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我が神を求め  作者: 影絵企鵝
三章 パリは何を知るか
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転段 剣を持つ者のやり方

「貴様らが果たし状を書いておきながら、遅れてくるとは何事だ!」


 親衛隊の三人は剣を一旦収めたものの、むき出しの闘争心までは収めなかった。獣のような目で銃士達を睨みつけている。だが、銃士達三人はどこ吹く風、日向の猫のようにのんびりとした表情だ。そのうちの一人、その背は七十インチ(一インチ…二、五センチ)を軽く越す巨躯の青年ポルトスが、その体格に違ってあどけなさを残す顔に柔和な笑みを浮かべ、首を傾げる。


「Oh.Nous ne projetons pas d'avoir ete en retard.」

(おや。俺達は遅れたつもりなどないぞ)


 そんな事を言いながら帽子を青年がいじる横で、艶やかな金髪を風になびかせつつ、痩身で手足がやや長く見える男が優雅に懐中時計を取り出した。それを覗き込み、涼やかな一重まぶたをさらに細める。聡明そうな細面を上げ、アラミスは懐中時計を見せつけた。


「C'est juste.Je reste encore pour approximativement dix secondes a 4:00 de la promesse.」

(そうとも。約束の四時にはまだ十秒ほども余っている)


 たしかにその通りで、ヘレンがやり取りされる言葉を理解し、パリへの道中で行商人から買った懐中時計を覗いたなら、ちょうど四時になっているはずだった。だが、重箱の隅をつつくような言い訳のせいで親衛隊の神経は逆撫でされたようだ。黒髪を全て後ろに流した険しい表情の男が、右手でなにかを絞めるような動きをしながら一歩踏み出す。


「Aucun plus de discussion!  La place sociale que vous faites pour les familles royales tire une epee equitablement!」

(御託は無用だ! 貴様らもフランスに尽くす身分なら、正々堂々と剣を抜け!)

「Huh.  Comme osez vous dites une telle chose. Originairement pourtant nous avons sympathise avec pauvre vous.」

(ふうん。よく言えたな。元は我々が哀れな君達を憐れんであげただけだというのに)


 銃士の三人は間違った事を言っていない。根本を辿れば、親衛隊が貴婦人達に振られた所を見つけた彼らがわざとらしく大笑いして見せ、それに逆上した親衛隊が剣を抜きかけたのだ。一般市民の前では決まりが悪いと思った銃士達は丁寧に果たし状を書き、きっちり決闘の手続きを踏んでここまでやって来たというわけだ。

 だが、腹が立つ事には腹が立つだろう。三人の親衛隊は最早我慢ならず、剣を抜いて銃士に飛びかかった。


「Je regrette que je nous aie laisses se sentir honteux!」

(我らに恥をかかせた事を後悔するがいい!)


 だが、怒りに任せた剣筋がやすやすと通じるなどという事は無い。アラミスは簡単にその剣先をレイピアで逸らし、手首を返して軽く膝を突いてやった。たとえ軽くても、その鋭い一撃は人体の一筋や二筋は簡単に裂いてしまう。無精ひげを生やした親衛隊の男は、崩れ落ちて起き上れなくなってしまった。


「Je suis bon. Comme pour la seconde qui vient?」

(よーし。二人目はどっちが来るんだ?)


 銃士の二人目ポルトスが、腕を振るいながら勇ましく尋ねる。親衛隊はそれをさらに少し上回る身長の男が剣を抜きながら正対した。レイピアを喉元に攻め、男は左脚に力を込めて踏み込んだ。



「Ne rentrez pas le balancement!」

(図に乗るな!)


 威勢はいい。剣の腕も右に出る人間は少ないだろう。だが、すこぶる相手が悪かった。神速の勢いで突き出されたはずの剣はいとも簡単にかわされ、かわりに拳骨を右の頬に受けて飛ばされた。大人の身長程に舞い上がったかと思うと、そのまま教会の隣に生えている木の幹に叩きつけられた。


「Je ne suis pas un usage. Si vous vous frappez, je meurs.」

(だめじゃないか。君がその剛腕を振るったら死人が出るぞ)


 頭を掻きながら、アラミスは力任せの友人をたしなめる。もちろんポルトスが悪びれる様子は無い。口をいっぱいに引き伸ばし、声を上げて笑いだす始末だ。


「Oops. Lorsque je ne suis pas prudent.」

(おっと。いけないいけない)


 最後、口ひげを整然と揃え、帽子を目深に被り、簡素だが精緻(せいち)な作りの服飾を身にまとい、貴族の風格をまさしく備えた銃士の男、アトスが剣を抜く。タカが獲物を観察する視線に、親衛隊の三人目は戦う事を躊躇した。まだ若かった事もあるし、目の前の男が纏う威容に畏れを抱いた。だが、上司が見ている手前で逃げるわけにもいかない。

赤髪の兵士は剣を抜き、若々しく透き通った声で斬りかかる。アトスは素早く反応して身を翻す。親衛隊は体のバネを使って彼が身を引いた方へ飛び込む。自然とつばぜり合いの形になり、二人は間近で睨み合う。アトスが大きく一歩引き下がる。親衛隊の青年は再び間合いを詰めようと足を擦らせたが、狙い澄ました一撃が右手首を貫いた。苦しげな呻きを上げると、青年は血の滴る手首を押さえてうずくまった。


「Defequez……」

(くそっ……)


 黙って見下ろしていた貴族然とした銃士は、青年にハンカチを投げてやった。


「Traitez la blessure avec lui.」

(それで手当てをしておけ)


 三戦三勝にすっかり気を良くしたポルトスが、胸を張って言い放つ。にんまり笑って、すっかり親衛隊を見下した表情だ。


「Est-ce que vous vous etes rendus?  C'est les chiens du cardinal! Il n'eut ne va pas mieux plus proche a Athos! Porthos! Aramis!」

(どうだ! 枢機卿の犬共め! これに懲りたらアトス、ポルトス、アラミスには近づかないことだな!」


 苦虫噛み潰したような表情、だが言い返すあてもない。親衛隊の三人は互いの傷を庇い合いながらその場を立ち去った。


 エディはしばしその光景をあっけに取られて見つめていた。最早歌劇でも見ているかのような鮮やかさだった。本来の目的を思い出すのにも時間がかかったほどだ。三銃士が、いかにも清々したという表情でこの場を立ち去ろうとした時、ようやく我に帰ったエディは思いきって飛び出した。三人はひどく驚いた。決闘時さえ眉一つ動かさなかったアトスが仰け反ったかと思うと、アラミスは目を丸く見開いて後ろによろめき、ポルトスに至っては対岸の茂みに消えた。その驚きようにつられ、飛び出したエディ自身も一歩下がってしまう。


「Qui est-ce que vous etes?」

(な、なんなんだ。君は?)


 指を差され、尻上がりの口調で話しかけられる。エディは意味をなんとか理解し、両手を宙に持ち上げ丸腰を主張しながら答える。


「僕はイングランドから旅をしています。ちょっと聞きたいことがあって……」


 英語で伝わっただろうか。一瞬いぶかしく思ってしまったエディだったが、どうやら杞憂に終わったようだ。アラミスは肩をすくめてため息をつくと、茂みに隠れていたポルトスの方を見た。エディ達の方を窺いながら、わざわざ英語で話し始める。


「おいおい。イングランドからの旅人だぞ。天下の銃士がそんなに驚いてどうするんだ」


 それを聞いたポルトスは、いかにもバツの悪そうな顔でその姿を現した。片手の平で顔の冷や汗を拭きながら、ポルトスはエディに笑いかけた。


「は、あはは。お化けかと思った」


一番の頑健さを誇るポルトスだが、ポルターガイストだとか、そういう力が通用しないものに限ってはとんと弱かった。苦々しい笑いでなんども頷く。


「出てくる前に言ってくれればびびらないですんだのになあ。うんうん」


 どっちにしてもびびるだろう、とは誰も言わなかった。思った以上に人当たりが良さそうな口振りに安心したエディは、背後の茂みに向かって手招きした。リスが巣穴から出てくるように警戒しながら、ヘレンは茂みから顔、体を現した。先ほどよりは驚かなかったポルトスが、ヘレンに向かって尋ねる。


「君も旅人かい? 名前は何て言うんだ?」


 ヘレンは固い表情のまま答えず、エディの背後に半身を隠しただけだった。淋しい反応に、ポルトスはあららと大げさにがっかりしてみせた。エディは苦笑いに愛想笑いでヘレンの代わりを務める。


「僕と一緒に旅をしてる友達で、ヘレンって言います。真面目で優しい子ですよ」


 まるで小さい頃からよく知っているような口の利きようだ。ヘレンはエディの助け船を嬉しく思いながらも、エディの口振りに指摘を入れたくなる。なっていると、溜め息混じりにアトスが首を左右に傾けた。軽く弾ける音が数度した。


「そんな事ははっきり言ってどうでもいいことだ。第一の問題は、どうしてこんなところに居るのかだ」


 エディは頷いて答え、大事に懐のなか収めていたダルタニアンからの手紙を取り出した。両手で持ち、その宛名を見せるようにする。


「アトス、アラミス、ポルトスっていう言葉が聞こえてきたので、僕からもお尋ねしたいんですけど、その三方を知りませんか? ダルタニアンっていう人から手紙を託されたんです」


 ダルタニアン、という名前を聞いた途端に三人の顔色が変わった。軽く張っていた緊張の糸が緩み、今までエディの背後に隠れていたヘレンも、ようやく全身を三人に見せる。銃士達三人は、にこやかに歩み寄ってきて、中でもポルトスはエディの肩をいきなり叩き始めた。


「なんだ! 君は我らの同士の知り合いか!」ポルトスが陽気に大声を上げる。

「同士の同士は我らの同士。警戒してしまって申し訳ない」アラミスが軽く頭を下げた。


 急ににこやかな雰囲気になり、二人はむしろ戸惑ってしまった。その戸惑いのままエディは手紙を差し出そうとしたが、ポルトスはエディの肩を力強く押して歩かせ始めた。時折つんのめりながら、エディはポルトスの表情を窺う。


「紹介するよ。俺がポルトス、あの金髪がアラミス。んでもって、だまぁっているのがアトスさ。さあ、手紙なんて後でいいからアトスの家に行こう!」

「は、はあ……」


 凄まじい力を持つポルトスから離れられるはずもなく、エディは言われるがまま連れて行かれる他なかった。アトスは勝手に自分の家に来ることに決められたことに驚いて自分を指差し、ヘレンは出会って間もない自分達を家に招こうとしたことに驚いた。アラミスは、ただただポルトスの単純さ、強引さに呆れるばかりだった。



 銃士の暮らしぶりがどんなものかわからない以上、アトスが住むという家がどれ程の物か全く想像もつかなかった。しかし、連れて行かれたその家は、一般常識から言うと広い物だったし、外見も白が基調の清潔感あるものだった。中に入ってみれば、五人がのびのび立てる白い壁の玄関で、装飾細やかな壺やら、どこだかの草原を描いた絵やらが飾られていた。


「へぇ。広くてきれいなんですねぇ」


 エディが玄関にある、木目を生かした重厚な雰囲気の調度品を眺めながら呟く。アトスは、先刻からの無表情で答えた。


「まあ、借り家なんだがな」


 調子がほんの少し上ついている。鉄面皮の男でも、素直な褒め言葉は嬉しく聞こえるらしい。ちょうど、左手の部屋から若い女性が現れた。若木のようなしなやかさをところどころに持つ美人で、アトス達に気が付くと会釈してきた。


「Oh, je suis revenu avec un visiteur.」

(あら、帰られたんですね。お客様までお連れになって)

「La raison est parce qu'il a rencontré le garçon qui est connaissance au sujet de D'Artagnan.Parce qu'ils sont les Anglais, veuillez parler en anglais.」

(はい。ダルタニアンの知り合いという少年達に出会ったもので。イングランド人ですから、英語で話してあげてください)


 アトスはそう言いながらエディ達を目の前まで引き出した。エディが柔らかく会釈を返すと、女主人はおおらかな顔で頷く。あごに人差し指を当てて考え込んだ後、女主人はゆっくりと一言一言を選んで話し始めた。


「そうですか。ではご馳走しなければなりませんね」


 アトスは女主人に頭を下げる。恭しく、規律だった丁寧な物腰はまさに貴族だ。


「すみません。お手数かけます」

「今日は私が腕によりをかけますから、楽しみにしていてくださいね」


 それだけ言うと、女主人はアトスにもう一度会釈してから玄関を去った。すぐさまポルトスはうらやましそうな声を上げる。


「やっぱりいいなあ。あんな美人に手料理を頂けるなんて」


 やっぱりアトスは仏頂面だ。ほんの少し眉を持ち上げただけで頷いた。


「ああ。あの人の料理は確かに美味い」


 アトスは素直に感想を述べたまでだったが、何故かポルトスは残念そうな顔をする。


「これもやっぱりいつも思うけど、お前は絶対勿体無い。ああ勿体無い。アトスは朴念仁なのにさ、世の中間違ってる」


 アトスは眉根にしわ寄せ、いぶかしげな表情でアラミスに向かって首を傾げてみせた。アラミスは呆れ顔で肩をすくめるだけだ。さらに少年達に顔を向けてみたが、ヘレンは相変わらず無表情、エディはやたらと口端がにやけた愛想笑いを浮かべただけだ。


 初対面のエディやヘレンでさえ、女主人がアトスに好意を抱いている事は簡単に見当が付いたのに、彼自身は女主人の好意に全く気が付いていないように見えた。


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