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3.タウの昼寝

  タウの枕は今日の昼寝のために、午前のうちにカバーも洗い天日干しを済ませてあった。よくクーラーの効いた部屋で寝るには体にかぶせるタオルケットも必要になる。タウの持っているタオルケットは、端の縫製部分に意味不明なヒエログリフ文字が並べてあり、その浮き出た文字の固い表面を指でなぞるのが癖になる触り心地だった。昼寝をするソファの側には17インチノートPC、それと寝汗を拭くための白熊タオルが用意してある。白熊タオルとは、普段タウが好んで買っているホワイトサワー味アイスの応募者景品で当てたものだ。イメージキャラクター『白熊くん.(しろくまくんピリオド)』の全身イラストが描かれており、実際のオスのホッキョクグマの等身大サイズで、タオルを広げ半分に折り返せば、その中にタウを頭から足まですっぽりサンドイッチにできてしまうほどだった。

 寝転がったときにちょうど目線の高さに映るノートPCで、寝落ち用カルト映画『桃色フラミンゴvsオオカミ騎士~仁義なき毛のむしり合い~』を流しておく。公開から長い年月をかけ果てしなく睡眠向きと評されるまでになったこの映画は、当時の映画好きの学生たちが口を揃えて「まあオレは好きだけどね」とつい語ってしまうお墨付き。つい数か月前など、この映画のフル尺映像が無断転載されると、他のヒーリングミュージックやASMRといった今どきな睡眠改善コンテンツすべての再生数を一週間で凌駕してしまうという伝説を残した。ただ一つ視聴に際する注意点として、映画には途中で銃撃シーンがあった。タウはそのお約束通り、PCのサウンドを絞ってから眠れる映画を再生し、タオルケットをかぶってソファに体を埋めた。

 ……そのときちょうどインターホンが鳴った。

 間が悪かったもののタウは意を決して重たい体を起こし、タオルケットを放って玄関まで出向いた。

「こんちは、お届け物ですー。」

「どうも。」

「あざしたー。」

 届いたのは数日前に頼んだ、コピー機の替えのインクだった。タウは段ボール箱を開封せずその辺に置いておき、真っ先に昼寝をしにソファへ戻った。そしてまたもやインターホンが鳴った。横になってしまう直前で引き留められたタウは、素早く足を玄関方向に切り返して向かった。

「はい。」

「タウう! 助けてえ! ボクのハム次がいなくなったんだあ!」

 この間抜けな喋り方をする歯抜け少年、モラルは近所に住む小学生で、まさに夏休み真っ盛りの慌てっぷりを披露していた。

「ハム次……。」

「あれえ、見せたことなかったけえ。こないだ誕生日に貰ったハムスター。」

「んー、ないかも。」

「うっそだあ。絶対みせたよお。だってボクが見せないはずないしい。」

「でも知らない。」

「ボク絶対見せたしい……ちがうちがう。ハム次がケージから脱走したんだよお。助けてくれよお。」

「いいよ。」

「やったあ、ありがとお。目印はねえ、体に緑色のリボンを巻いてるのお。背中に結び目が乗るようにね。ねえねえ、なんでハム次はリボンを巻いてると思う。」

「なんで。」

「まず緑ってのはねえ、ボクの一番好きな色でえ、それでハム次はボクの誕生日プレゼントだからあ、最初にママが巻いてくれたリボンをそのまま付けてあるのお。」

「ふーん。じゃ行こうか。」

 二人はまず四丁目公園に出かけた。ここにある滑り台はモラルのお気に入りの遊具だという。着地点となる砂場目掛けて伸びた黄色い筒の中から、モラルの呑気な声が反響して滑り出てくる。

「……わあい。もっかいやろお。」

「ハム次……。」

 その名前を耳にしたモラルは尻もちをついた砂場から跳ね起きた。

「ああそうだったあ! ハム次が危なあい!」

 ズボンの砂をはたきながらタウの座るブランコの元へ駆けつける。

「ねえねえタウはハム次、どこにいると思う。ボクはさあ、ここの公園と家と学校しか場所を知らないんだあ。タウは大人だから他にもいっぱい知ってるでしょお。」

「さあ。」

「えええ、じゃあどうすればいいのお。」

「とにかく歩こう。」

「わかったよお。」

 タウとモラルは公園を後にして歩いた。通りかかる家という家を訪ねて探し回り、怪しい自販機があればモラルが率先して取り出し口から首を突っ込んで中を見た。二人のハム次探しは順調に成果をあげなかった。そのせいでお互いに隠しておくしかない苛立ちは増してゆき、さらには夏の暑さの助けもあってついに問題が発生する。ハム次探しを始めてから記念すべき十台目の自販機にモラルが黙々と潜り込んだのだが、汗だくのタウはそれに気づかないまま一人で先へ過ぎてしまった。しばらくして自販機から出てきたモラルはキョロキョロと辺りを見回したが、もちろんタウの姿は見つからない。モラルは強い不安を覚え、ハム次探しをする前にタウ探しに奔走することとなった。

 一方でタウは河川敷を歩いていた。その河川敷では草野球の試合が白熱していた。日差しを遮る簡単な屋根すらないベンチから、野球帽を被ったトゥエルブがタウの元に走って来た。

「タウ、いいとこに来てくれた。ちょっとうちのチームに入ってバッターやってくれ。」

 汗だくのタウは何も答えない。トゥエルブは黙り込んだタウの頭に自分と同じデザインの帽子を勢いよく被せ、

「よっしゃありがと! じゃあ早く行くぞ!」

 タウの腕を引いて走りだし、バッドの持ち方も知らないタウを急遽バッターボックスに立たせた。試合状況は隣町のチームが5点、タウの町のチームが20点。圧勝のまま続行した9回裏、ツーアウト満塁。

「いやー、もう勝ちだったんだけどさ。向こうのチームが中々諦め悪くて、うちの最後のバッターが熱中症で倒れたんだ。そいつはもう救急車で運んでもらったんだけど、向こうの監督がひどいんだよ。『9人揃わないのは野球じゃない、野球じゃないなら野球では勝てない、だからこっちの逆転勝利だ』ってさ。いくら説得しても聞かないんだ。だからタウ、今回お前はボールを打ってくれても打ってくれなくても構わない。ただバッターボックスに立っててくれれば、もうそれでうちのチームの勝ちなんだ。そう気張らないでくれ。まあでももちろん、ラストはかっ飛ばしてくれた方が気持ちいいけどね。」

 そう言いながらトゥエルブはベンチにいるチームメイトにあるものを投げてくれるよう指示し、投げ渡されたその何かをうまく空中でキャッチするとタウの目の前に広げた。

「じゃーん。終わったらお礼にこれ、タウにあげる。さっきベンチの下で拾った変なハムスター。こんだけ暑い日だってのに元気だろう。まあでも拾い物だから、あとで1本だけジュースも付けてあげる。」

 緑色のリボンを巻かれたそれは間違いなくハム次だった。だが猛暑のなか息苦しく立ち尽くすタウの耳にトゥエルブの話は届いていなかった。見向きもしない。

 隣町チームの監督がピッチャーに向かって叫んでいる。

「もう負けとか勝ちとか関係ねえからあ! 死ぬ気で投げて明日に繋げえ!」

 その監督の思いはまだ若いピッチャーの耳には届かなかった。負け確ピッチャーが投げやりな球を3度投球、タウはバットを地面に垂らしたまま見送りスリーストライク、5-20。試合終了。こんな終わり方でもトゥエルブは勝った喜びに騒いでいる。勝ちは勝ちだと、約束のリボン付きハムスターをタウの胸ポケットに忍び込ませた。土手の上から試合をみていた誰かが、同じく喜びの声を上げている。

「やったあ! ボクたちの町の勝ちい! すごいぜタウう!」

 その観客はモラルだった。モラルはその座り込んだままの体勢から後ろに向かって手を押し、土手を滑って下りる。呼びかけられても微動だにしないタウに向かって走って抱きつき、そのすぐ目の前、タウの胸ポケットの中で何かがもぞもぞ動いていることにモラルはすぐに気が付いた。ハム次が胸ポケットから自力で這い出てくると、モラルが広げた手のうえにひょいと飛び乗った。

「わあ、ハム次だあ! 見つけてくれてたんだねえ! タウありがとう! 大好きい!」

 勝利を祝いたくて仕方がない草野球チームのメンバーが、トゥエルブを筆頭にタウとモラルを取り囲むと、せっせと二人を胴上げし始めた。

「わあい! やったねハム次い!」

「……。」

 しかしタウの体は中々持ち上がらなかった。持ち上がらないどころかビクともしない。トゥエルブを含むチーム8人はタウを持ち上げようと順番に試したがどうやってもダメだということが判明し、とうとうチームの垣根をなくして、この河川敷に集まった全員の中でも力自慢の精鋭たちが協力してタウの胴上げに取り掛かることになった。すると少しずつだが確実に地面からタウの足が浮きはじめた。その持ち上がるタウの動きとともに、美しく研磨された四角形の大理石が土を割って生えてくる。その石の表面がタウの靴底と強力に接着して連動するのだった。下の端まで引き抜き終えると、この大理石は直方体の土台だった。河川敷にいる誰よりも高くそびえるタウはすっかり夕日を受けて輝く銅像になっていた。モラルはそれがタウの姿とは認識できずハム次を連れてタウの捜索に出かける。草野球のメンバーはスマホを取り出してタウの銅像を撮りまくる。

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