森の羽音
昼の光が畑を包み、香草と花たちがそよ風に揺れていた。
サンローラの葉は陽を浴びて香ばしく、ミルナ草の花は蜂蜜のような香りを漂わせる。
リオンは額の汗を拭いながら、咲きそろった花々を見つめた。
「これでみんな、お腹いっぱいになるといいな。」
ブランが蔓の腕で影を作ってやる。
「おい、リオ助。なんか聞こえねぇか?」
耳をすませると――
ひとすじの羽音が、風とともに森の奥から流れてきた。
ふわり、ふわり。
まるで花の匂いをなぞるように。
「花の香りに誘われて……?」
モルム三姉妹が顔を上げる。
光の粒が空中を漂い、花の蜜にとけてゆく。
その中から、小さな影たちが音もなく現れた。
金色の羽、丸い体。
彼らは、リオンの花に群がり、夢中で蜜を吸っていた。
「はちさん……?」
リオンがしゃがんでそっと覗くと、
蜂たちは驚いたように羽を震わせ、
次の瞬間、彼の手に止まった。
その羽から、小さな声がした。
「……あたたかい。」
リオンは優しく笑って言った。
「君たちも、この花が気に入ったの?」
その言葉に、蜂たちの羽音が高鳴る。
リオンが指先でそっと撫でると、
蜜の香りと共に金色の光が広がり――
その中で、蜂たちの輪郭が柔らかくほどけていく。
羽が長くなり、身体がしなやかに伸び、
花びらの衣のような布が身を包む。
光が消えると、そこには小さな人の姿があった。
「リオンさま!」
少女の声が響く。
瞳は琥珀、髪は陽に透ける蜜色。
彼女はリオンの指を両手で包み、微笑んだ。
「あなたの花……甘くて優しくて……
こんな気持ちは初めてです。
わたしたちも、あなたのように、誰かを喜ばせたい。」
リオンの胸に、あたたかな光が灯る。
「……ありがとう。じゃあ、これからは一緒に花を育てよう。」
その時、地面がドン、と鳴った。
畑の端の土が盛り上がり、岩が跳ね飛ぶ。
熊族が慌てて構える。
「なんだ今の!?」
土を突き破って現れたのは、甲冑のような体をした巨躯だった。
背中に艶やかな角を持ち、目は真っすぐで穏やか。
それがゆっくりと鼻を鳴らした。
「……いい香りだ。」
彼は畑の肉の実をひとつつまみ、
香草と一緒にかじった。
「……うまい。
こんな柔らかな命を、生かす力にしたい。」
リオンが笑って言う。
「それなら、君も一緒にどう? この森を育てようよ。」
男は一瞬きょとんとしたが、
次の瞬間、身体を包む土が音を立てて崩れ、
その中から光沢のある鎧のような肌が現れた。
「我ら、カルド族……あなたの呼び声に応じましょう。」
その声は低く、まっすぐに響いた。
そして――静かに、糸が舞い降りた。
リオンが振り返ると、すでにそこには誰かが立っていた。
白銀の綺麗な模様が入った大きな蜘蛛。
畑の香りに目を細め、静かに告げる。
「あなたの花は森中に薫っております。
私もまたそれに惹き寄せられた者の一人
この糸は決して話しませぬ」
感情は読めないが何となくいい子な気がする。
リオンが手を差し出すと、彼女のまわりにあった糸がふわりと光に変わる。
白銀の髪、冷たい糸の翼。その光が彼女を包み、
羽が透け、糸のようなドレスを着た女性が立っていた。
「……この姿でなら、あなたの隣にいてもいいですか?」
「もちろん。」リオンは即答した。
「森を一緒に守ってくれるなら、みんな仲間だ。」
蜂の羽音が高まり、風が香草を揺らす。
甲殻の戦士たちが笑い、糸の舞姫たちが微笑む。
それぞれの命が、リオンの周りに集まり、
花と蜜と光の輪が広がっていった。
トレイニーの声が森を渡る。
「命が、命に憧れる。
それが“森の進化”というものじゃ。」
リオンは空を見上げ、
光る羽音の中で静かに呟いた。
「思うことって素敵なことなんだね。
森が一段と優しくなった気がするよ」
その時、遠くでミリウスの声が木々を揺らした。




