、その事件が解決されたのが、一ヶ月前。それは知ってるはずだ。ただ、君が知らないのは……、盗まれた宝石類が、もうとっくに発見されているということ。

 もちろん、それら宝石類は、すでに警察署内で厳重に保管されている。

 今回の件は、宝石を押収した時に思いついたものでね。これを餌に、『怪盗シャオメイ』を誘き出せないかって……そう思ったのがきっかけだ。

 まぁ、それからは大変だったよ。情報操作のため、マスコミには偽の報道を流させる。その筋の情報屋も信じるよう、真実を伝えるのは一部の人間だけにしたり……と、まぁ徹底してやったさ。敵を欺くにはまず味方からってね。

 ……で、俺達は君が動くのを待った。そしたら、案の定、君は美術館に予告状を送ってきた。

 俺は事件を捜査する振りをして、美術館に足を運び、その後、休暇が取れないかと署長に相談を持ちかけた。

 あ、そうそう。君が署長の部屋に盗聴器を仕掛けたことも、しんくたんくさんに変装していたことも、もちろん全部知ってる。ただ、現行犯じゃなきゃ捕まえれないからな。変装だけじゃ、物的証拠がない。

 ……とまぁ。これだけ細工をしたんだ。あとは君が俺に変装して美術館に来るのをただ待つのみ、というわけさ。で、やはり君は俺に変装して現れた。

 館内で君を確保することもできたが、さっきも言った通り、現行犯でなけりゃ意味がない。だから、君が犯行を犯すまで待つ必要があった。

 君が美術館を飛び出したあと、俺への連絡用に潜り込ませていた刑事から、報告を受けた。おかげで、先回りすることができたってわけさ。

 ま、そんなところかな。われながら、良い作戦だったと思うよ。多少荒削りな部分もあったけどな。

 それにしても……、あの警備の中、本当に絵画を盗んでくるとはね。あっさり捕まるっていうオチも悪く無かったんけどな……。さすがは『怪盗シャオメイ』といったところか」

 ティレンドが話し終えると、シャオメイは、コートの中に隠し持っていた絵画を無造作に投げ捨てた。

「おいおい……、なんてことするんだ。いくら餌に利用したとはいえ、それは本当にしんくたんくさんの大切な――」

「そんなの知ったこっちゃないわ」

 シャオメイは声を荒立てる。

「それに、私にもプライドってものがあるの。盗むって決めたものは必ず盗む! 今回は盗んで届けるまでが仕事っ! もう届けたんだから私の仕事はこれで終わり! つーかあんた話長いし! この絵画がどうなろうと、知ったこっちゃないわ! それが何か?」

「あぁぁ……こりゃ始末書もんだ……」

 ティレンドは雨に濡れる絵画を見て、独りごちた。

 それから、右手をコートの内側に突っ込むと、拳銃を取り出した。

「――ちょっ! 早まるな……っ!」

 銃口を向けられたシャオメイは焦った様子で両手を上げる。

「早まる……? あぁ、別に絵画を投げたからとかじゃない。――そろそろ時間なんでね。せっかく追い詰めたんだ。逃げられちゃ困る」

 遠くからサイレンの音が近づいてきている。応援の到着はもうすぐだ。

「時間稼ぎも済んだし、大人しく捕まって貰おうか。そうすれば手荒な真似をせずにすむ」

「そうね、時間稼ぎもすんだわね……」

「ん? それはどういう――」

 ティレンドが言いかけた、その時だった。

 どこからか、小さな鉄のかたまりが投げこまれ、一瞬、ティレンドはそれに視線を奪われる。

「ッ!」

 投げ込まれたそれが何なのか、すぐ理解することができた。

「閃光弾かッ!」

 だが、気づくのが遅かった。

 閃光に目を射抜かれ、ティレンドは視覚を奪われる。

 ――迂闊だった。仲間がいる可能性は十分にあったはずなのに、警戒を怠ってしまった。

 ティレンドが応援を待っているのと同時に、シャオメイもまた仲間の到着を待っていたのだろう。

 ようやく視界が戻ったところで辺りを見渡すが、もうすでにシャオメイの姿はどこにも無い。

 近づいてくるサイレンの音を背に、ティレンドは舌打ちをした。

「やってくれるな……」


  5


 急いで車に駆け込んだだめ、シートはずぶ濡れになっていた。

 助手席に座っているシエルは、運転席の女性にちらりと目をやる。

 ロングヘアーの彼女は、紫のロングワンピースに、紫のハイヒールと、こう言ってはなんだが、かなり怪しい人物である。

 シエルは先ほど変装に使ったマスクを後部座席に投げ捨て、頬を擦る。

「こらこら! そんなものここに捨てるな!」

 その様子を横目にした彼女が、言った。

 彼女こそは、喫茶店で電話をかけてきたMenoその人だ。

「あ、ごめ……。ついつい……」

 シャオメイは笑って誤魔化す。

「今回は姉さんに助けられたわ。ありがと」

「うむ。でも、今回だけだからね。わたしゃもうとっくに引退したんだから」

「わかってる。それにしても、いいタイミングだったね。さすがは怪盗こちょう、まだ腕は落ちちゃいないってか」

 あの時、閃光弾を投げ入れたのはMenoだ。

 シエルが逃走したあと、車で拾うことになっていたのだが。待ち合わせの場所に到着した彼女は、しばらく経ってもシエルが現れないないので、外に出て探すことにしたのだと語った。

 シエルとティレンドが対峙しているのを見つけると、彼女は建物の影に隠れ、タイミングを計って閃光弾を投げたのだ。

「あ、ごめん。本当はあのタイミングで投げるつもりなかったのよね……」

 Menoは、ばつが悪そうに言う。

「えっ?」

「あの時、建物の影に隠れて見てたんだけど……。突然、クモが首すじに落ちてくるもんだから、思わずびっくりして閃光弾投げちった。……あぁ、今思い出しても寒気がする……っ!」

 シエルはそれまで窓に掛けていた肘を滑らせ、窓に頭をごんとぶつけた。

「ね、姉さん……そりゃないっすよ……」

 シエルはおでこを擦りながら、苦笑まじりに言った。

 本気なのか冗談なのか……。いや、彼女のことだ、たぶん、本当の事なんだろう……。たぶん……。

 すっかり忘れていた。彼女は天然なのだ。

「それにしても、シエルはまだ予告状なんて出してるんだ」

「ん? まぁね。だってその方がスリルあるっしょ?」

「スリルて……。わたしにはそんな真似できないわ……」

 Menoはシエルの先輩であったが、彼女は予告状など出すことはなかった。それ故、怪盗こちょうの名は世間では広く知られていない。

 予告状を出すのは、スリルを求めるシエルが好きでやっていることなのだ。

「あぁ……。今回はタダ働きか、ついてないや。こうなったら……Kitzから無理やりにでも報酬をぶんどってやる」

 そう言ってシエルは、ひとり納得したように頷く。

「げふっ。Kitzも災難だ……」

 車はもうすでに街中に入っていた。ネオンの光が眩しく、人々が群れをなしてぞろぞろと歩いている。

 街は、もうすっかり夜の顔となっていた。

 シエルは大きく仰け反って、あくびをする。

「ふぁぁ~……疲れた。姉さん、このあと飲みにいかない? あ、その前にまず風呂だわ。まずはスパ銭ね!」

 二人を乗せた車は、夜の街に消えたのだった。

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