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我が神を求め  作者: 影絵企鵝
十四章 我が神を求め
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起段 エディとヘレン

「お手紙、ありがとうございました。これを励みに、また行商へ出ます。あなた達も、どうぞご無事で。これはほんのお礼です」


 ラホールの街。次の行商へと向けて羽を伸ばしていた行商人、ヤフヤーはロードに跨るエディ達に向かって頭を下げ、彼に一冊の本を手渡した。簡単にめくってみると、そこには近くでよく見る薬用植物の名前、そして効能が書いてあった。幸い大病も小病もなく旅を続けてこられたが、万が一を考えれば、あると得だ。旅嚢に本を滑りこませ、エディも満面の笑みを返す。


「ありがとうございます! ヤフヤーさんも頑張ってくださいね。僕達も気長に旅をします」

「ええ。さようなら」


 ヤフヤーは会釈を返し、エディ達に向かって小さく手を振った。エディもヘレンも笑顔で振り返す。


「さようなら!」


 ヤフヤーが手を振る姿に背を向けて、エディはロードを歩かせ始めた。もう一度振り向き、じっとこちらを見送ってくれているヤフヤーに向かって二人は再度手を振った。


 一段落すると、エディは視線を前に戻し、ロードをゆっくりと東進させる。そんな中で、ヘレンはちらちらと街中の様子を気にし始めた。エディはヘレンの不思議な様子に気がつき首を傾げる。


「ヘレン、どうしたの?」


 ヘレンは妙に興奮した様子で、エディの腰を抱く腕に力がかかり、息も弾んでいる。口からくぐもった笑い声が漏れ、普段の明朗快活な少女の姿とはかけ離れ、どこかに妖しささえ感じさせた。上ずった声を上げながら、ヘレンは指を突き出す。


「ねえ、あの女の子を見て」


 指差された方角を見ると、そこには鮮やかな桃色の(サリー)で身を覆った少女が父親と思しき人物とどこかへ歩いて行く姿があった。エディは、ははぁんと納得した。


「なるほどね。もうその服を着る必要もないってことなんだ」

「そういうこと。やったぁ! ねえ、この街に出たら早速着替えてもいい? ねえ?」


 抑圧され続けてきた彼女の気持ちは、既に抑え切れない程に膨れ上がってきたようだ。エディの肩をゆすり、底抜けに明るい声で尋ねる。面食らいながら、エディは二、三度頷いた。


「うん。じゃあ……手頃な場所を探さないとね」

「お願い!」


 エディはロードの手綱を取り、少し足を早めさせた。



「ねえエディ、ここら辺まで来たら誰も来ないよね?」


 深緑の葉が光を鮮やかに照り返す。そんな森の中、黒装束のヘレンは旅嚢の中をあさり、着替えを取り出しながらエディに尋ねた。今いる開けた場所の中を、歩哨のように歩き回りながら、エディは軽く頷く。


「大丈夫。誰もいないよ」

「そっか」


 ヘレンは適当に返事をすると、いきなり身にまとっている黒装束を脱ぎ捨て下着姿になってしまった。旅を始めた最初も最初の頃は、ヘレンも恥じらって着替えの際に身を茂みに隠していたものの、気を許すようになってからはそんな事もなくなっていた。エディの方もヘレンを妹のような存在と捉えており、大して気に留めていなかった。大きく背伸びをしてから、ヘレンは鼻歌交じりに着替えのシャツを振り、しわを伸ばし始める。広場の真ん中に腰を下ろしたエディは、ヘレンの元気そうな様子に目を細める。


 はずであったのだが、エディはまんじりとせずヘレンから目を背け、それでも気になって仕方が無いという調子でちらりちらりとヘレンの方を見ようとする。ヘレンは不自然なエディの様子に気がついたのか、シャツを片手にぶら下げたままエディの側に近づいた。ちょうどエディはヘレンを見ようとした瞬間で、彼女がとても近くにいることにひどく驚いてしまった。


「うわっ! びっくりしたなあ」


 エディがあんまり大声を上げるもので、ヘレンまでも驚いてしまい大きく一歩退いた。息を弾ませて、二人は互いに見つめ合う。


「びっくりしたのはこっち。そんなに大きな声出さなくても……化け物じゃあるまいし」

「あ、うん……そうだね……」


 エディははっきりとしない口調で、結局目を逸らしてしまった。昔は何でもなかったはずなのだが、今になってみると、そんな自分がわからなかった。長らく目に触れていなかったせいか、ヘレンの容姿はなお一層輝いてエディには見えた。乗馬で鍛えられているからか、ヘレンの脚は無駄なく引き締まっている。エディの腰を抱きしめているヘレンの腕も然りだ。下着姿のお陰で、その二の腕も太ももも、白くてきめの細かい肌がむき出しだ。久方ぶりに見る、毛先にわずかな癖のある栗色の髪も、周りの木の深みある肌の色に映えている。それだけでも彼女の魅力にエディはどぎまぎしてしまったというのに、彼女のまとう下着は薄い。そのせいで、『女性』に近づいていくヘレンの腰元や胸元の線がはっきりしていた。思わずエディは完成されつつあるヘレンの胸や腰に目を走らせてしまい、そして品のない自分に赤面してしまった。


「ふうん……」


 ヘレンは口をすぼませ、自分から目を逸らしているエディの真っ赤な横顔を見つめた。それから、自分の体つきに目を落とす。大分大人になって、どうやらエディに妙な緊張感を抱かせてしまうようになったらしい。その事に思い至ったヘレンだが、今さら自分のことを異性として意識されていようがいまいが、エディに対して肉親以上に一線を引いた振る舞いをするつもりはなかった。別に下着姿を父に見られても、ヘレンは恥ずかしいとは思わなかったし、エディに見られても同じことだった。特にエディの視線を気にすることもなく、さっさとシャツを頭から被り、幅のあるズボンを履いてしまう。すっかり昔通りの姿になったヘレンは、エディの肩をそっと叩く。


「終わったよ、エディ」

「あ、ああ。うん。分かった」


 エディは振り返って立ち上がる。彼女の魅力もある程度伏せられ、正面から見られるようになった。そこで気がついたのは、やはりヘレンに瑠璃の髪飾りが似合っているということだった。つやのある前髪を押さえている平べったい輪状の髪飾りは、一切自分の存在を主張せず、ヘレンの清楚な美貌を引き立てていた。


「似合ってるね。その髪飾り」

「ほんとに? ありがとう」


 ヘレンがにっこりと笑うと、その愛らしさにエディは思い切り身を震わせてしまった。肩をすくめながら、エディはさっさとロードの背中に跨る。彼の何の気もないような振る舞いに、くすくす笑いを何とか抑え込みながらヘレンは彼の動きに倣った。ヘレンの感触を背中に確かめたエディは、ため息混じりに尋ねる。


「さあ、行こうか」

「うん」


 茂みを出て、ロードは森を割る道を走る。あまり森の奥には踏み込まない方が賢明なのだが、今いる場所は目的地へと行くには避けて通れない森だった。そこで、エディ達はなるべく野宿の回数を減らすため、ロードに急がせることにしたのだった。



 そうこうして一時間程経った頃、エディ達は開けた世界を見つけた。その正体を掴もうと、エディは目を細める。


「何だろう? 村かな?」

「むら?」


 彼らの目の前に広がっていたのは、かなり開かれた広場だった。丁寧に道も整えられ、小さな小屋がいくつも見える。間違いなく人が住んでいる雰囲気だ。ヘレンもエディの肩越しに遠くの景色を窺っていたが、すぐにやめてエディの肩を叩く。


「こんなところで見ていたってしょうがないよ。とりあえず行ってみない?」

「ああ。そうだね」


 エディは適当に相槌を打つと、ロードの手綱を再び取って歩かせる。近付く毎に、村の様子が明らかになってきた。小さな畑が道に囲われ、何か作物を育てていた。しかし、エディはすぐにその畑の異変に気付く。随分水が当たっていない様子で、土壌は白く干からびており、作物の茎も細り、色褪せていた。思えば、最近雨に当たった覚えがない。顔をしかめ、エディは小さな声で呟いた。


「日照りか……」


 近くを流れる川の流れも弱く、村の苦労が透けて見えるようだった。ヘレンも心を痛め、畑の少ない雑草を抜いている人々の姿を見つめる。その時だった。


「旅人様だ! 旅人様だぞ!」

「え?」


 急に周囲が沸き立ち、エディ達は戸惑い、ロードもその足を止めてしまった。それを取り囲むように、つぎはぎだらけの服を着た人々が歩み寄ってくる。エディ達は目をぱちくりさせ、瞳を輝かせながら歩み寄ってくる、痩せた人々を見渡していた。


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