土と肉の香り
森の朝は、あいかわらず温かかった。
ゆっくりと霧が晴れ、畑の端から光が差しこむ。
昨日まで芽吹いた作物たちが、朝露にきらめいている。
「今日も畑、広げようか。」
リオンが言うと、ブランが根の腕をのばしてうなずく。
「いいね! でも、もう一段掘るには力仕事が必要だぞ?」
その時だった。
地面がドン、と震えた。
モルム三姉妹が一斉に叫ぶ。
「じ、地震ですー!」
「ちがう! なにか来る!」
木々がざわめき、土の中からゴゴゴッという低い音が響いた。
そして、森の入り口から――
岩のような巨体がぬうっと現れた。
「うおおおっ!?」ブランが思わず根を引っこめる。
その影は熊だった。
いや、ただの熊ではない。
その体には樹皮が走り、肩には苔が生えている。
目は優しい金色に輝き、声は大地のように低く響いた。
「……お初にお目にかかります。森の呼び子、リオン様。」
「え、あ、はい……」
突然の巨体に、リオンは思わず背筋を伸ばした。
「我らは熊族ドランハルト。
土と岩を司る守護神グロウヴァン様の眷族にございます。
このたび我が主は、外界の地脈を巡られる折、
“森の呼び子を支えよ”とのお言葉を賜りまして、
移住の許しを得てまいりました。」
リオンが瞬きをした。
「……グロウヴァン?」
その問いに、ドランハルトは胸を叩いて応えた。
「この森は、いくつかの“区画”に分かれておるのです。
大樹を中心としたこの区域は、トレイニー様と守護神ミリウス様が治める場所。
しかし山の向こう、岩と霧の土地には、我らが主――
大地の王グロウヴァン様がおられます。
他にも、風を統べる者、炎を抱く者、水を守る者……
それぞれが己の領域を見守っておるのです。」
ブランが腕を組み、感心したようにうなる。
「へえ……そんなにたくさん守護者がいるのか。」
「守護神同士、仲の良い者もおれば、
一人で黙々と己の仕事を果たす者もおる。
だが“緑の呼び子”が現れたと聞き、
皆どこか落ち着かぬ様子ですな。」
リオンは少し照れながら笑った。
「なんか、責任重大だね……。」
その時、ドランハルトの腹がぐうぅぅぅ、と鳴った。
一拍おいて、モルム三姉妹がぴたっと止まる。
「……あの、君たちって、主食は?」
「肉です。」
即答だった。
その視線が、三姉妹と小人たちへとゆっくり流れる。
「……お、おいしそ――」
「待って!!!」リオンが全力で遮った。
「食べちゃダメだよ!!」
ドランハルトはバツが悪そうに頭をかいた。
「はっ、失礼を。いや……匂いが良くてつい。」
「……よし、じゃあ食べられるお肉を育てよう!」
唐突なリオンの発言に皆が驚いた。
「りおん様…葉っぱは肉ではないですよ…」
「りお坊さすがにそれはさっ」
みな少しあきれた顔をしている。
そんなみんなの顔を見ながらリオンにはちょっとしたアイデアがあったのだ。
リオンは手を地にあて、深く息を吸った。
みんなびっくりするかな。ワクワクがとまらない。
「森よ、命の糧を……この大地に与えて。」
緑光が土を包み、あたたかい風が流れた。
やがて、柔らかな枝が地面から伸び、
そこにぷくりと赤い果実のような実が膨らんでいく。
「これは――?」
モルム三姉妹が顔を寄せる。
リオンがそっとちぎると、中から湯気のような香り。
「肉……だ。」
「まじか!?」ブランが目を丸くした。
「植物なのに肉の匂いがする!」
ドランハルトがそっとひとかけら食べ、
「……うむ。柔らかい。だが確かに肉の味だ。
まるで山鳥の胸肉のよう……これなら主も満足されるだろう。」
三姉妹がぴょんぴょん跳ねた。
「わーい! 森の焼肉ですー!」
「リオン様ばんざーい!」
リオンは笑いながら言った。
「これで、君たちも安心して食べられるね。」
トレイニーの枝が静かに揺れる。
「……良い。“命の分かち合い”じゃ。
奪い合いではなく、与え合う森こそ、真の豊かさなのじゃ。」
ミリウスの角が朝光を反射して、森全体を照らした。
ドランハルトが深々と頭を下げる。
「森の呼び子リオン様、我ら熊族、一族そろってこの地に仕えましょう。
腹が減ったら……今度は畑を耕しますゆえ!」
リオンが笑う。
「頼りにしてるよ、ドランハルト。」
そう言った瞬間、熊たちのどっとした笑い声が森にこだました。
大地はまた息を吹き返し、森の香りがひときわ濃くなった。
その香りは――土と肉と、命の匂いだった。




