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14.タウのルーツガール

 窓を開けると冷たい風が入り込んで、カーテンのヒラヒラとスカートのヒラヒラが思い思いに重なる季節。今は知らない、あの頃は少女だった。空気に含まれた柔らかな髪、おしとやかという言葉に似合いつつも、どんなものを前にしても全く関心を宿さない大きな瞳。そのままの色合いで浮かべられた様々な表情は何が起きても崩れることはないように思えた。返事をくれても気はないように、明後日の方角を見据えている。彼女には特別なものが見えていたのかもしれない。特別見たいものもなかったのかもしれない。知らない、だけどそれがルーツガール。強烈なルーツガールの存在を記憶から忘れ去って少しだけ社会へ大人に近づいて行く。

「タウは4D天使の存在を信じるか?」

「なにそれ?」

 「4D天使というのはね、」キレイな横顔を見せ、ヘリコはタウに解説する。「ボクらよりも一つ上の次元の世界の生物が、ボクたちの世界に顕現した姿のことを言うんだよ。」

「ふーん。」

「別に四次元に留まらないんだよ。5次元の生物だったら5D天使、12次元から来ていたら12D天使って呼んであげるんだ。でもきっとボクたちに一番近いのは四次元の世界だろうし、それよりも高い次元の世界から直接3次元に影を落とすことができるのか、ボクはよく知らない。仮に高次元の生物が自分の世界から1次元ずつ落としながらやっと3次元に顕現するのなら、全ては4D天使なんだ。」

「へー。」

「ッゥウバガヤロー!」

 そんな怒声がドーム状に反響すると共にタウとヘリコのおでこがゴチーン!! 少し涙目になった二人の髪の毛を鷲掴みにしていたのは遅れて来た赤いホテルマン、名をトランクという。今のヘリコの話にまったく聞き捨てならないという顔をしていた。

「まったく聞き捨てならないぜ、ヘリコ。お前の今の説明は、完全に間違っている!」

「イッター……急にひどいなぁ……うう、トラトラトラぁ……」突然の衝撃に倒れ込んだヘリコは手で目の端を拭い、そのままトランクの顔を見上げた。「それで? トラトラちゃんは何が間違っているっていうんだい?」

「間違っていると指摘したいのはまさしくっ……」

「タウ痛かったろ?」

「うん。」

「見せてご覧。うわ、赤くなってるよ。ボクも腫れてるかな?」

「うん。」

「俺たちの世界が3次元だとして語っている点についてだああ!」

 地面から立ちあがったヘリコは再度、トランクに向き合って淡々と返した。

「そこが引っ掛かってるのね。じゃあトランク君、ちょっとボクとお話をしよう。納得させてあげる。」

 そんな挑発をトランクは一笑に付した。

「ケッ、ヘリコ。俺様が議論において簡単に納得(くっぷく)するかよ。じゃあ行くぞー、タウも。」

「そうだね。ほら、タウ。一緒に来て。」

 タウは二人に手をクッと引かれると、体重すら感じさせないまっさらな無抵抗で、易々とどこかに連れて行かれた。

 こうして3人が入ったのは近くのファミレス。客のまばらな待ち時間ゼロの時間帯。タウ、ヘリコ、トランク。たったの3人客がヘリコとトランクから放たれる剣幕にのみ成せる幻影的大所帯扱い。ちょこっとビビり気味の眼鏡店員に案内されたのは、長蛇のソファ席がU字型に折れ曲がった特別な大テーブル席。みんなで両腕を広げても有り余るスペースの広さが、3人にとってとても嬉しいポイントだった。

 配置はU字の底部分にタウ、タウを挟んで向かい合う両辺にヘリコとトランクという具合。飲み物や食べ物は各々、最初に目に付いた色鮮やかなヤツを頼んだ。

「ではさっそくだね。トラトラちゃんはボクたちの世界が三次元だと何が不満なのかな?」

「不満も不満! 忘れてんだか省いてんだか知らないが、時間軸だろーが! オレたちは時間軸も含めた四次元世界の住人なんだよ!」

「時間時間って、ほんと簡単に言うよね。ねえ、タウ?」

「うん。」

「大事な1パーツだろうが。もちろんタウも分かってるよな?」

「うん。」

 ここで3人分のコーヒーがテーブルに届く。トランクが何も混ぜないブラック、タウとヘリコがそれにミルクと砂糖を入れた。「トランクのシュガーとミルクもらっちゃうよ」「やるよ」

「つまり言いたいのはね、正確にはボクらは瞬間という時間の最小単位を超えて連続的に存在しているとはいえないってこと。それが真であるといえない限り時間軸はボクたちの世界に含めるべきじゃない。よってボクたちのいる世界は三次元なの。」

「だが現に俺たちは時間を積み重ね、その中で成したことを積み重ね、社会的な動物である人間として存在している。人間が観測する世界というのはやはりその社会的な人間の性質に基づいてしまうのだから、社会を構成する時間は俺たちの世界の要素に含めるべきだ。俺たちは四次元世界に暮らしているのさ。」

 二人は自分の主張を手を変え品を変えながら論じ、相手に痛い所を突かれても核となる内容を曲げることは一切せず突き進んだ。頼んでいたウィンナーコーヒーパフェや海鮮四川ピラフが届いても顔色一つ変えずに論争していた。そんな2人のことをタウは交互に首を振って目線を移し、どちらかから同調を求められれば単に「うん」と応えた。

 ファミレスは夜を迎え、天井から吊り下がったライトが滲み、温かみを帯びて見えた。論争は終わる気配も見せなかったが、当事者同士、妥協点を探るくらいはできるお年頃だった。

「人間の営みとしての観測からは時間軸が切り離せないのは分かった。けどそれはつまり実際の、まっさらな目を通してボクたちのいる世界を観測した場合の時間軸の有無についてはやっぱり分からない。だから正確な回答は保留という意味で、ボクたちのいる世界は三次元だっていう結論でいいね?」

「やっぱり分かってないじゃないか。そんな外部から見た俺たちの世界なんてのは論じえないのだから、そもそも論じるべきじゃない。あくまで俺たちの論は俺たちの世界しか語ることができないんだよ。」

「しかし事実として、外部からの目線というのを仮定することは可能であり、精密に厳格にボクたちの世界を論じようとする、そういう試みに出るということなら、きみのその限界の線をあらかじめ引いたような視点を採用する必要はない。仮定でもボクの考えを用いるべきだ。元々は4D天使の話をしていたしね。」

「だからそんな外部からの視点なんてものを語ること自体がナンセンスだっていってるんだよ!」

「人間の営みの内でナンセンスというだけだろう。」

「ヘリコも人間だろ! 今のこれだって全部人間の営みだ!」

「だからそういうことを言っているんじゃなくて……」

 議論はもう一波呼び込みそうだった。タウは二人に挟まれた席で、U字の底の席でうとうと眠りについていた。

「タウもそう思うよね!」「違げえよな! タウ!」

 zzz……。

「寝ちゃってる。というか、もう外も暗いよ。」

「どんでもないくらい時間経ったんだな。」

「もう帰ろっか。」

「そうだな。俺が払っとくからタウのこと運んどいて。」

「ああ、ありがとう。タウはボクに任せて。……っしょ。」

 タウは夢の中、真っ白な光のずっと向こうから懐かしい声を聞いていた。何かの影が揺れながら、徐々に輪郭をはっきりと浮かべさせる。それは自分でも忘れていたことが信じられない。シルエットでもなく声でもなく正体を理解することができた。正体は予め知っていた。だからタウはそれが自分とは一切が違った特別な存在だということが即座に理解できた。そしてその存在は、直近で耳にした4D天使という言葉に落とし込まれた。4D天使がその口からわずかに息を漏らす。

「──タウは私のこと、愛していますか?──」

「うん!」

「あ、起きたよ。タウ、おはよう。」

「長い時間付き合わせて悪かったな、タウ。」

 タウが目を覚ますと電車の中だった。タウが発した大きな声に他の乗客からの視線も集まっていた。

「元気なお返事だったけど、どんな夢を見てたんだい?」

「決まってんだろ。エロい夢見てたんだよな?」

「うん。」

「トランクは適当言わないでくれるかな。タウもそんな適当に頷いちゃいけないよ。全然そんな夢じゃないでしょ?」

「うん。」

「ほら、こう言ってるよ。」

「タウに聞いても当てにならないだろ……」すると車内アナウンスが流れ、次の駅を報せた。「ほらもう次で降りるぞ。」

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