囁きの宴
辺境伯アーデルベルト邸に、煌びやかな光が灯った。
はやり病の収束を祈る祭りと、諸家の子弟を集めた小さな宴。
だが実際は、王都からの視線を気にした辺境貴族たちが
互いの腹を探るために開いた政治の場だった。
リオンは父と母に連れられ、その晩餐の間に立っていた。
王都の華やかさとは違う、重く、湿った空気。
周囲の大人たちは笑いながらも、
どこか言葉の端に刺を忍ばせている。
「ヴァルド領は被害が少ないとか。」
「森の草で煎じ薬を作ったと聞きました。」
「森の草、ね……はたして清らかなものかどうか。」
小声が流れる。
母はリオンの肩に手を置き、静かに笑った。
「大丈夫。胸を張りなさい、リオン。」
その声に、少しだけ勇気が出た。
晩餐が終わると、
年の近い子どもたちは中庭に面したサロンへと集められた。
夜風が通る大理石の回廊。
そこに集まったのは――
ラティエル家の令嬢、セリア(7歳)
ブルダン家の息子、ガルド(8歳)
そして辺境伯の三男、オルネス(9歳)
最後に、ヴァルド家の息子、リオン(7歳)
四人の間に、なんとも言えない距離があった。
「あなたが“緑”の子なの?」
セリアが口火を切った。
金糸の髪を揺らし、扇の陰で小さく笑う。
「森の色なんて、貴族らしくないわね。」
ガルドが肩をすくめて笑う。
「ほんとだ。俺は街をつくり、人をまもる土(茶色)だぞ。
緑なんて、畑や市民どもの色だろ。」
リオンは黙って俯いた。
何かを言い返したいのに、言葉が出てこない。
セリアがさらに一歩近づく。
「ねえ、本当に森の草で病を治したの?」
「……うん。」
「ふうん。森が手伝ってくれるの? それって……人じゃないものの力を借りてるってことじゃない?」
笑いの輪が広がる。
リオンの胸に、何か重たいものが沈んだ。
その時だった。
「やめてあげなよ。」
穏やかな声が響く。
オルネスが立ち上がり、
扇を閉じるセリアと笑うガルドの間に入った。
「リオンは悪くない。森を信じているだけさ。」
「でも、森を信じるなんて変よ。」
セリアが眉をひそめる。
「変じゃないよ。」
オルネスは微笑んだ。
「森も、空も、命の一部。
君たちだって風や土の魔法を誇りにしてるだろ?」
セリアは一瞬だけ言葉に詰まり、
やがて扇を閉じてふいと顔を背けた。
「……別に、そういうつもりじゃないけど。」
リオンはその姿を見て、小さく息を吐いた。
救われた気がした。
だが、オルネスはその横顔をじっと見つめていた。
微笑みの奥の瞳が、一瞬だけ、光を吸い込むように細まる。
宴が終わるころ、
子どもたちはそれぞれの親のもとへ戻っていった。
廊下の端を歩くセリアとガルドの声が、
夜気の中で小さく響く。
「森を光らせたんだって。」
「本当か? 人に不幸をもたらす前触れではないのか?」
「まるで獣と話してる気分よ。」
笑いながら遠ざかる二人の声が、
通りがかった使用人たちの耳に残った。
そして翌朝には――
「ヴァルドの息子が森を動かした」という話が
館中に広まっていた。
静かな回廊。
オルネスは窓辺で夜風を受けていた。
月光が彼の髪を銀に染める。
「……噂って、風に似てる。」
誰に言うでもなく呟き、
彼は目を閉じた。
「吹き方を変えるだけで、
火はどこにでも燃え移る。」
月の光が、ゆらりと彼の瞳に揺れた。




