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13.タウのなんで?

 この話は友人同士、良かったCDの貸し借りから始まる。一枚のCDが手から手を渡った。

 そのCDジャケットでまず目につくのは一頭のキリン。群れを抜け出してきたところ、おそらくは子供のキリンである。そのキリンを取り囲む辺り一面、視界を邪魔するものが何もないぬかるんだ地盤と、遠く背後には針葉樹林の暗いバリケードが走っている。上空は雲一つない青みがかったオレンジ色に日暮れている。

「ふーん。なんか、落ち着ける感じだ。」

「ボサノバはいいよ。こういう本物のブラジル音楽っていうのはドラッグからもセックスからも抜け出した感傷的なグルーブと、向こうから見れば外国人であるオレたちに在るはずのない思い出深さでいっぱいなんだ。」

「うわあ泣きそ。せっかくだからちょっと聞いてみようか。」

「ぜひにぜひに。」

 アンドは受け取ったCDを遠慮がちな力加減で開いた。折れてしまわないよう優しくディスクを取り出し、ここの店が客向けに開放しているCDプレイヤーの挿入口にスルっと差し込んだ。しばしの読み取り時間と細かいコイル鳴きを挟んだ後、プレイヤーはその青白い窓から見える電光表示に00:00、00:01と再生を開始した。

 プレイヤーの両側に置かれた巨大コンポ2台、1曲目の1音目が静かな迫力をもって流れる。自分のセンスを聞かれるとあって若干緊張気味だったトロワの体は、諦めの感情によって全身がゾクゾクしていた。ゾクゾクがこの曲の波形を模倣して駆け巡っている。

「うおーかっけえー!」音楽で無邪気になるアンド。

 これが、気の合う仲間から認められる瞬間、トロワの体のゾクゾクが高揚へと変わる瞬間。彼はやっと心配事なく声を出せるようになった。そのたった一言、「でしょ。」

 一方、店のカウンターにつっ立っているアルバイトは、一見すれば、つまらなそうな顔を浮かべていた。だが実際には、盗電で勝手に充電しているスマホを垂直に立て、今流れているアルバムに関する情報を必死に検索しているのだった。この場に居合わせた3人のハートをがっちり掴んだこの素晴らしいアルバムは約1時間止む無し、天国でかける音楽だった。


 タウは朝目を覚ますと、自分の入っている布団の中に違和感を覚えた。寝ている間に動物が潜り込んだような、それなりの重量も感じ取れる。タウは布団を持ち上げて覗いてみた。すると中から3人の小さな女の子が勢いよく出て来た。

「パイロ」「プイロでーす」「ポイロでぇっ!」

 飛び出して来るなり順番に名乗り出した彼女たちは、近所でも有名なとってもワルイ三姉妹。まだ子供だから許された罪もあったとか、なかったとか。

 3人共、極端に年齢が離れている訳でもないが、この時期に生まれる成長の差は無視できるものではない。一番背の大きいのが長女パイロ、中くらいのが次女プイロ、小さいのが末っ子ポイロ。みんな顔も良く似ていたが、決して顔だけで見分けが付かないというほどでもない。いつもムスッと口を尖らせているのがパイロ、薄いピンクのそばかすが乗っているのがプイロ、目をよく覗き込むと奥に火花が散っているのがポイロ。また、今3人が着ている同じネイビーカラーのパジャマも、柄によって差別化が図られている。満月柄のパジャマがパイロ、三日月柄のパジャマがプイロ、新月柄のパジャマがポイロ。髪の長さや質感もちょっとずつ違っており、性格や趣味に至っては全く似ても似つかない……。

「……。」

「ああ、タウだ! タウ、なんで何も喋んないの?」顔に一つ、頭上に三つ、?を浮かべるポイロ。

「あんまジロジロ顔を見比べられてもさ。そういうの、結構姉妹間でコンプレックスだったりするんだよ」気怠そうなパイロの小言。

「もう、お姉ちゃん変なこと言って」中間管理職プイロ。

「……。」タウは黙り込んだままだった。

「ねえ見て見て、タウの眠い変な顔のマネ!」

 ポイロは何も言わないタウの顔を指さして、その手本を真似て自分の顔をしわくちゃにしてみせる。「ッハハハ……」パイロの笑い声はいつも乾いたように聞こえるがその実、丸っきり本心からの笑いだった。

「ッハハハ……似てる似てる……ッハハ。」

「ちょっと二人とも。タウに失礼でしょ、もう……ごめんなさい、タウ。タウの寝起きの顔、私はすっごくキュートだと思うの。」

 実は三姉妹で一番ワルイのはプイロなんじゃないかという声も少なくない。ポイロが真似した顔の通り、まだまだ眠くてたまらないタウは、プイロのフォローに対し辛うじて「うん。」とだけ。

「ねえタウ、聞いて聞いて。私たちね、寝る前に布団に潜って遊んでたら、いつの間にかタウの家に着いたの! なんで?????」

「そうなのよね。タウ、私たち今ちょっと変なことになってて……えっ、ていうか今って朝なの!? さっきまで普通に夜だったのに、本当よ、タウ。」

「てか、これってウチら、今日は寝てないってことになんのかね。うーん、でも寝てから起きるまでの時間って、考えてみたらいつも一瞬な訳だし、家の布団からタウの布団までの一瞬の間、実は寝てたとも言えなくもない……? いや、寝てた訳じゃないんだけどさ。わっかんないわ。」

「そもそも他の人の家の布団に繋がってたのが訳分からないもんね……あ、邪魔してごめんねタウ。さあさあ、お姉ちゃんもポイロも、そろそろ帰るよ!」

「ええーまだタウとがいいー!」

「ダメ。タウはさっきまで寝てたんだから。」

「もう起きてるじゃん!」

「ポイロもさっき自分で言ってたじゃない。タウは今、すっごく眠いの。邪魔しちゃ悪いでしょ……じゃあタウ、私たち帰るね。急にごめんねー。」

「ってことで帰るわ。じゃあね、タウ。」

「絶対また後で行くー! タウー!」

「……。」

 3人はその疑問が解消しないまま、もと来た布団の中へ消えて行った。タウの体からも、あの3人分の重さはさっぱりなくなっていた。タウは試しに3人の後を追って布団に潜り込んでみたが、単にベッドの反対側から出て来るというだけに終わった。今起きた事態をイマイチ飲み込めなかったタウは、眠いからとりあえず寝なおすことにした。


 パイロ、プイロ、ポイロの3人はタウの布団を逆に通過すると、昨日寝ようとしていた夜にまで帰って来ることができた。

「ねえ、もう一回タウのところ行けるかやっていい?」

「バカ言ってないでもう寝なさい。」

「ええー。」

「ええーじゃない。パイロお姉ちゃんを見習いなさい。ほら。」

「ぐー。」うつ伏せになって寝ている。

「こんなのおかしい!」

「分かったら早く寝るの。そうだ、明日起きたらタウに会いに行って、今日のこと覚えてるか聞きに行ったら面白いんじゃないかしら?」

「……はやく寝ーよ!」

 こうして各自の今日済ませたい思惑は閉じ、布団にもぐって明日を待つのみとなった。ポイロはこんな明日が楽しみな夜に、布団を頭まで被って頑丈なコックピットにいる気分を味わうのが無意識に好きな遊びだった。そのおかげで布団に入ったはいいが全く眠れはしない。その隣の布団、プイロはプイロで色々あり始める年頃だった。眠れない夜もある。この3人姉妹の中でもパイロがすぐ眠りに付いてしまうのは、むしろ悲しいほど大人っぽい一面だと考えることもできた。寝顔になっても不機嫌そうな表情は相変わらず。起きている2人の夜は長かった。

 正確な時刻が気になり始める夜深く、廊下から、歳の離れた兄の部屋から何か音楽が聞こえてくることに2人は気が付いた。先に動きだしたのはポイロだった。大好きなコックピットを剥ぎ捨てて兄の部屋へ。プイロはその後を追うことはせず布団に入ったまま部屋に居残った。

 ドタドタドタドタ……。

 ガチャ「うるさーい! なにやってるのー!?」

「あ、ポイロ。まだ起きてんのか。」

「わるい!?」

「いいよ。」

 それだけ言うとアンドは再び音楽の方に顔を向けた。横にあるデスクには、数日前に友人から借りたCDケースとクシャクシャのタバコのパッケージが一緒に置かれている。

 ポイロはそのCDを手に取って眺めた。

「本当のキリンってこんななんだ。」

「人のだから壊すなよ。」

「ええー、壊したら?」

「怒るだろ。そりゃ。」

「お姉ちゃんたちがやったら?」

「プイロはやんないだろ? パイロは小遣いから弁償。」

「私だけ怒られてズルいよ! 不公平!」

「じゃあ触るな。寝ろ。」ポイロからCDケースを取り上げた。

「だってうるさいんだもん!」

「ああ、仕方ないなー。」

 アンドは一度音楽の再生を止めた。そしてポイロを肩に担いで姉妹部屋に連行。「キャー! アハハ!」

 部屋に入ると、パイロの寝息がスース―よく聞こえていた。アンドは散らかった空っぽの布団の中にポイロを寝かせた。

「ねえ、見て。プイロがいないよ。」

 アンドはポイロが言った方へ振り返り、確かにもう一つ布団が空っぽになっているのを見つけた。

「トイレなんじゃない?」

「違うと思うんだよなー、ポイロは。」

「というと。」

「お姉ちゃん絶対さあ、またタウのところ行ってるんだよ! 自分ひとりだけで!」

「ふーん? そうなんだ?」

「ポイロも行くね! お兄ちゃん行ってきまぁっ!」

 ポイロはそのまま布団の中にもぐり込むと、消えていなくなってしまった。最初はポイロが消えたことに気が付かなかったアンドも、ポイロが一切喋らなくなってしまったのを変に思い、ポイロの布団をめくると中身が空っぽになっているのを発見した。

「ポイロ? どこいった?」

 当然部屋の中にはいなかった。アンドはあの時布団にもぐったのがトリガーだったのだと確信すると、さっきのポイロがやった通りの真似をして布団の中に潜り込み、しばらくモゾモゾしてみた。しかしどこにも消えることはできなかった。そして暗くて何も見えていないアンドを呼ぶ声が、布団の外から聞こえてきた。それは恐ろしくくたびれた、この部屋の騒ぎに揺り起こされてしまったパイロの声だった。

「おにーちゃん……? なにしてんの……?」

 アンドは布団から飛び出ると、その夜目に慣れた視界に、パイロのとってもキュートな寝起きのしわくちゃ顔が見えた。

「パイロ、おはよう……。」

「おはよう……なにしてんの……?」

「大変だパイロ、ポイロとプイロが!」

 ポイロとプイロは翌日の朝、タウの布団に来ていた。

 そしてやっぱり一瞬で帰って来た。今度はポイロがプイロのことを連れて帰って来た。二人の手にはそれぞれ、イチゴとチョコミントのアイスクリームが握られている。

「ただいま!」「ただいまー。」

 朝、タウは二人を追いかけて布団にもぐってみたが、やっぱりベッドの反対側に出て来るだけだった。そしてやっぱり事態が飲み込めず、やっぱりまだ眠いから寝なおした。

 夜、アンドは二人に尋ねた。

「お前ら、マジでどこに行ってたんだ?」

「「アイス!!」」

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