緑の兆し
森はいつになく息づいていた。
木々は芽吹き、花は咲き乱れ、
小川のせせらぎには魚が群れ、
鳥たちは朝から夕まで歌い続けていた。
「まるで、森が喜んでいるみたい……」
母の呟きに、リオンは頷いた。
彼の掌には、森に入ったあの日と同じように、
時折淡い緑の光がともることがあった。
祖父はその光を見て、目を細めた。
「森は生きておる。
あの子が来てからというもの、森の気が澄んだ。」
その変化は、村にも波紋を広げた。
枯れかけていた畑が蘇り、
川辺では大きな魚が獲れた。
果樹は花をつけ、冬越しできなかった家畜までが
子を産むようになった。
人々は笑い、祈った。
「森が恵みを返してくれたんだ。」
だが、別の声も上がった。
「森の木が一夜で伸びた。」
「泉が湧きすぎて畑が水浸しになった。」
「獣が増えた。人里にまで降りてくる。」
”すべてはヴァルド家が息子を使って仕組んでいる”
喜びと同じ速さで、不安も広がっていった。
そして数日後、
辺境伯の館に、報告書が届いた。
『ヴァルド領の森に、前例のない変化あり。
草木の成長異常、獣の出没、気候の変化を確認。
森の“魔力”が活性化している可能性。
対処を要す。』
報告を読み終えた辺境伯は、
重く息を吐いた。
「……またヴァルド家か。」
机の端に、二通の封書が置かれている。
ひとつはブルダン侯から、もうひとつはラティエル子爵から。
どちらにも同じ文言があった。
『森の異変はヴァルド家の緑魔法によるものと見られる。
早急な調査と管理権の見直しを求む。』
辺境伯は目を閉じた。
「民を救う力を持ったがゆえに、
疑われるとは……皮肉なものだ。」
窓の外では、風が吹き抜けていた。
遠くで、森の梢が揺れている。
その揺れは穏やかで――まるで、誰かが笑っているようだった。
一方そのころ、ヴァルド家の庭では。
リオンが父に手を引かれながら、
新しく芽吹いた花を眺めていた。
「見て、父さま。去年よりずっと花が多いよ。」
「ああ……お前のおかげかもしれんな。」
父の瞳には、誇りとわずかな不安が宿っていた。
遠くの空の向こう――
人々の“囁き”が、静かに形を取り始めていることを、
まだ誰も知らなかった。




