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怪盗シャオメイ  作者: 作 Tiilé 挿絵 水裏ねむ
4/6

豪雨の夜


 ――雨。

 この日は、まれにみる豪雨であった。

 ティレンドは、美術館の正門の前に立っていた。

 今宵はやけに暗い。理由は単純、街灯がないからだ。郊外に位置するこの地域には、街灯が設置されていない。

 ティレンドは、ここまで徒歩でやってきた。そのせいか、傘を差してはいたものの、足元はずぶ濡れになっている。レインコートもびっしょりだ。

 美術館の大きな時計に視線をやると、もう二十時を過ぎていた。

 いつもならば、十九時で閉館となるのだが、今日は違う。

 そうだ。あの予告状――。今日が、まさにその日なのである。

 木製の大きなドアを開けて中に入る。

 自分の存在に気付いた顔見知りの警官達が、驚いた様子で顔を見合わせた。

 ティレンドは、傘立てに傘を刺してから、

「どうも、ご苦労様です」

 と、いつものように、そのまま通路の奥へと進んで行こうとするが、

「あの、ちょっといいですか?」

 警官の内の一人が、遠慮がちに話しかけてきた。

「あの、たしか、ティレンドさんはこの件から降りて、休暇を取っていたはずじゃ……?」

「ああ、休暇ね……。俺もそのつもりだったんだけど、直前で署長に止められてね……。運が悪いよ、まったく……」

 残念だといわんばかりに、肩をすくめてみせる。

「とまぁ、そういうわけで、今日はよろしく」

「なるほど、そうだったのですか。それは失礼致しました……」

「いやいや、お気になさらず。ふぅむ、ミュラーさんには伝えていたはずなんだけど……。まぁ、急にだったから仕方ないか」

 ティレンドの代わりとなっていたミュラーに連絡をしたのは、今朝のことだ。

「それでは、これで――」

 そう告げると、ティレンドは通路の奥へと進んでいった。


 美術館のホールから右手の通路を進み、角を左に曲がって少し歩いたところに、『太陽の絵』がある。 

 その『太陽の絵』を前に、警備員が左右に二人と、通路に三人。それから、黒いスーツの男が二人――

 しんくたんくと、ティレンドの代わりでやってきた、刑事のミュラーだ。

 同じ黒のスーツでも、白いカッターシャツに青いネクタイと、清楚に着こなしているしんくたんくと、白のストライプが入っているスーツに、青色のカッターシャツ、赤と紺色の派手なネクタイを身に着けているミュラーでは、同じ黒のスーツでも対象的な印象を受ける。

 落ち着いた印象のしんくたんくと、荒っぽい印象のミュラー、といった感じだ。

 こちらに気づいたミュラーが、手を軽く上げて近づいてくる。

「どうも、今日はよろしくお願いします」

 ティレンドは軽く会釈をする。

 ミュラーが、ティレンドの肩を叩く。

「しかし、君も運が悪いな。急に連絡をよこしてくるとはね」

「ええ、あの署長にも困ったものですよ……。あれから一度断ってですね。やっとこさ休暇の約束を取りつけたと思っていたのに、「やはり君にも協力願いたい」なんて、急にいい出すもんだから……。おかげさまで、計画していた旅行が台無し。おまけにキャンセル料まで取られるとは……」

 ミュラーが、大きな笑い声をたてる。

「確かに! あの署長ならありうることだ。運が悪かったと思って、潔くあきらめるんだな」

 彼はまたティレンドの肩を叩く。

「こうなりゃ、この怒りを怪盗シャオメイとやらにぶつけてやりますよ」

「はははっ! それは頼もしい」

 ミュラーは、隣に立つしんくたんくにいう。

「彼は優秀な刑事でね。その彼がやる気になっているんです。なので安心してください。今日こそ奴を捕まえてやりますよ!」

「は、はぁ……。よろしくお願いします……」

 やはり心配なのだろう。しんくたんくは顔色が良くない。眠れなかったのだろう。

「大丈夫、必ず捕まえて見せますよ」

 ティレンドは、しんくたんくに頷いて見せた。


  2


 予告状の時刻、二十三時が近付いていた。

 これまで、気になる動きは特にない。

 ティレンドはあたりの様子に注意を払いつつ、たばこに火を点けようとする。

 だが、その手を警備員に止められた。咥えたたばこをそのまま箱に戻し、左のポケットに収める。

「おや、たばこ……かえました?」

 ミュラーが言った。

「あぁ……いや、欲しいのが売ってなかっただけですよ」

 彼は、しんくたんくを気遣ってか、何度か励ましの言葉をかけていた。

 そのしんくたんくといえば、同じところを何度も行ったり来たり、落ち着きがない。

 警備員は、出入口に二人、中央通路に二人、部屋の四隅に二人ずつ配置されており、問題の『太陽の絵』の前には、左右に二人と、――それから、ティレンドとミュラー、しんくたんくの三人。

 警備は厳重だ。これだけの人数がいれば、容易に手を出しできまい。

「そろそろですか」

 ティレンドが口を開いた、

「さて、これからどうやって絵を盗むつもりですかね、ミュラーさん」

 唐突に、質問を投げかける。

 ミュラーは、両手を広げて答えた。

「さぁて。警備は厳重だ。怪盗らしく停電でも起こして、どさくさに紛れに――、という手もあるだろうが、地下の配電盤には警備員二人を配置し、その対策も万全だ」

「なら、問題はないですね。……であれば、なおさらどうやって盗むつもりなのか? ……気になりますね」

「ははっ、どうかな。もしや、正面から堂々と盗みにくるとか?」

 ミュラーが冗談っぽく笑ってみせる。

 ティレンドはというと、何か引っかかるような、複雑な表情をしていた。

「正面から堂々とね……。それは、確かに笑える」

 しかし、その表情は真面目そのものだ。

 ティレンドは、そこであることに気が付き、はっ、と息を漏らした。

「いや……、待ってください……っ! 正面から堂々と……? 相手は、変装が得意なんでしょう? それなら、警備員になりすませば……!」

 ミュラーは眉間にしわを寄せた。

「なるほど。確かにいわれてみれば……!」

「相手は変装のプロだと聞いています。だとすると、いくら顔見知りの人間でも、別人だと気付く可能性は低いんじゃ……?」

「そ、そうか……っ!」

 予告の時間が迫っていた。もう、時間がない。

 焦りと緊張を覚えながらも、ティレンドは考えた。

 ミュラーも何か考えはじめ、しんくたんくは心配そうにずっとこちらを見つめている。

 しばらくの沈黙。

「しんくたんくさん、配電盤があるのはどこです?」

 切り出したのはティレンドだ。

「えっ? 配電盤なら、中央ホールから地下に通じている階段がありますので、そこを降りたらすぐですが……」

「なるほど、わかりました!」

 そういって、ティレンドは足早に歩き出す。

「おいおい、どこに行くんだ? もう時間が迫っているんだぞ!」

 ミュラーの声がホールに響く。

「ええ、だからです! この状況からして、やはり停電を起こすのが狙いのはず!」

「だから配電盤には警備員が――」

 ミュラーはそこまで声にして、はっとする。

「そうです! 配電盤の警備員、二人のどちらかが怪盗シャオメイある可能性が高い! あるいは、片方がシャオメイで、残る一人も共犯者である可能性もある!」

 敵がまだ“単独犯”であると決め付けるには早い。

 シャオメイなど、女性の名を名乗っているが、男である可能性もあるのだ。

 なんでも疑って掛かるのが、刑事のやり方だ。

 予告状や名前などの先入観で決め付けては、敵の思う壺だ。

「そうか! では、私も行こう!」

「待ってください!」

 ティレンドがミュラーを制止した。

「ここは俺が行きます。まだ仮定であって決まったわけじゃない。これも奴の作戦かもしれない。ですから、ミュラーさんはここをお願いします!」

「そ、そうか、なるほど、確かに! では、任せた。気を付けて!」

 ティレンドは駆け出した!

 二十三時まで、残り僅か二分となっていた――


  3


 ティレンドは走っていた。

 まだ雨で乾いていないズボンに風が当たる。――冷たくて気持ちが悪い。

 しかし、いまはそんな事を気にする余裕などない。

 通路を駆け抜けホールから地下へ、急いで階段を下る。

(時間がない、急がなければ……っ!)

 やはり、地下は警備が手薄になっていた。

 中央ホールから階段を下りて、まだ誰ともすれ違っていない。

 照明の灯りを頼りに、薄暗い地下通路を進んでゆく。

 通路を右に曲がると、警備員が二人立っていた。

 壁を走るパイプと、メーターの付いた機械が目に入る。――どうやら、ここが配電盤のようだ。

(間に合った……)

 警備員は二人とも無事であった。だが、油断はできない。この二人のどちらかが、あるいは両方が敵であるかもしれないのだ。

 すぐさま腕時計に目をやり、時刻を確認する。

(二十三時……)

 自分の推理は間違いだったのか。あるいはこれから何か起こるのか……。

 まだ彼らが動きを見せる気配はない。

(どうやら、問題ないみたいだ)

 そう思い、気を抜いた瞬間だった。

 カンカンと、乾いた金属音がしたかと思うと、次の瞬間、視界が真っ白になる。

 その強烈な光の正体は、――閃光弾だ!

「ぐ……っ!」

 鈍い打撃音がしたかと思うと、警備員が苦悶の声を漏らして、次々に倒れる。

 それから、大きな破壊音がした。――配電盤の壊れた音だ。

 ティレンドの推理は、半分、正しかった。

 しかし、変装ではなく閃光弾など、強引な手段を使ってくるとは――

 すでに地下室は闇に包まれている。配電盤が壊されたため、照明が落ちたのだ。

 これでは何も見えない。視界など無いに等しい。

 だが、ティレンドはお構いなしに駆け出した。

(道は……ここに来たときに覚えている。――早く戻らないと!)


 何度も転びそうになったが、なんとか中央ホールまで辿り着くことができた。

 配電盤がやられたおかげで、ここもすでに闇に包まれていた。

 警備員の叫ぶ声が飛びかっている。全員が同時に叫んでいるので、聞き取れることなどできない。

 ――おそらく、突然の停電でひどく混乱しているに違いない。

 ――早く絵画のところに戻らなければ!

 暗闇の中で、警備員にぶつかりながらも、通路を駆けていく。

 館の外も真っ暗だ。窓からの明かりも、今日は期待できない。

(これじゃ、絶好のチャンスじゃないか!)

 この事態にティレンドは、頬を吊り上げた。


「ミュラーさん! いますか!」

 『太陽の絵』の正面であろう場所に辿り着いた途端、ティレンドは叫んだ。

 もちろん、視界など無い。

 突然の停電で、現場は混乱していた。

「ティレンド君か! ここだ!」

 左手の方から声がした。間違いなく、ミュラーの声だ。

「絵は無事ですか!」

「わからん! こう暗くては何も見えない!」

「絵は! 絵は無事なんですか!」

 しんくたんくの叫び声がした。彼はかなり興奮しているようだ。

 ティレンドは『太陽の絵』であるだろう絵画に駆け寄る。

「すまない、確認させてくれ!」

 警備員を押し退け、絵画に触れた。

 すでに、そこに絵画は存在しなかった――

「くそっ! やられたっ! まだ遠くには行っていないはずです! 俺はこのまま外へ! ミュラーさんは変装している人間や、館内に誰か隠れていないか確認してください!」

 そう告げるやいなや、ティレンドは駆け出した。

「なんてことだ! わかった! 誰か、明かりを! 懐中電灯は――」

 ミュラーの叫ぶ声も、もうすでに聞き取ることはできない。

 急いで玄関まで戻ったティレンドは、左手でドア開け、美術館から飛び出した。

 外は、あいかわらずの豪雨だ。

 街灯もないこの暗闇の中で、特定の人物を見つけ出すのは非常に難しい。

 もちろん、外に警備員は配置されていない。ご丁寧にパトカーが駐車場に停めてあるだけだ。それすらも、いまは動く気配など全くない。

 ティレンドは降りしきる豪雨にためらうことなく、駆け出した。

 この暗さならば、誰とも会わずに逃げることは容易い。

 ――この道を進んで行けば、やがて街に辿りつく。

 ――人ごみに紛れ、身を隠せば……、もう手遅れだ!

 ティレンドは自分の直感を信じ、走り続けた。

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