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15.タウの信頼

 勝ち得ている。何を? 信頼を。勝ち得ている。信頼を勝ち得ている。信頼を勝ち得ているのだ。信頼を。勝ち得ているのだ。勝ち得ている。信頼を勝ち得ている……タウはその男から信頼を勝ち得ていた。

 そしてその男はタウに信頼を預けていた。

「タウ君。今回のことは他言無用で頼むよ。」

「うん。」

 すっかり冬の夜。ぼんやりと背景に溶け込んだ二人のシルエットは小刻みに震えながら白い息を吐き出していた。今夜に約束があるということで、二人ともコートを厚着して寒さ対策は万全だった。しかしいくら着込んだところで長居をすれば冷えた空気が身に染みてしまい、二人はとある港の桟橋にて件の用事を済ませると、思考が凍りついた。凍てつくような夜だった。体はすっかり手も足も動かなくなってしまった。二人は家に帰ろうと足を前に突き出すよりも前に、そのままずっと桟橋の上に茫然自失と立ち尽くしている。真っ暗な水辺を背後に、二人のシルエットが白い息を吐き続けている。

「……。」「……。」

 事の全貌がはっきりしたのは夜が明け、東の空から太陽が顔を出してからのこと。準備万端のコートが雪だるまみたいに膨れ上がった二人の体は、立ち姿の凍死体となって発見されることとなった。

 第一発見者はストリップという名前の青年だった。早朝はいつも、この港に居付いている野良猫にエサをやってその見返りにちょっかいをかけるのが彼の日課だった。そんなことをしながら一緒に朝食も済ませるのだった。港に到着したストリップは何気なく海の広がっている方へ視線を投げかけるといくつものドラム缶を下にプカプカと揺れる桟橋、その上に仁王立ちする二つの凍死体を見つけた。まず驚いて宙に浮き、次に警察や救急車を呼ぶよりも前にもっと大切なことに気が付くのだった。

「……タウ?」何を隠そう彼はタウの大の親友だった。

 ストリップはあの凍死体の片方がタウなのだと分かると、その手に持った保温容器から中身のホットコーヒーをタウの頭にかけた。かけた箇所からコーヒーが色を帯びて線を伝い、溶解の音と共に頭から湯気が立ち昇ると、しばらくして凍死体だったタウが柔らかくなって膝から倒れ、それをストリップが抱き止める姿勢を取った。

「タウ! 大丈夫か!」

「うん……。」

「そんな訳ないだろ! ほら、このシチューを飲むんだ!」

 ストリップはそう言ってタウを支えながら器用に、自分の朝食に持って来ていた鶏肉と餅のシチューをタウの口の中に流し込んだ。ぐったりして力を入れられないタウにはこのシチューを飲むにも苦労が要った。

「うん……。」

「もう喋らなくていいから。今から温かい所に行こうな。ちょっと歩くよ。」

 ストリップはタウを肩で支えながら、追いかけて来る野良猫の声も無視して自分の家へと帰って行った。彼はタウを助けたい一心であり、まだ桟橋の上に取り残されていたもう一つの凍死体のことなど、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。

 家に着くとストリップはタウを床にそっと寝かせ、そのすぐ側にヒーターを焚いた。さらに厚い毛布も上にかけてやり、ミルクココアでも作ろうと空いていた鍋に牛乳を2人分沸かし始めた。あとは熱されるのを待つだけとなったストリップは、毛布にくるまって震えながら寝込んでいるタウの顔についたコーヒーをタオルで拭ったが、ほとんど乾いたまま跡だけが残っていて、キレイに落とすには水拭きをする必要があった。

 鍋の牛乳が沸くまでにタウは目を覚まさなかったが、近くで見守っているストリップが憚らず呑気にココアを飲んでいられるくらいには、彼の呼吸や体の震えは落ち着きを取り戻していた。救助の役目を終えたストリップもソファに座ったまま、ココアの入ったカップを側のテーブルに置くといつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

 タウが目を覚ましたのは昼に差し掛かろうという頃だった。同時にそれらしい様子を寝ながら察知したストリップも目を覚ました。

「タウ、起きた? おはよう。」

「……おはよう。」

「どう? 大丈夫?」

「うん。」

「ならよかった……そういえば思い出したんだけどさ、あの港の所でタウの横にいた人って、知り合い?」

「違うよ。」

 「そっか……ああ、タウはまだ寝てた方がいいよ。ああ、あと一応さココアとかもあるから飲みたかったら言ってよ。それと、もし暑かったらヒーターも弱めようか? それとも布団増やす?」このとき見せたストリップの焦りには特別な原因も理由もなかった。自分でもそのことをよく分かっている彼は、タウに誤魔化すでもなく微笑んでこう締めくくる。「とにかくさ、好きにしてよ。」

「うん。」

 タウは毛布をかぶり直してもう一度寝始めてしまった。鍋に残っていた牛乳はストリップのおかわりのココアに使用されることになった。真っ昼間のストリップの部屋の中を静かな時間だけが過ぎていった。

 夕方を迎え、日が沈む頃にはタウもいい加減寝ていられなくなり体を起こした。毛布を肩に羽織ったまま手放そうとしないが、顔色は多少良くなったように見える。ストリップが今日はこのまま泊まっていくかと提案すると、タウはうんと答えた。

 夜には鍋にショウガ入りの肉うどんを作って食べた。お風呂は最初にタウ、次にストリップという順番で入った。タウの着替えはストリップのを借りたが、タウには少しだけ大きく、ブカブカになった袖から肌が外気に曝されるとその度に冷たかった。

「電気消すよー。」

「うん。」

 ストリップはソファで、タウは床で眠った。

 翌朝、タウよりも早く目を覚ましたストリップは日課の港までの散歩をしに出掛けた。今日の持ち物にはコーヒーも朝ごはんも猫エサも何もない。そのせいか港の野良猫たちは、やって来たストリップの姿を見ても駆け寄って来ることはなかった。港に着くとストリップはしっかり確認の意思を胸に、海の方へ目をやった。そして揺れる桟橋の上、昨日置いて行ったあの男の姿は当然なくなっていた。こうして確認を済ませたストリップは早速と家に帰った。

 家に帰ると床でタウがまだ寝ていたので、ストリップももう一度ソファで寝ることにした。

 昼にストリップが目を覚まし、続いてタウが体を起こした。

「結構寝ちゃったなー……おはよう。」

「……おはよう。」

「そういえばさー、朝にあの港に見に行ったんだけどさ。」

「うん。」

「あの人、もういなかったよ。」

「うん。」

「ま、当然なんだけどね。」

 二人はゲームをしたり、外へ出て体を動かしたりして時間を過ごしたが、夕方にはタウが家に帰る支度を始めていた。凍りついた夜と同じ重ね着の膨らんだコートのボタンを閉じて、玄関で見送ってくれるストリップに向かってバイバイと言って帰って行った。

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