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怪盗シャオメイ  作者: 作 Tiilé 挿絵 水裏ねむ
3/6

太陽の絵

  1


 ティレンドは、街外れのとある美術館にきていた。

 真紅の絨毯に、真っ白で清潔な壁紙が、まだ建設されて間もないことを物語っている。

 中央ホールには、芸術的な装飾が施されたシャンデリアが、壁には絵画がずらりと飾られている。廊下へ視線を向ければ、彫刻や壺などの美術品がガラスケース越しに置かれているのが見える。

「これが太陽の絵……か」

 ティレンドは独り呟く。彼はいま『太陽の絵』とプレートに表記された絵画の前に佇んでいる。

 草原にひまわりが咲き、丘の上には風車が、それらを輝く太陽が照りつけている。――西洋の風景だろうか、作者の名前もはじめて目にするものだ。

「ふぅむ……。これを盗んでどうするつもりなんだ……」

 手を口元に当て、鼻で息をつき、ティレンドは思考する。


 二ヶ月ほど前になるだろうか。ティレンドは海外で腕利きの刑事として勤めていたが、日本に戻ることにしたのだ。

 理由は単純明快。帰りたくなった。ただそれだけの理由だ。

 そういう単純な理由で動く男だと自覚もしている。

 海外でのキャリアが高く評価されていたティレンドは、腕利きの刑事として日本の警察署に歓迎された。

 そのためか、配属されてからすぐに、難解な事件を任された。

 宝石を専門に狙う窃盗団の、捜査だ。

 現在まで幾度となく被害にあっているというのに、未だ事件解決の目処が立たない、難解な事件。

「優秀な人材である君に、捜査の協力をぜひお願いしたい」と、署長直々に頼まれたのである。

 結果。ティレンドの助けもあり、事件は解決された。

 この事件について、ティレンド自身、気に入らない点があるとすれば、配属された部署でみみっちい揉め事がいくつかあったことだ。

 それはそうだ。配属されたばかりの若造が、エリートだかなんだか知らないが、偉そうに捜査の主導権を握られては、気に食わないと思う人間がいて当然だ。

 ティレンドの生意気な態度に、同じ部署の人間、――特に年配の刑事は腹を立てていた。掴みあいの喧嘩になったことも、一度や二度ではない。

 その一方で、同世代や後輩には慕われている面もあった。

 ようやく事件を解決したのが、一ヶ月前だ。

 その日以来、特に大きな事件もなく落ち着いてきた。

 ティレンドは、休暇を取って、久々に会う友達との旅行を計画していた。そう、日本に帰ってきたティレンドは、友人と会うのをとても楽しみにしていたのである。

 気になる事といえば、一ヶ月前の事件で消えた宝石のことだが、今はそんなことはどうでもいい。

 仕事も大切だが、プライベートも大切なのだ。

 ――尋問なら、他の人間にやらせればいい。

 元々が遊び人気質で自由人であるティレンドは、そう考える。(その考えが、仕事に対する意識が足りないと、敵を作る原因でもあるのだが)

 だが残念なことに、その日の内にティレンドは署長室に呼ばれることになる。

 美術館に予告状が届いたとの通報があったのだ。

 

 ブラインドの隙間から、幻想的な淡い光が差し込む。

 署長室は、不思議な空気で満ちており、少し息苦しくも感じさせた。

「怪盗シャオメイ……。君は聞いたことがあるか?」

 いかにも高級感漂う椅子に、ずっしりと腰を下ろした男がいった。

 その光景にどこか違和感を感じるのは、男は高級感あふれる椅子や机に圧倒されているせいだろうか。どことなく影が薄く、署長にしては威厳が感じられない。

 署長の名は、ナゾシンという。

「いや、聞いたことは無いですよ。それに、この時代に怪盗なんて。――はははっ!」

 ティレンドは冗談っぽく笑って見せる。

「それが、いるんだよ。君は知らないだろうが、もうすでにかなりの被害が出ている」

 ナゾシンは真面目に答える。――どうやら冗談ではないらしい。

「奴の特徴は必ず予告状を出すこと、それから変装の達人だということ」

「ははっ! そりゃ確かに怪盗だ。小説や映画みたいな人間がほんとにいるとは」

 ティレンドはまた冗談半分に答える。署長に対して無礼な態度を取っていることぐらい、本人も十分自覚しているのだが、止められない。

「ふむ……。それでだ。今回、君を呼んだのは、この件を君にお願いしたいからだ」

 ナゾシンは前屈みになり、威厳のあるポースをとった。

「一ヶ月前、君が解決した事件があるだろ。奴らのアジトから出てきた絵画が狙われているのだ」

「絵画……ですか?」

「ああ、怪盗が絵画を狙うのはいいとして……。何故この絵画なのか。君はどう思う?」

「どう……といわれても……。俺には理解できないですね」

 未だに見つかっていない宝石と、怪盗が狙う絵画。

 この二つは何らかの関係で繋がっているだろう。そのくらい、すぐに理解できた。

 とぼけたふりをしたのは、この件には関わりたくないからだ。

 理由は単純。

 どうしても旅行に行きたかった。

「ふむ……。冗談はよしてくれ、君にわからないはずないだろう」

 ティレンドの様子から察したのか、ナゾシンが追求してかかる。

「消えた宝石と、アジトから発見された絵画、その内の一つを怪盗がいただこうといっているのだ。関係ないわけないだろう」

「さぁ。偶然じゃないんですか?」

 ここまで追求されては、もはや言い逃れできないのだが、最後の抵抗を試みる。

「君にはこの事件を解決する義務がある。それに、怪盗シャオメイというのは、少々やっかいな相手でね。ぜひとも君に頼みたいのだ」

 ……終わった。

 ティレンドの休みはあっけなく消え失せた。署長にここまでいわれては、もはや嫌だと断ることはできない。予感はしていたが、実際そうなると愕然とせざるおえなかった。

 ティレンドは、ガックリと肩を落とす。

「了解……。やればいいんでしょ……」

「ああ、頼りにしてるよ」

 そうして、署長室を後にした。


 ティレンドが絵画を見ながら物思いにふけっていると、男性が声をかけてきた。

 落ち着いた雰囲気の男だが、その鋭い目つきの奥に野心を感じさせる。

 彼はこの美術館のオーナー、しんくたんくだ。

 ティレンドは、軽く一礼する。

「どうも、今回の事件を担当するティレンドです」

 ティレンドは、さりげなく彼を観察した。オーナーやるにはまだ年齢的に若い。よほどの実力者か、あるいは親の七光りか。――おそらくは、前者であろう。

「この絵は父の描いた絵でして……。やっと取り戻したと思えば、今度は怪盗に予告状を出されるとは……はぁ……」

 その見た目より弱々しい物言いに、ティレンドはどこか違和感を覚えた。

「失礼ですが、この絵には、その……芸術的な価値って……?」

 正直。失礼などと全く思っていないのだが。あえて歯切れ悪そうにいう。職業病というやつだ。

「は、はぁ。価値……ですか……。お恥ずかしい話しですが、当館の美術品はどれも相当の価値があるものばかり、ですが、父の作品に限っては美術的な価値が無いものでして……。いや、お恥ずかしい」

 “父の作品”という言葉から察するに、『太陽の絵』は彼の父が描いた作品だろう。

「いえ、お気になさらず……。捜査のヒントにならないかと思っただけですので……。それよりも、お父様の描いた絵を、自分の美術館で展示するなんて、すばらしい親孝行じゃないですか。尊敬しますよ」

 あえていうが、ティレンドは親孝行などどうでもいいと思っている。尊敬などといっているが、当然、嘘だ。それを平然と笑顔で答えのが、ティレンドという刑事なのだ。

「いやはや、お恥ずかしい……」

 しんくたんくは、照れ隠しにこめかみをかいた。

「私自身、この年で美術館のオーナーになるなど、夢にも思ってませんでした。実は、妻の義父が大手企業の会長をやっておられまして……。ええ、逆玉というやつですね。ある日、なんとなく私の夢を妻に語ったら、ぜひやってみないかといわれてですね……」

「なるほど、人生どこでどうなるかわからないですね。ははは」

 本人は逆玉などと簡単にいうが、そう簡単にできるものじゃない。それを踏まえての実力者なのだろう。と、ティレンドはあくまで自分の意見を変えようとはしない。

 ……ともかく。

 今回の事件に彼は関係ないだろう。

 つい癖で観察してしまったが、殺人でもないかぎり動機など知る必要もない。

 まして今回は怪盗が相手だ。相手は決まりきっているし、自分は怪盗に絵画を盗まれるのを阻止すればいいだけのこと。

 しかしながら、わかっていてもそうしてしまうのは、性格上の癖なのか、やはり職業病なのか、今ではよくわからない。ただ、彼には注意が必要だろうと、そう思っていた。

「大丈夫。この絵は我々が守ってみせますよ。任せてください」

「ええ……。しかしあの有名な怪盗シャオメイなんでしょう? 私も職業柄、そういった噂は嫌でも耳にしてしまいます。彼女に狙われたが最後、どんなに厳重な警備であろうと、最新のセキュリティであろうと、予告状の時刻になると、必ず消えてなくなるとか……。……あの、本当に大丈夫なんでしょうか」

 彼の話を聞く限り、怪盗シャオメイというのは巷でも有名な人物らしい。署長の話では得られなかった情報だ。――ともすると、本当にやっかいな相手なのかもしれない。これまでも、警察の網目を潜り抜け続けてきたに違いない。

 「大丈夫」などと軽口を叩いてしまったが、本当に大丈夫なのだろうかと、いまさら後悔の波が押し寄せる。

「大丈夫ですよ。我々を信用してください」

 真意が真逆であったためか、笑顔がひきつったのが自分でもわかる。

「では、私はこれで」

 ティレンドは、しんくたんくに軽く一礼し、美術館を後にした。

 外に出たティレンドを、暖かくて気持ち良い風が出迎える。

 大きく息を吐いてから、腕時計に視線を落とす。時計の針は、六時を過ぎていた。

 空を見上げる。もう、日が落ちかけていた。

 ぼぅっと、道行く人を眺めるていると、急に肩の力が抜けてきた。

(やっぱ……、今回は降りようかな……)

 初めからその気ではなかったので、深く考えずに引き受けたことに後悔していた。

 ポケットからたばこを取り出し、火を点けようとするが、いいタイミングで強い風が吹いたため、親指に火が触れてしまう。

「あつ……っ!」 

 余計に虚しくなった。

 吸った煙を肺から吐き出し、その煙の行方をぼんやりと見つめながら考える。

 ――帰ってもう一度署長に話してみようかな……

 ティレンドは歩き出した。

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