森を穿つ者たち(前編)
同じ夜。
西の地――人間国ルーヴェリアでは、
王都より勅命を受け辺境伯領から遠征隊が出立していた。
名目は森林調査となっていたが先導する先頭を行くのはガルド侯マルカスの直轄隊。
肩幅の広い男が片手を上げると、前衛の魔導士が一斉に印を結び鬨の声を上げて森へ進軍していた。
「伐採班、進め! 風の魔導士、前衛を援護せよ!」
号令とともに、空気が鳴り、見えない刃が梢をまとめて刈り取った。緑の悲鳴のような軋み。どさり、どさりと倒木の音が続き、鳥たちが黒い矢の群れになって飛び散る。
続いて火の術士が印を結び、
「燃えよ!道を穿て!」の声とともに炎が走る。
草木は瞬く間に赤く染まり、
生き物たちの悲鳴が森の奥へと消えていった。
風魔法の刃が森を切り裂き、 炎が地表を走る。湿り気を帯びた土でさえ、火は油のように乗って燃え上がる。乾いた葉は灰になり、柔らかな苔は瞬く間に黒へ変わる。兵たちは笑い、鉄靴で焦土を踏みならした。 兵たちは笑いながら火を放ち、 逃げ惑う獣や鳥を矢で射抜いていく。
「すげえ……これが“森の資源”ってやつか!」
「薬草に木材とたんまり取れるぞ! 錬金師どもが飛びつくわ!」
「このあたり一帯を切り拓け! 燃やせ! 森ごと開拓地にしてしまえ!」
少し離れた丘の上。金糸の衣を風に揺らし、セリア・リュミエールが扇を広げる。
「美しいわ。ここに広場、あそこに市場。街の名は――そう、“セリアリア”。響きがよろしい」
側仕えがうやうやしく頷く。「水路を引けば王都まで三日。税も関所も全部、侯の掌に」
セリアは扇をぱちんと閉じ、燃える木立の向こうに目を細めた。
「“森の神”が何であれ、灰になれば名残さえ残らないわ」
森が悲鳴を上げていた。
風が暴れ、焦げた葉が灰となって舞う。
そのたび、土の奥から何かが唸っていた。
低い唸りが地の底から上がった。
最初は誰も気づかない。次に、地面の砂が震え、灰が細かく跳ねる。兵士のひとりが膝を折った。
――ゴゴゴ、と大地が鳴った。
兵のひとりが足を取られ、転げる。
「地震か!? いや……違う……!」
木々の間から、熱を帯びた白煙が噴き出した。
次の瞬間、火の粉をまき散らしながら、
巨大な影が突き抜けて現れた。
「森を焼く者ども――誰の許しで踏み入った!」
それは、赤黒い毛並みを燃やすように光らせた巨大な猪だった。
角は焦げた黒曜石のように輝き、
蹄が地を踏むたびに、焦土が花のように咲いた。
“轟焔王”――火と土を司る森の守護者。
城壁ほどの体躯に、燃える鬣。その眼は溶鉱の底に眠る鉄のような光で人の列を見渡した。
ミリウス、グロウヴァンと並び称されるドナミントの一柱。
彼の背後では、無数の小さな猪たち――
**「焔走」**と呼ばれる眷属たちが現れた。
それぞれの牙は燃えるように赤く、目は怒りで濁っていた。
兵たちは一瞬、言葉を失った。
だが次に、ひとりの魔導士が笑った。
「幻影か! 動物が炎を纏うだと! 笑わせるな!」
風刃が放たれた。
だがその刃は、グラウノスの息ひとつで溶ける。
空気が熱で歪み、兵士たちの鎧が赤く染まった。
「我が森を焼くならば――その火、お前たちの血で鎮めよう。」
轟音と共に蹄が地を打った。
土が波のように盛り上がり、炎が螺旋を描く。
兵たちはなすすべもなく吹き飛ばされ、
森の入口は真紅の炎に包まれた。
その光景を、遠く離れた王都の塔から、
数人の貴族が魔導鏡越しに見下ろしていた。
「なんだ、あれは……!」
「炎が逆に燃え上がっている!? まるで森が――燃えながら生きている!」
「馬鹿な、火の理が人に逆らうはずが……!」
兵は本能的に退いた。だがガルド侯は一歩前に出る。




