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我が神を求め  作者: 影絵企鵝
終章 見つけたもの
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鋪段 最後の冒険


『神の祭壇』。テンバの話によると、この村が出来る前からある洞窟とのことだ。内部には何者かが手を加えており、容易な侵入を拒んでいるらしい。そのため過去は勇者としての気概を示すために入る、試練の場所としての側面が強かったようだ。

 だが、伝えられるは三百年ほど前に、一人の勇者がその最奥地で神に出会ったと言った。その証拠とばかりに不可思議な力を使って、本来はぺんぺん草も生えない荒地だったこの場所を草原と変えたのだ。今でも山羊が飼えるのはその不思議な力が働いているからだ。テンバは過去に思いを馳せ、感慨深い表情で教えてくれた。そしてその一件以降、『勇者の洞窟』は『神の祭壇』へと名前が変えられたらしい。



 そんな一癖も二癖もある伝説を持った洞窟の前に、エディ、ヘレン、ロードの三人は立ち、静かに向かい合っていた。


「最後の冒険が洞窟か。悪くないかもね。さんざん不思議な目にあってきたこの旅の最後を飾るのに一番だよ」


 エディは旅嚢を背負い直し、山の中腹にぽっかりと口を開けた洞窟に向かって呟く。聞き漏らさなかったヘレンは、エディの方を向いて小さく微笑んだ。


「そうだね。でも、勇者しかこの洞窟には入らなかったんでしょ? 何だか緊張する」

「緊張することはない。エディもヘレンも、十分勇者の素質はあると思うが」


 二人を励ますかのようなロードの台詞を聞いて、エディもヘレンも自然と肩の荷が下りた気がした。今まで出会ってきた、数えきれないほどの人々。その思い出は、自分達をこうしてヒマラヤまで連れてきてくれた。その恩に報いるためには、やはりこの旅を絶対に成し遂げなければいけない。二人はそう決意を新たにした。


「そこの三人!」


 テンバのしわがれ声が背後から飛んできた。エディ達はその勢いに引きずられるようにして振り向く。と、そこにはにこにこと笑顔を浮かべた村人達がテンバとともに立ち、三人を見送りに来てくれていた。


「お前ら! 勇気を示すのもいいけど、ちゃんと帰ってこいよ!」

「テンバばあちゃん、生きている間に勇者を送り出せるって、誇りにしてるんだよ! こんな顔してるけど」


 しかめっ面をしているテンバを指差し、若い夫婦と思われる二人がこちらに向かってにっこりと笑った。だが、だしにされたテンバは少々不機嫌になる。


「うるさい。変なこと言わんでいいから、きちんと見送るぞ」

「はい」


 夫婦が素直に答えたところ、今度は昨日ロードに飛びついて来た女の子が飛び出してきた。


「ロードぉ。たかいたかいして!」


 いざゆかんと気持ちを高めていたエディ達はもちろん、村人達も脱力してしまった。揃って子供の無邪気さについていけずにため息をつく。ドマが右足を引きずりながら女の子に駆け寄り、その背中から抱き上げる。


「分かった分かった。俺がいくらでもたかいたかいしてやるから、あの人をもう困らせちゃダメだぞ」

「えー……」


 頬を膨らませたつまらなそうな顔を見たロードは、無意識のうちにそれを制していた。


「一回だけなら全然構わないです」

「え?」


 ドマが立ち止まったところに、ロードが駆け寄り女の子を受け取った。一瞬見つめ合うと、ロードは思い切り女の子のことを頭上高く持ち上げた。女の子は楽しそうに笑顔を弾けさせた。その様子に、ロードも微かな幸せを覚えて顔を綻ばせる。ヘレンとエディは目配せをして微笑みあった。


「元気に過ごせよ」


 女の子をそっと降ろし、ロードは膝立ちになって笑いかけた。女の子はにっこりと笑って頷く。


「うん!」


 その様子を見届けたテンバは、エディに向かって丸い玉のようなものを投げつける。エディは飛び上がってそれを受け取った。その両手の中には、毛糸のように丸められた縄があった。


「これは?」

「入ってすぐにある岩に巻きつけて持って行け。そうすれば道に迷っても、その縄を伝って帰って来られる」


 エディは顔を上げた。目の前では相変わらず村人達が笑って、こちらに向かってやさしく手を振ってくれている。この縄には村人達の希望も備わっていると知り、エディは決意を新たにした。


「はい! 絶対最深部に辿り着いて見せます!」


 エディは隣のヘレンと頷きあった。


「行こう。ヘレン」

「うん」


 エディはロードに目を合わせる。彼は無言で頷く。再び三人は並び立ち、再び洞窟へと向かい合った。


「神様。そこにいるんなら、ちゃんと姿を現してくれよ」


 エディはそう呟くと、ヘレン、そしてロードと共に洞窟へと向け駆け出した。その背中を見送りながら、ドマはため息混じりに呟く。


「やれるんですかねえ……」

「さあな。それは神のみぞ知るさ」


 テンバは背中で手を組んで、じっとエディ達が消えた洞窟の入口を見つめていた。



 テンバの言う通り、入ってすぐのところにあった大岩に縄を巻きつけた三人は、細長い一直線をひた走った。ランプの光は、その道の向こうに飲み込まれてしまう程長い。エディ達はその洞窟が持つ深遠な雰囲気に胸が弾むのを感じながら、その暗い暗い道をただただひた走った。


「結構長いね!」


 エディはランプを高くかざしながら目を凝らす。光は一向に先の壁を照らし出さない。ヘレンもエディの脇から向こうを見つめ、それから自分の手にある縄に目を落とした。かなりの勢いで小さくなっていく。


「この縄、無くならないかな……」

「心配することはないだろう? 我々には『転移』の魔法があるんだ。本当はこの縄も受け取る必要があったのかどうか……」

「あ、そっか」


 ヘレンは思わず声を上げてしまった。自分達に『引き返す』という選択肢が今までなかったから、『転移』の魔法もうっかり忘れそうになっていた。エディはヘレンの間抜けた声に思わず苦笑する。


「まあ、貰ったからにはありがたく使わせてもらおうよ。ね?」

「うん。あ、向こうが見えたよ!」

「ホントだ!」


 ヘレンが指さす通り、目の前に丸い石室が現れた。エディ達はようやく足を止める。ロードは肺の息を一度吐き出し、それからゆっくりと円形の部屋を見回す。ランプに照らしだされ、三つの扉が黙して道を塞いでいた。


「……そこそこ広いな」

「うーん。なんか書いてある?」


 エディはランプを高く掲げ、部屋の中心に据えられていた大きな岩を見つめた。平らに削られたと思しきその岩には、二、三行の文章が刻み込まれていた。エディは目を凝らし、その見たこともない文字を読む。


「えーと、何々? 『梵の言葉を知るものよ、二つの勇気と一つの真心を示せ』……? どういうこと?」


 エディが読み上げた途端、板のようになっていた岩はあっけなく倒れてしまう。誰も手を触れないのにそうなってしまったことに慌て、エディは思わず石碑に飛びついてしまった。


「あわわ……何で倒れちゃうんだよ? 起こさなきゃダメかなあ……」


 エディはヘレンとロードに手招きし、三人がかりで石碑を起こそうとした。しかし、地面にくっついてしまったかのように、全くもって動こうとする気配を見せない。その怪力で旅を牽引してきたロードが渾身の力を込めても、全く動く気配を見せなかった。


「諦めよう。これはひとりでに倒れたんだ。俺達は一切この洞窟を壊してなどいない。そうだ」


 ロードは顔を引きつらせながら、誰がいるわけでもないのに周囲を見回してしまう。いくら堂々と振舞っても、やはり根は草食動物なのだ。その時、ロードは元々石碑が据わっていた部分に何かが埋まっていることに気がつく。ロードはそっとそれを掘り出した。


「何だ? 水晶玉か?」


 それは確かにリシャールの持っていた杖にはまっていた水晶に似ていた。エディはロードからそれを受け取り、口を尖らせながら手の内で転がす。もしかすると、この水晶を取らせるためにこの石碑はわざわざひとりでに倒れたのかもしれない。それがわかってしまうと、エディは骨折り損がもったいなく感じられた。


「何だ……それじゃあ俺達は無駄に体力を使ったってことか……」

「それ、何に使うんだろ?」


 ヘレンは首を傾げながら、ロードと一緒に周囲を見回した。よくよく扉を見れば、丸い穴、正方形の穴、そして正三角の穴が空いていた。ヘレンは閃き、そのうち丸い穴を指差した。


「ねえ、あれにはめ込むんじゃないかな!」

「そうか! なるほどね」


 エディは納得して手を叩くと、水晶を手に丸い穴が空いた扉に駆け寄り、その穴に水晶をはめ込んだ。途端に鈍い音がして、扉は奥に倒れこんでしまった。仕掛けとはわかっていても、簡単にばたんばたんと倒れられるとやはり戸惑ってしまう。


「おお。開いた……ヘレン、ロード。行くよ!」

「うん!」「よし」


 三人は新たな部屋へと向かって駆け出した。



「なんと……これは……」


 ロードが驚くのも無理はなかった。そこに広がっていたのは、見渡すかぎり炎の海。火の手が回っていないのはエディ達が立っている入り口くらいだった。エディはその場にいるだけでもその勢いに緊張した。だが、この部屋を攻略しない訳にはいかない。エディ達は見つけてしまったのだ。この炎の海の向こうに、小さな台座があることを。


「勇気を示せって、こういうことだったんだね……」


 ヘレンは迫力に押されかけている自分の感情を押し止めようと深呼吸する。炎が爆ぜる音が間近に聞こえる。目の前が赤々と光っている。見ているだけでも圧倒されそうだった。エディは頭を掻く。いくら何でも、炎の中を生身で突っ込むわけには行かない。エディは水筒を取り出すと、なけなしの水を炎にかけてみた。しかし、焼け石に水とはまさにこの事、炎は揺らぎもしなかった。エディは引きつった笑みを浮かべる。


「さて……これは本気で突っ込まなきゃいけないのかな」

「待ってよ。向こうまで相当距離あるよ? そんなことしたら、向こうに着くまでの間に焼け死んじゃうよ」


 ヘレンのしかめっ面を見つめながら、エディは首を掻く。確かに、この中に飛び込めば熱いで済まないだろう。そう思った時、ふとエディは変なことに気がついた。その疑問はすぐに口をついてしまう。


「あれ。そういや、熱くないな……こんな火を前にしてたら、今汗だくでもおかしくないのに」


 エディに言われてみて、ヘレンもロードも初めてその事実に気がついた。大きな火を目の前にしているはずなのに、汗が全く浮かび上がらないのだ。高山特有の涼しさがそのままである。とある思いが頭を過ぎったエディは、恐る恐る炎の中に一歩を踏み出してみた。途端にエディは歓喜し、ヘレンが慌てるのも構わずその炎の中に身を躍らせる。


「ヘレン、ロード。この炎は幻だ! 全く熱くないんだよ! 火もつかない! ほら!」


 彼の言う通り、エディはそのまま平然と台座の方へと歩いて行ってしまった。ヘレンとロードは顔を見合わせると、そのままエディの後をそろそろと追いかける。確かに炎は自分が踏み込んだからといって何の変化もなく、無頓着にただただ燃え続けていた。熱くもなんともない地面を踏みしめながら、ヘレンは心得顔で何度も頷いた。


「なるほどね。この幻に踏み込む勇気を見せるのが、第一の試練ってことなんだ……」

「よし! 四角い石だ!」


 エディは炎の真ん中で立ち尽くしているヘレン達の元へ一足飛びで駆け戻ってきた。その手には、しっかりと四角く削られた瑠璃の石が握られていた。ヘレンは笑顔でエディと手を合わせる。ロードも無事に第一の部屋を攻略できて安堵した様子だ。


「手に入れたのなら話は早い。さっさと次へ行くとしよう」

「ああ。そうしようか」


 エディは軽い足取りで二人を先導し、炎の海を後にした。我関せずとばかり、炎はただただ黙って燃え盛っていた。



 四角の穴に瑠璃をはめると、同じように扉は前に倒れこんだ。エディ達はその扉を乗り越え、次の部屋へと足を踏み入れる。途端に耳をついたのは、凄まじい轟音だった。その音に引きずられるようにして部屋の中へと飛び込んでみると、恐ろしい速さで流れていく水流が、部屋の奥に流れていた。その他には何も無い。


「火の次は水か……今度も幻?」


 エディは水の近くまで歩いて行きながら首を傾げた。だが、近づいてみてすぐに本物だと分かった。水しぶきですぐに外套が濡れていくのだ。エディは目を丸くしながら一歩退く。


「うわっ。本物だ」

「という事は、今度示さなきゃいけない勇気って、この流れに飛び込むってこと?」


 ヘレンがエディの呟きに合いの手を入れる。四角い形をしたこの小さな部屋、目の前にある流れはきっとほんの一部だろう。流れがどれほど長いのか、そして自分達をどこに連れていこうとしているのかは全くわからなかった。そう思うと、エディもヘレンも若干気が引けてきてしまった。二人とも、お世辞にも水練に自信があるとは言えなかったからだ。泳げないこともない。二人の実力はその程度のものだった。


「どうしよう。こうなるのが分かってたら、ちょっとは泳ぐ練習してたのに」


 エディも冷や汗を垂らしながら頷いた。勇者というからには、かなりの体力の持ち主がこの洞窟に挑んだだろう。その体力を以てすればこそ、この水流を無事にくぐり抜けられるかもしれない。だが、ただの少年少女である自分達が、そんな勇者たちと同じようにこの水流をくぐり抜けられるとは思えなかった。


「だけど、絶対にこの水流に飛び込まないといけないんだと思う。どうしようか……」

「そんなに迷うな。私が行くから」


 エディとヘレンは咄嗟に振り返る。そこには、服装を整えているロードが意気込んだ目をして立っていた。エディは何度も激流に目をやりながら尋ねる。


「ロード。本当に行くのか?」

「ああ。私がリシャールに頂いたのは水の力なのだろう? それなら、少しは水に強くなっていてもおかしくはないはずだ。全ての食べ物を受け付けなくなっても、水だけは飲めるしな」


 ロードは迷わず激流に飛び込もうと、岸に向かって歩き出した。しかし、それをヘレンは止めにかかる。


「待ってよ。ロードだけを危ない目になんか遭わせられないよ。行くなら私達も行かないと。ね、エディ」

「あ、ああ」


 ヘレンの言葉に対してエディも曖昧に頷いたのだが、ロードは頑として受け入れない。


「ヘレン。一緒に危険を分かち合うことだけが他を思いやることじゃない。ここは私を信じて、任せてくれないか」


 ロードの真っ直ぐな瞳を見ては、ヘレンも引き下がらざるを得なかった。水流から一歩離れると、ヘレンは靴の先を見つめたまま小さな声で呟く。


「分かった。でも、ちゃんと無事に帰ってこなかったら、神様に会って代わりに怒ってもらうから」

「心配するな。霊魂になってでも帰ってくる」


 ロードのしたり顔を見て、エディは小さく頷いた。


「頼んだよ。ロード」

「任せてくれ」


 ロードは水の中に身を躍らせると、そのまま水の流れの中に消えてしまった。


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