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我が神を求め  作者: 影絵企鵝
十四章 我が神を求め
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結段 神の守り人

Eventful Item

 薬草図鑑


 月が弓のように細った夜。空では、雲が徐々に立ち込めてきて、月は時折その中に隠れてしまう。地面を這う流れの音は、虫の鳴き声にすら掻き消されてしまう。ランプを消したエディ達は茂みから顔を覗かせ、彼らの信ずる神が閉じこもる洞穴の扉を見つめていた。その入り口を取り囲むように、人々は相変わらず祈りを捧げていた。


「どうするの? このままのこのこ出ていっても、結局やられるだけだよ」

「考えてるさ。一応」


 エディは頭を掻き上げると、ロードの真っ直ぐな目を見上げる。


「ロード。囮を頼めるかい?」


 ロードは人々をじっと見つめる。耳をひくひくと振るわせ、足で地面を引っ掻きながら鼻を鳴らした。


「ああ。戦いらしい任務だ」

「よし。……ただ、君だけだと怖がるかもしれない。なかなか来ないようなら、あの扉を蹴って挑発してよ。俺達であの子に接触してみるから」

「ああ。任せているんだ。……行くぞ」


 そう言い残し、ロードはいきなり嘶きを上げて祈りを捧げている村人達のもとに突っ込んだ。


「あ、あ、悪魔の馬だぁ!」


 嘶きを聞き、怯える余りにひっくり返った男を跨ぎ越し、ロードは躊躇わずに駆ける。

 エディ達のために細心の注意が払われた前回の突撃と違い、今回は一切手加減無しだった。二千ポンド(九百キログラム)を越える体重の持ち主の突撃に、浮き足立たない人間はいない。村人は再び逃げ惑い、悲鳴を上げた。そうしてロードはがら空きになった洞穴の前に走り込む。洞穴を守っているのは、最早粗末な扉だけだった。そこに背を向け、ロードは高らかに嘶き周囲を見回す。


「なんだ。来ないのか」


 ペルシュロンの外見は温厚で、怒ったところで大して恐ろしい事はない。だが、怯えきった人々にとっては、その一挙手一投足全てが恐怖だった。鼻を鳴らそうが、もう一度嘶こうが身を寄せあって震えるばかりで、ついにロードは業を煮やしようだ。


「どうした! 来ないならこうだ!」


 ロードは上体を持ち上げ、大きく嘶いた。その反動で後足を振り上げると、洞穴を塞ぐ扉を蹴りつけ、それどころか派手に壊してしまった。茂みで二人が『やりすぎだ』と呟いたのにも気付かない。だが、挑発としてはこれくらいがちょうど良かったようだ。


「悪魔……悪魔めぇ!」


 一人の義憤心強い男が、弾かれたように立ち上がり、落ちていた木の枝を拾うとこちらに飛びかかった。ロードが再び上体を起こして威嚇すると、男は勢いに負けて倒れてしまった。だが、その勇気に感化された人々は次々に立ち上がる。


「守る。サラスヴァティ様を守る!」

「死ねえ! 悪魔の遣いがぁ!」


 人々は口々にロードに罵声を浴びせ、必死な形相で突っ込んできた。言葉はわからずとも、馬には人の気持ちを機敏に感じ取る力がある。鼻を鳴らすと、ロードは嘶きながら村に向かって突進した。


「それでいいんだ! 信じるもののために戦え!」

「村に行ったぞ! 村を守れ!」


 村人達は、余裕綽々で走っているロードの後を懸命に追いかけていった。後には誰も残らない。エディ達はそっと茂みから体を抜き出し、壊された扉の方へと向かう。


「守るんなら、まずあの子の体調を守ってあげなよ」


 ロードが逃げた方角を見つめながら、エディは皮肉たっぷりに呟いた。ヘレンはそんなエディの肩を掴み、洞穴の方に無理やり向かせる。彼女の目は、一心不乱に洞穴を見つめていた。


「無駄に使える時間なんて無いよ。今すぐ行かなきゃ」

「ああ。分かってるよ」


 エディはロードが稼いでくれる時間にめどを付けると、洞穴に向かって地面を強く蹴った。扉の残骸を足で跳ね除け、二人はとにかく真っ直ぐで、そして赤い光の灯った洞穴の中をひた走る。その視線の向こうには、二つの燭台を前にしてうずくまる一人の少女の姿があった。


「サラスヴァティ!」


 エディが叫ぶと、少女は一瞬肩を震わせたように見えた。しかし、ひどく緩慢な動作で再びうずくまってしまう。深刻さを肌で感じたヘレンは、素早く彼女のもとに駆け寄り、彼女を抱き起こした。素早く額に手を当てると、思わず目を見開くほど熱かった。


「熱がひどすぎる! 早く手当てしないと――」


 しかし、サラスヴァティは渾身の力でヘレンの事を振りほどいてしまった。ヘレンは横ざまに倒れ、サラスヴァティは何とかその場に立ち上がる。が、ふらついたせいで燭台を一つ倒してしまう。息も絶え絶えに、彼女はエディ達に向かって語気を荒らげた。


「近寄るな……醜い悪魔め。さっさとその面の皮を剥いで、正体を見せろ!」


 そう叫ぶサラスヴァティからは、痛いほどに寂しさと苦しさが発せられていた。ヘレンは首を振ると、眉根にしわ寄せ、熱さに喘ぐ苦悶の表情を見つめる。


「私達は悪魔なんかじゃない。ただの人よ。あなたがとっても苦しそうだったから、放っておけなかったの」

「誘惑するつもりか? そうはいかない。私はこの村を守るために生まれた、サラスヴァティの子だ。そんな下手な言葉に騙されたりしない!」


 サラスヴァティの鋭い視線が自分にぶつかった時、エディはいきなり微笑んだ。威嚇をいとも簡単にいなされた彼女は、肩透かしを食らった気分になって戸惑う。


「な、何故笑う!」

「ん? いや……誰かのために必死になれるなんて、すごいなあ、って思って」


 本心だった。命の危機に瀕しながら、誰かのためにここまで強い使命感を持って祈りを捧げられる人物が、この世に何人いるだろうか。エディは素直に感心し、素直に褒めた。その素直さが、サラスヴァティの緊張で凝り固まった心をほんの少し和らげる。


「き、貴様にそんな事を言われる筋合いなど無い! 悪魔め、私を油断させる気だろうが、そう上手くいくわけが無いだろう!」


 サラスヴァティは意固地になって叫び、二人になるべく近づかないよう壁にへばりついている。ヘレンは自分の胸に手を当て、視線で彼女に自分達の清廉さを訴える。


「油断させる気なんて無い。……私達は、ただ単にあなたを助けたいだけなの! あなたが無理して死んじゃったら、村のみんなは悲しむよ! それでいいだなんて思ってないでしょ?」


 サラスヴァティは震えた。彼女の身がほとんど限界を超えてしまっていることは、彼女自身がよく知っていた。村の人々は彼女が神にも近しい存在で、病気で死ぬことなど有り得ないと考えているようだが、現在、サラスヴァティはまさに『死にそう』な程に苦しかった。その苦しみを見透かされ、さらにヘレンの言葉を嘘と思うことは出来ない。サラスヴァティが作った心の壁は、二人の諸手によってぼろぼろと崩されていく。だが、サラスヴァティは受け入れられずに足掻いた。


「いいだなんて……思っているわけ無いだろう。それに、私は死なん。病などで死ぬものか。私は主から直接魂を――」

「そんな理屈、旅人の俺達には関係ないよ。はっきり言ってね、俺には君がそんなに特別な存在には見えないんだ。確かにサラスヴァティの神様から、直接魂を貰っているのかもしれない。でもね、俺達にはひどい風邪で苦しむ女の子にしか見えないんだよ。死さえも乗り越えるような力を持っているようには、とても見えないんだ」


 サラスヴァティは息を呑んだ。怒りが沸々と湧いてきて、心を煮えたぎらせようとするが、どこかでその熱を冷ましてしまう何かがあって、どうしても心を恥辱の苦しみに焦がすことができない。今まさに死んでしまいそうな苦しみに襲われているからか、彼の言葉が自分を思いやってくれる温かみに包まれているからか。それとも。その先を自分で打ち消し、サラスヴァティは微かな声で呟く。


「黙れ。黙れ黙れ。私を言葉で辱めるか。この――」

「好きなだけ悪魔と蔑めばいいよ。それで君が元気になれるんなら、喜んで俺達は馬鹿にされるよ。でも、そうじゃないんでしょ? ……君には治療が必要なんだ。そして、俺達は君を助けたいんだ。自分よりも年下の女の子が誰かのために死のうとするなんて、だめだよ。あっちゃいけない」


 エディの押し殺した中にも、確かな意志が込められた口調に押され、サラスヴァティからがっくりと力が抜けた。うなだれ、彼女はぼんやりと呟く。


「だめだ。私は村の人達に支えられ続けてきたんだ。ここで支えないでどうする。神の子なのだぞ? 私は……」

「……今ここで、命を犠牲にしても雨乞いを成功させたとするよ。それで一番後悔するのは村の人達だよ。その後、何度こんな危機が訪れるかわからない。君がその時死んでいたら、彼らは頼るものもなしにその危機を迎えることになるんだよ? 一度雨乞いを失敗して、どうにかなるの? 雲は出てきてるんだ。その雲が雨を降らしてくれるって信じて、命を削る雨乞いはもう止めたほうがいいよ。今を生きて、これからも村の人達の希望になった方が、君だっていいでしょ?」

「それは……それは……」


 サラスヴァティは顔を上げられなかった。うわ言のように呟いたまま、彼女は限界を迎えた。平衡を失ったかと思うと、そのまま彼女はエディ達の方に倒れこんできた。思わず最悪の結果を想像したエディ達だったが、幸いにして無事、彼女は苦悶の表情で寝息を立てていた。エディとヘレンは顔を見合わせ、無言で頷く。エディはサラスヴァティのことをゆっくり横抱きにし、ヘレンと一緒に素早く洞穴の外に飛び出した。


「遅かったな。……すまん。任務は失敗だ」


 洞穴に出ると同時に、二人は絶望を味わった。入り口の前にロードは立ち尽くし、洞穴の周りに勢揃いした人々の表情をじっと窺っていた。村人はそれぞれ、(くわ)(すき)など銘々の武器を持って、杖をついた長老と共に二人と一頭、そして神の子を取り囲んでいた。エディは唇を噛むと、顔をしかめながら訴える。


「皆さん、目を覚まして下さい。この子は既に倒れこんでしまうほどに具合が悪いんです。それでもまだ、やれ雨を降らせろ、やれこの村を助けろと言うんですか?」

「何を言う! 貴様達がサラスヴァティ様を襲ったんだろう! 騙されんぞ!」


 長老は杖を振り上げて叫ぶ。ヘレンは髪を振り乱して首を振り、声を張り上げた。


「違います! 私達は、ただこの子を助けたいんです! この子を看病して下さい! でないと、本当に死んじゃいます!」

「何を言うんだ! サラスヴァティ様が死ぬものか!」

「そうだ! お前らなんかに騙されるか!」


 男達が鋤を振り上げ、ヘレンの悲痛な叫びを打ち消そうとする。彼女は目に浮かんできた涙を拭き、さらに声を振り絞る。


「私達はこの子を取って食おうとか、そんなつもりなんかありません! 信じて下さい! ……信じてよ!」

「ふざけるな! さっさとサラスヴァティ様を離せ!」

「そうだ! サラスヴァティ様を取り返したら、貴様らを生贄にしてやる! 悪魔を葬った褒美を貰うんだ!」


 エディは目を見開いた。心の奥底から、何やら熱いものが湧き出してくる。エディはサラスヴァティのことをしっかり抱き、虎の眼差しを蘇らせ押し殺したような声を上げた。


「ふざけるなよ。自分達が助かりたいばっかりで、この女の子を助けようという気持ちは微塵もないのか」

「黙れ! サラスヴァティ様は我々をお救い下さる存在なのよ! ただの人間のように、風邪などで死ぬもんか!」


 女が石を振り上げて叫ぶと、エディはさらに歯を剥き出した。


「いい加減にしろよ。この子がこうして倒れているのは事実なんだ。お前ら、このままじゃ手遅れになるぞ」

「どうせお前らがそうしたんだろう! お前らが呪ったんだろう! お前らがサラスヴァティ様を――」

「都合よく逃げるな!」


 エディの吼えるような叫びは、人々の心を萎縮させ、彼らの意気を潰した。ぎらぎらした視線で、エディは人々の怯えた表情を見渡した。


「いい加減にしろよ。お前たちがこの女の子を、人の子どもとして見ていたら、この女の子がここまでひどくなることなんか無かったんだ! お前たちが今までどれほど苦しんできたのかは知らない。でも、この子に助けられることばっかり考えて、救われようとするな。この子一人にお前たちの不幸を押し付けるな!」


 エディの怒りに溢れた表情に、村の人々は身を震わせた。しかし、彼らはエディ達との間合いを詰めることをやめなかった。


「黙れ……返せよ。俺達の神様を……」

「お前らこそ、俺達をどうしたいんだよぉ……」


 ついに人々はすすり泣きを始めてしまった。動くこともままならなくなり、女などはその場に崩れ落ちてしまった。そんな様子に哀れみを感じないでいられず、ヘレンまでもついに泣き出してしまった。涙を必死に拭きながら、ヘレンも必死に訴える。


「何もしないよぉ……この子を助けて欲しいって、それだけなのに……」

「人殺し。人殺しだ。お前たちは……」

「我々は幸福を求めてはいけないのか? 救いを求めてはいけないのか……?」


 ここに来て、さすがのエディも村人の苦しみを無視するわけにいかなかった。涙をこらえながら、エディが何とか口を開こうとしたその時だった。


「いやぁ!」


 空が激しく瞬き、耳を塞いだヘレンの悲鳴を打ち消すように轟音が森一帯に響き渡る。反射的に空を見上げたエディの頬に、冷たい雫が降ってきた。その瞬間、再び雷鳴が轟き、村人達はどよめく。降りだした雨は一気に勢いを強め、地面に当たって爆ぜた音をたてる程になる。そして、エディ達を容赦なくずぶ濡れにしていく。


「雨だ……」


 対立を忘れ、エディ達も、人々も、呆気に取られて滝のように降り注いでくる雨を感じ、空を見上げていた。だが、やがてエディ達は本来の目的を思い出す。


「あ! 早くサラスヴァティを! 長老さん!」

「……ああ。わかった」


 長老が手を上げると、村人達はおずおずと道を空ける。礼もそこそこにその間を抜けたエディ達は、長老の家まで必死に急いだ。エディ達の対立に天が怒ったかのように、雨足はさらに強さを増していくばかりだった。



 二日経った。サラスヴァティの家の中で、エディ達はむしろの上に寝せられたサラスヴァティの表情を窺い、水に濡らした布を額に乗せる。相変わらず彼女は目覚めない。最早エディ達が存在しないかのように振る舞う村人達も相変わらずなせいでとにかく居心地が悪かったが、彼女が一瞬でも目覚めるまでは、ここにいようと二人で決めていた。今も、眠っていても食べさせられるお粥を、女性が何一つ言葉を発しないままにサラスヴァティに食べさせ、そのまま去っていってしまった。エディ達はため息をつく。


「目的は果たせたけど、失ったものは大きいかな」

「仕方ないよ。分かったもの。この子が彼らの希望そのものなんだってこと。何を言っても無駄に決まってるよ。希望を無くしたら、私やエディみたいに自分が自分でなくなってしまうんだから。自分だったら、そんなの嫌だもの」

「まあ、ね……」


 エディ達が溜め息をついたと同時に、いきなりサラスヴァティが顔をしかめた。はっとなっているうちに、彼女は目を開き、むくりと起き上がる。しばし焦点の合わない目付きで周囲を見回していたサラスヴァティだが、エディとヘレンに気が付きはっとなった。


「あ! ……ええと……」


 口元に手を持って行き、恥ずかしそうな目でこちらを窺うサラスヴァティに、エディはそっと微笑んだ。


「俺はエディ。隣の子はヘレンだよ」

「あ、あの。助けてくれて……ありがとうございました」


 エディはそばに置いてあった旅嚢の中を探りながら、適当に返事をする。


「ううん。気にすることないって。俺達が俺達のしたいようにしただけだから……うん。これだ」


 エディは中から一冊の本を取り出した。ヤフヤーからもらった薬草図鑑だった。一瞬向かい合ったエディだったが、すぐにそれをサラスヴァティに突き出す。


「これは君にとって必要なものだと思うから、あげる。中には薬草の知識がいっぱい詰まってる。文字が読める人を探して、みんなで読むといいよ。そしたら、風邪を引いてもすぐに対処できると思うよ」

「え、あ。あの……」


 目覚めたばかりで、とにかく戸惑い通しのサラスヴァティに、ヘレンは優しく笑いかけた。


「お礼なんかいいよ。私達はこれからも何とかやっていくから。ちゃんと健康を保って、村の人達を支えてあげてね?」

「……ありがとうございます」


 二人は頷き合うと、旅嚢を背負って立ち上がる。ぼんやりとその姿を追っていたサラスヴァティは、やはり戸惑ったようだ。


「え。もう行ってしまわれるのですか? ……ゆっくりして行かれればいいのに」

「だめだよ。相当ここの人たちに嫌われたみたいだからね……」


 首筋を掻きつつ苦笑いしたエディを見て、サラスヴァティは言葉に詰まってしまった。サラスヴァティの意志も相当曲げていたから、快くは思われていまいとエディは思っていた。だから、彼女の言い淀みを無言の肯定だと受け取り、ゆっくりと出口の方まで歩き出した。しかし、そんな二人をサラスヴァティは引き留める。


「待って下さい。行くなら……これを持って行って下さい。ほんのお礼です」


 サラスヴァティは首から下げていた首飾りを外し、エディに何とか手渡した。枯れ草を編んだだけの簡素な紐に、円形に広がった翼を持つ、見たこともない鳥の木彫りが結ばれていた。


「それは、私の主が乗るという、クジャクという生き物です。……本当に会ったことはありませんが。とにかく、それを持っていて下さい。私の主が、自分の信じるものに忠実な、心の強いあなた達に味方してくれるでしょう」


 エディ達が瞬きしながら奇妙な鳥の姿を眺めていると、サラスヴァティはそっと微笑んだ。化粧をしていない彼女の笑顔は、自然でとても愛らしいものだった。


「あの時、あなたの誠実さが胸に染み込みました。……村の人達だってそうなんです。でも、今さら仲良くしづらいと思ってるんだと思います。殴ったり、蹴ったり……本当にすみませんでした」


 エディはクジャクの翼を撫でる。炎のようにも見えるクジャクの翼は、エディ達にとっても希望の象徴に見えた。やがてそれを握りしめると、エディは小さく微笑みながら首を振った。


「気にすることじゃないよ。神様がここの人達の希望を支えてるんだ。それを否定した俺達は……やっぱり悪魔なのかもね。ありがとう。……君も頑張ってね」

「はい。ありがとうございます」


 サラスヴァティは恩人に向かって頭を下げた。しかし、頭を上げる頃には扉を開け放ち、旅人二人は既に行ってしまっていた。彼らが残した図鑑を抱いて、サラスヴァティは開け放たれた空間を見つめていた。



 この後、サラスヴァティはエディ達の残した本を頼りに、自身の体をなるべくいたわるようにした。まさに無病息災となった彼女は、堂々と村の難事に立ち向かい続けたという。


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