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9.タウのわらわ

 運転シートには50cm丈のクッションが潰れて挟んであった。その愛すべきマシンのフロントガラスは子供からすれば高い位置に始まり、トラック運転手になるには、本人の身長は欠かせない要素である。そういった意味でも、彼女の存在は異例中の異例だった。所属する運送会社の中でも抜きん出た年長。今年でちょうど300歳の誕生日を迎えるという彼女の、その幼い容姿と少女性は、未だにそして永久に約束されたものだった。

 名前はマーロウである。マーロウは町中を荷運びのために走り回り、道すがら助手席にタウを拾っていた。

 大きなグリップ付きハンドルには2つの小さな手が添えてある。マーロウの目は前方に広がるライトの裾を見据えている。昨日よりも早く夜に差し掛かる空が綺麗に映っている。マーロウのトラックの中はマーロウの匂いで満たされている。

「勝手に乗せて悪かったのう。タウ、最近元気だったか?」

「うん。」

「そうか。よかったのじゃ。」

 靴を脱ぎ捨てたマーロウの両足が空中でプラプラしていた。アクセルまで届かせる素振りさえ見せない。それにも関わらずアクセルはしっかりと奥に押し込まれていた。実際、彼女のトラックは法定速度に従い安全に走行している。マーロウからアクセルまで、重力や磁力といった力が作用するとき、物体までの媒介には空気すら不要なのだ。


 ある心理学アプローチのビジネス本にはこういった記述がある。


『人はそれが自身の肉体であっても、疑いが残る以上は自分自身と切り離して考える傾向にある。疑わしさと合流する際、そこに生理的嫌悪が働くのだ。反対に全く疑いのない部分については、それが他者であると認識していたとしても、自分と同等の扱いをほどこすものである。』


 文章はこの後、『自分が特別気に入っている相手にするアドバイスはいつも外れている』という筆者のメッセージを導くのだが、

「わらわはな、最近この町が広くて広くて仕方なく思えてきての。コイツでいくら走っても、どこも全て見知っているというのに、全部知らない場所みたいに思えてな。まあ、もちろん全部の建物に入ったことがあるわけではないのじゃが。あのな、」マーロウは赤信号に捕まると、助手席に座るタウの方へ、クッションの上でクルリと体ごと転換した。「タウならば、わらわのこの不可解なモヤを分かってくれるじゃろ?」

「うん。」

「そう言ってくれると信じておったぞ!」マーロウは一先ずという風に多少の笑みを浮かべた。

 マーロウは長時間の運転から休息を取ろうと、通りがかりのコンビニ駐車場にトラックを入れた。タウにいくらかお金を渡し、「わらわハムブリトー。」

 タウはミックスサンドを買って出て来た。さらにマーロウのペットボトルコーヒーが切れていたのを見て、2人の飲み物も適当に買ってあった。

 各々の袋を記載の手順通りに開ける。それから中身を口に運ぶまでの動きは、2人ともDNAの螺旋上に最適化されていた。

「美味しいのう。」

「うん。」

 なだらかな時間は急速に過ぎ去った。目の前を通り行くヘッドライトの数々が、来シーズンを飾るショーウィンドウの表面に反射して渦巻いている。光速による情報伝達は予知にも似ている。その反射光は、マーロウのトラックに差し迫る危機までをも含んでいた。

 2人にとってはまずエンジン音により現れた。トラックの側を掠め、激しいドリフトでマーロウの目を奪ったのは屋根のない黄色い改造車だった。マーロウはスライドした窓から身を乗り出した。

「何をしよる! 危ねえのじゃあ!」

「危ねえのじゃあ~。のじゃあ~。あははははっ!」

「悪いか! 何か用でもあるのか!」

「うっせえロリババア!」

「ロリバ……。」

 改造車はマフラーから濃い煙を場に残して、コンビニ駐車場を走り去る。マーロウの胸の内にはある決心が一瞬にして固まっていた。

「アヤツラは殺スッ……!」

 そう呟くと、ハンドルの中心に裏返って出現した赤いボタンを拳で思いきり叩いた。トラックの前面にあるナンバープレートが真ん中から左右に割れ、そこに隠し持っていた砲口から搭載ホーミングミサイルが飛び出し、行ってしまった改造車の後を追跡した。着弾まで5秒と掛からなかった。ミサイルの威力は申し分なかった。

「死んではいないはずじゃ。タウ、怪我はないか?」

「うん。」

「よかったのじゃ。出発するぞ。」

 マーロウのトラックはコンビニを出発し、改造車の残骸が燃えている方向とは逆の道に進んだ。早くも付近まで駆け付けた消防車と救急車のサイレンが響いていた。マーロウは残りのハムブリトーを頬張り、前方を見据える。タウはまだミックスサンドをもう1サンド袋の内に残していた。

「タウ、わらわにコーヒーを飲ませておくれ。」

「うん。」

 タウはペットボトルコーヒーの口を、マーロウの口に運んだ。それからゆっくりと傾けた。マーロウの収縮する喉の動きが、ペットボトルを支えているタウの手にまで伝わってくる。

「ぷはあ。やはりコーヒーは大容量に限るのう。」

 マーロウは口元に溢れたコーヒーを手の甲で拭った。タウはもう1つのサンドイッチに手を付けた。1週間前よりもずっと早く夜になった空が綺麗だった。次の季節の片鱗は町の至る所で見つけることができた。トラック運転手ほど町を見渡せる仕事もなかったが、町は時おりマーロウに知らない顔をみせた。その際に生まれる戸惑いは、優れた観察眼を持つ者にほど大きかった。年甲斐もなく考え込んでしまうマーロウの隣には誰かしら、タウ程度でも居てくれると安定するのだった。「ありがとありがとなのじゃ」

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