【短編版】『全方位把握』で過ごす異世界スローライフ
初投稿のテスト的作品です。
視界がひっくり返り、肺から空気が押し出されるような衝撃が走った。 気がつくと、俺――カイは、見たこともない巨木の群生する森の中に放り出されていた。
「……おいおい、冗談だろ。見渡す限り、木、木、木。おまけに見たこともない色のキノコまで生えてやがる」
見覚えのない森の真ん中で、俺は一人、頭を抱えていた。
さっきまで自室でコーヒーを淹れていたはずなのに、気づけば足元はふかふかの苔だ。異世界転移、なんて言葉が脳裏をよぎるが、それにしてはあまりに放り出され方が雑すぎる。
そういえば、コーヒーを飲んでいる最中に、平日に貯まった仕事の疲労が休日の気が抜けた状態で現れたのか、急に眠気に襲われたような気がしなくもない。
ということは、これは夢の中で、醒めれば元通りなのか。
もしくは、定番の急死で俺は一度死んだのか?
そんなことより、
「さて、どうする。まずは安全の確保、だよな。こういう時、地図とかレーダーがあれば最高なんだけど……」
沈黙に耐えられず、つい、思考を小声でつぶやく。
返ってくるのは、風に揺れる葉のざわめきと、遠くで響く獣の遠吠えだけだ。 俺は自分の置かれた状況を直感する。一つは、ここは夢ではない。元の世界で死んでるかどうかは不明だが、あまりにリアルすぎるということ。
もう一つは、この森は――ひどく危険だ。
現実世界でラノベを嗜んでいた俺は、強く思う
『英雄になりたいわけじゃない。』
誰かと競い合って、血生臭い戦いに身を投じるなんて真っ平御免だし。強い力に注目されて、いろいろと気を配らなければならいのは面倒だ。
よし!
ただ、誰にも邪魔されず、朝露の匂いで目覚め、穏やかな午後に茶を啜る。そんなスローライフを送ることを目指してみよう。
(近づく危険をすべて察知できれば。そこに近づかなければいい気がする……)
その瞬間、脳内に冷たい感覚が走った。視界が歪み、脳の裏側に「新しい感覚」が接続される。
「『全方位把握』?…意識したものが把握できる??
なるほど。願えば叶うってのは、この手の話の鉄板だな。」
俺は脳内に直接流れ込んできた情報の奔流に、思わずこめかみを押さえた。 目を閉じているのに、自分を中心とした周りの情報が、設計図のように立体的なイメージで浮かび上がってくる。
今、浮かんでいるのはほんの小さな円。距離的には300mほど先のようだ。
「何を把握したんだ…」
少し考えて、自分が見たいと思っていたものは『安全地帯』だと。
「狭いな…」
とはいえ、危険な森で安全地帯があると分かっただけでも気持ちが落ち着く。
「じゃあ、次に『危険地帯』を把握すると。」
赤色の濃淡がイメージで脳内に浮かび上がる。濃い赤色から離れるにつれて薄い赤色になる。
そして赤色と赤色の間に狭い灰色の領域を把握できた。
幸いというべきか、今いるところは白となっているので危険地帯ではなさそうだ。
「濃い赤色に何からの生物がいて、お互い縄張りがあり牽制している、と理解すればよいかな…。
そうなるとその隙間を通れば安全地帯まで辿り着ける…かもしれない。」
「これからは慎重に…」
『安全地帯』を把握して、目的地をイメージして、続いて『危険地帯』把握に切り替える。切り替えるたびに脳が熱くなる気がする。
(面倒だが慎重に…)
声を出さずに、少し進んでは把握するものを切り替えて安全地帯に向かう。
決して、赤色の領域に踏み入れないように。
今の俺はまだ初心者のせいか、精神疲労を感じるが、集中力を切らさず頑張る。
(落ち着け。今の俺に必要なのは、精神力。『安全な場所』に逃げ込むための力だ。)
何度も何度も『安全地帯』と『危険地帯』を把握する。あと数回の切り替えで『安全地帯』にたどり着ける頃…
(あれ?安全地帯と危険地帯って、そもそもベクトルが反対なだけで、ほぼ同じ概念じゃない?)
そう思った瞬間、脳内の把握イメージが変化した。
安全地帯が濃い青色で、危険地帯が赤色の濃淡で、縄張り?がかぶってない領域が灰色で示される。
今の場所からは、あと20mほどでたどり着けそうで、灰色がまるで道のように繋がっている。
(最初から気づけば、こんなに精神力をすり減らすこともなかったのに。けど、何回も使ったから出来るようになったのかもしれないし。)
(ラノベでよくある能力のレベルアップか?こういうのって、名前つけると自分の中に根付くんだよね…多分。)
最後の歩みでミスを犯さないように、気分転換がてら名前を考える。
(「改」、「Lv2」、、、、)
少し考えて、
(よし、やはり漢字一文字が恰好いい。「重」としよう。)
『全方位把握・重』が誕生した瞬間である。
俺は立ち上がり、音を立てないように最後の歩みを始める。脳内イメージ通りに歩き、先ほどまでの数倍の速度で進んだので、最後の20mはあっという間であり、『安全地帯』にたどり着いた。
そこには、今まで歩いてきた森の木と一線を画した大きさの一本の木が生えており、近くには川があった。
「ふぅ……生きた心地がしなかったが、たどり着けたぞ。」
大木に背中を預け、ようやく大きく息を吐き出すとともに、久々に声を出して、つぶやく。
落ち着いたところで、ふと、自分の能力「全方位把握」について考える。 あまりに都合が良すぎる。俺が「こうあればいい」と思った瞬間に、まるでお膳立てされていたかのように与えられた力。
俺は、誰もいないはずの虚空、何者かがみているとすると、やはり空からだろう。
「……手厚いサポート、感謝するよ。おかげで初日で食い殺されずに済んだ」
俺は皮肉っぽく口角を上げ、意識の端でずっと感じていた――ページをめくる指先で喉元をなぞられるような、あの奇妙な違和感――に向かって、静かに問いかける。
「見てるか、神様。あんたが誰で、何を期待して俺をここに放り込んだのかは知らないが……悪いな。俺はあんたの退屈を紛らわせるような英雄にはならない。この力を使って、徹底的に平穏を貫かせてもらうぜ」
お読みいただきまして、まことにありがとうございました




