「武装農家、米弾(ライスヴァレット)で戦争はじめました」──中洲に降るは、白き弾雨
「米弾」―――それは、炊きたての米を詰めた特殊な弾丸。木曽川の中洲、岐阜と名古屋が誇りと伝統を懸け、米を撃ち合う戦いが始まる。名古屋代表・黒岩剛造。言葉より行動、合理より信念。米弾ショットガンを手に戦う男。迎え撃つは、岐阜の藤原夫妻。土と風を読み、米を活かす老農夫婦。戦いの中で削られるのは体力ではなく技と魂。激突の果て、勝敗を分け立ち尽くす。──本当に炊き上がっていたのは、米か、それとも覚悟か。弾に込めた想いが、新たな季節を告げていく。
隕石が落ちた土壌から収穫された奇跡のコメ《隕米》。その品種改良を巡って、農家たちは銃を取り──
いま、戦場に立つ。これが……
**隕米戦**だ。
「……ったく、また変なのバズってんじゃん」
放課後、帰り道のバス停。
咲山彩花はスマホを眺めながら、あきれ顔でつぶやいた。
その隣で、翔太が肩ごしに画面をのぞきこむ。
「なに、また星洲ネタ?」
「ほら見て。もうXも掲示板も盛り上がっちゃってる」
彼女がスクロールする画面には、匿名掲示板のスレッドが並んでいた。
⸻
980 :名無しの県境民
明日、星洲戦らしい。田んぼで銃撃戦とかマジでまだやってんのか。
「……ったく、また変なのバズってんじゃん」
放課後、帰り道のバス停。
咲山彩花はスマホを眺めながら、あきれ顔でつぶやいた。
隣では、翔太が肩ごしに画面をのぞきこむ。
「なに、また星洲ネタ?」
「ほら見て。Xも掲示板も、この話ばっか」
彼女がスクロールする画面には、匿名スレッドの文字列が並んでいた。
⸻
980 :名無しの県境民
明日、星洲戦らしい。田んぼで銃撃戦とかマジでまだやってんのか。
981 :名無しの中京農連
どっちが勝っても米は炊かれない。弾にされて終わり。
982 :名無しの歴史マニア
100年前に隕石が落ちた。あれでできた中洲が“星洲”。
米を撃って争うなんて皮肉すぎるな。
⸻
翔太が目を細める。
「また始まるのか、星洲戦……。じいちゃんが戦ってた頃より、派手になってんな」
その言葉に彩花が笑う。
「古米ネタだってさ。あんたの耕作じいちゃんが現役だった頃は、こんな話なかったでしょ」
すぐそばの電器店から、ニュースの音声が流れはじめた。
⸻
「──県境に浮かぶ奇跡の大地、星洲。
かつて隕石の落下によって生まれたこの土地は、岐阜と名古屋の狭間に位置し、
今なお、その所有権を巡って“米戦”という名の決闘が繰り広げられている。」
テレビの中で、女性アナウンサーが穏やかに語る。
画面には木曽川を挟む三日月型の島──中洲の空撮映像。
濃緑の稲が風に揺れ、茶色く濁った水がその脇を流れていた。
「米弾とは、特殊な炊飯加工を施した“隕米”と呼ばれる粒を、
手動式ライフルに装填し、撃ち合う競技です。
命中すると米が熱で糊化し、粘度と熱気でヒットを判定します。」
テレビの音声が止み、無音の時間が一瞬だけ流れる。
彩花は無言でスマホをいじり、別のアプリを開いた。
画面には、賑やかなポストとリポストが飛び交っていた。
──SNS投稿ログより
@kenkyou_banana
なんで岐阜と名古屋だけで米バトルやってんの?
他の県だったら、米撃つ前に食べるやろw
#ライスバレットウォーズ
@rekishi_oniisan
返信先: @kenkyou_banana
星洲米は衝撃で即糊化。輸送中に全部ベチャる。
だから現地でしか撃てない、“地産地消バトル専用米”
別名:星白金。
余った分は備蓄に回している。逆に世間では“古米”じゃなくて“古古古米”問題よ。
これでも皆買うみたい……ってか、“古古古米”長蛇の列できてるって聞いたとき、
正直「マジかよ」ってなったわ。
でも、“古古古古米”になると家畜のエサ行き。
人間はもう食わないのに、戦場じゃまだ撃たれてるって、理不尽すぎんか?
@agri_yabai
返信先: @rekishi_oniisan
“古古古古古米”までいくと家畜も拒否るらしい。
ってかそれ、もう化石じゃん。
#信じるな、笑え
#米話なのに重すぎワロタ
⸻
翔太は黙ってそのログを眺めていた。
風が吹き、彩花のポニーテールが揺れる。
やがて彼女は、小さくつぶやいた。
「──それでもさ。戦場で炊けるあの匂い、ちょっとだけ、うらやましい気もする」
──そう、“戦場”とは、いちばん美味い米が炊ける場所だった。
〈ピンッ〉と音を立て、白い米粒が空を裂く。
着弾した肩口に“炊きたての白米”が一瞬で糊化し、湯気が立ちのぼった。
「今年の決勝は──名古屋代表『東海ライスパンズ』と、岐阜代表『咲山ハツシモ信奉団』。
岐阜側では、88歳の老農家・藤原耕作選手と、82歳の妻・美津子選手が参戦。
引退を前に“最後の一戦”として注目されています──」
パチン。
画面が暗転した。
「くだらねえ……」
耕作が、リモコンを片手にぽつりとつぶやいた。
パチン、とリモコンの音が消えてしばらく、室内には風の音すら入らなかった。
柱時計が「コチ、コチ」とゆっくりと時間を刻み、その音に呼応するように、耕作の視線が襖の向こうへと動く。
「……くだらない、かい」
美津子が問いかける。
湯気の立つ湯呑みを両手で包み込み、彼の目をまっすぐに見つめていた。
耕作は少し口を歪めて、ふっと笑った。
「くだらなくは、ないさ。だが……妙なもんだと思ってな。米を、撃つなんてな」
その言葉の端々には、呆れとも、諦めともつかぬ感情が滲んでいた。
美津子は小さく頷くと、ふいに立ち上がり、棚の上から一丁の銃を持ってきた。
艶消しの木製ストック。
弾倉は無骨な真鍮。
そして、米粒を模したシリンダーが、今日のためだけに磨かれていた。
「──あんた、昨日の夜。炊飯調整、したんだろう?」
「してねえとは、言ってねえ」
「昔みたいに撃てると思ってないだろうね。私も、いるんだから」
小柄な体をまっすぐに伸ばし、彼女は銃を一度、肩に乗せて見せた。
構えに一切の乱れはなく、まるで儀式のように動作は洗練されていた。
「勝ちに行くよ。あたしたちの、米だもの」
耕作はうなずき、静かに立ち上がる。
身体はゆっくりとしか動かないが、その動きのなかには、何かを守り続けてきた人間にだけ宿る重さがあった。
天井の隙間から、朝日がわずかに差し込み始める。
今日という日が、何かの終わりか、それとも始まりか──
まだ誰にも、分からない。
(場面転換:同時刻・名古屋)
通称「名古屋サイド」と呼ばれる競技拠点。
星洲とは川を挟んだ南東、橋を一本隔てた対岸に設営された仮設ベースにて。
「……古古古米かよ」
黒岩は米袋のラベルを指で弾いた。
「愛ひとつぶ」と刻まれたその袋には、うっすらと匂いが染み込んでいる。
「おい、炊飯係。炊き時間、昨年と同じでいいのか?」
「気温が低いんで、+三秒です。ぬるいと飛散が甘くなりますから」
「了解。弾が泣くな……ま、俺は炊いてから撃つだけだ」
彼は手にしたライフルの銃身を軽くなぞった。
スナイパー仕様──だが射程ではない。
米の粘度、糊化のタイミング、それらを空間の温度と風で制御し、正確な“炊き上げ”をするための調整銃だった。
誰もが「ごっこ遊び」と嘲笑うこの戦で、彼は誰よりも本気だった。
これは遊びじゃない。
米作りに、誇りをかけた“射程圏”だった。
河川敷の中洲に設けられた特設競技場〈星洲スタンド〉は、早朝にもかかわらず既にざわめきに包まれていた。
仮設のスタンドには、地域住民や関係者、そして数社のメディアクルーが詰めかけている。
スピーカーから流れる電子音とともに、司会者の明るすぎる声が会場の空気に割り込んできた。
「さあ! お待たせいたしました、年に一度の星洲決戦、ついにこの日がやってまいりましたァァッ!」
スタンドが揺れる。
「米の誇りを!」「地元の意地を!」と印刷された応援ボードが一斉に掲げられる。
──開会式が始まる。
壇上に立つのは農協理事の白石。
背広の袖がやや短く、袖口から見える腕が不自然に焼けているのが、農民たちの間で“信頼の証”とされていた男だ。
「……本年もこの土地で、無事に“米の矢”を放てることを、心より嬉しく思います」
彼の声は穏やかで、しかし芯があった。
静かな言葉に、観客たちが自然と息を飲む。
「私たちは、米を育て、食べ、戦ってきました。
そのすべてが、誇りでした──それは昔も、今も、変わりません」
拍手が、ゆっくりと、重く、しかし熱く広がっていく。
壇上の後方には、出場チームの面々が整列していた。
名古屋──「熱田ホーミーズ」「東海ライスパンズ」「尾張スティーマーズ」
岐阜──「美濃グレイナーズ」「咲山ハツシモ信奉団」「瑞穂フィールドガーディアンズ」
各チームの代表が一歩前に出る。
岐阜側中央には、ひときわ異質な影──藤原耕作と、その隣に立つ妻・美津子の姿があった。
年老いた二人の登場に、どよめきが走る。
「あの人、まだ出るのかよ……」
「まじか。何年ぶりだ?」
「奥さんまで出てんぞ、うそだろ」
しかし──壇上の彼らは、揺るがない。
銃を肩に、姿勢はまっすぐ。
目に映るものはただ、前。戦場と、誇りの粒。
「さあ、選手はスタンバイエリアへ! いよいよ“初戦”開始です!」
戦闘前の空気が張り詰める中、テントの隅で黒岩は無言で装備の点検をしていた。
その手元に、なぜかコンビニ袋。中身を見た隊員の一人が、ぽつりとつぶやく。
「……焼きそばパンっすか?」
黒岩は頷いた。
だが、包みを開けた瞬間、誰もが言葉を失う。
「……あの、これ……パンの中に、白米、入ってません?」
「そうだ。ライスパンだ」
黒岩は平然と言い切った。
「焼きそばパンってあるだろ? パンに焼きそばを挟むアレ。最初に見たとき思ったんだよ」
「炭水化物on炭水化物……?」
「違う」黒岩は真顔で言った。
「なんでパンが主役なんだってな」
一同、沈黙。
「主食は米だ。焼きそばは具。……パンは、器だ」
「……いや、パンってそういう扱いなんすか……?」
「だから、俺は米をパンで包んだ。これが俺の“正義”だ」
隊員たちは吹き出した。
「いやいや、パンの立場なさすぎだろ!」
「これ、食感どうなってるんすか!?」
「てか湿気でパンがしわっしわじゃないですか!」
黒岩は少しだけ眉をひそめた。
「……冷めたか。しゃあねえな、もう一度炊きなおすか」
「パン炊くな!!」
──その直後、場内放送が響く。
「第一試合──咲山ハツシモ信奉団vs東海ライスパンズ、フィールドイン開始!」
黒岩は静かに“ライスパン”の包みをしまい、銃を手に取った。
そして呟く。
「……行くぞ、主食の誇りを握ってな」
アナウンスが響いた瞬間、会場の空気が一変する。
スピーカーの音は消され、わずかに湿った風だけが吹き抜けた。
それは、熱気でも喧騒でもない──“緊張”という静かな気配だった。
拍手が名残を引くように収まっていくなか、藤原夫妻は無言のまま歩を進めた。
スタンド裏手、競技用フィールドへと続く簡易スロープを下りる。
足元の金属板がきしみを上げ、妻・美津子がちらと横を見た。
「……耕作、手震えてるじゃない」
「年取れば、誰だってそうなる」
それ以上、会話はなかった。
だが二人の間には、それで足りるだけの“時間”があった。
⸻
第一試合──〈咲山ハツシモ信奉団〉vs〈東海ライスパンズ〉
場内放送が高らかに告げると、スタンドがざわめいた。
名古屋市を拠点に活動する強豪──その名も〈東海ライスパンズ〉。
小麦文化を皮肉るかのように、コメ好きたちが自嘲と愛を込めて結成したチームだ。
そして、そのチームを率いるのが──黒岩 剛造。
190センチの大柄な体格に、砂色の作業服。腰には巨大な炊飯ユニットを背負っている。
「やっぱ黒岩だよ、出てきた!」
「先生じゃん、あれ!」
「今日も米の気圧、違うなあ……」
観客席からは、地元の学生らしき声が飛ぶ。
かつて名古屋市内の高校で教師をしていたという経歴も相まって、黒岩は“教官系ライスファイター”として一定の人気を持つ選手だった。
⸻
中洲の中央に設けられた主戦闘区域は、人工林と廃資材で構成された複合フィールド。
迷彩布やバリケードにまぎれて、数体の“ダミースケアクロウ”が点在している。
──試合は、15分1本勝負。
ルールは単純。相手チームのメンバー全員に“ヒット”を取られれば敗北。
撃たれた米弾が服に付着し、糊状の炊きあがりを見せた時点で退場だ。
「さあお待たせしました!
今年もこの時期がやってまいりました!
中洲の主権を懸けた、米と誇りの一大決戦──
隕米戦、開幕ですッ!!」
「炊込準備完了。5秒前……4……3……」
カウントに合わせ、耕作が深く息を吐く。
腰には手製のポーチがあり、その中には小さく光沢のある“生米弾”が十数発。
金属製のチャージャーに米を装填し、背中の小型蒸気炊飯器に押し込んだ。
「──炊き立て、30秒で仕上げるぞ。ミツ、カバーは任せた」
「了解。炊きたてタイムは、主婦の手際が命」
2、1、0──
鳴り響いた電子音とともに、フィールドの東端が開く。
瞬間、熱気と共に飛び出してきたのは、黒岩率いる〈東海ライスパンズ〉。
機動力の高い突撃型にして、装備はほぼ全員が“コメチャージャー式ショットガン”。
「動きが読めんぞ、あの老人たちは」
「慎重にいけ、見た目で舐めると──」
弾けるような炊き音とともに、最初の米弾がフィールドに火花を散らした。
ぬかるんだ田の中に、乾いた空気が揺らめいた。誰かが米弾の炊き上げに入った合図だ。空気がわずかに白く曇る。熱気と米の蒸気が混じり、風のない水田に白い膜がかかっていた。
「左の土手、来るぞ──!」
仲間の叫びより早く、黒岩は右斜め後方の斜面に目を走らせた。さきほど自分がわざと外したように撃った米弾が、そこにまだ残っている。湿った玄米の殻が剥け、すでに米粒は膨張を始めていた。
そこへ、名古屋チームの先鋒が飛び込んだ。蹴りつけた足裏がぬめり、重心が浮く。
「滑った!」
その声と同時に、黒岩は構えていたスプリング式ライスライフルの引き金を絞った。
音は、ない。
あるのは、乾いた炸裂音に近い「ぷつっ」という米の弾ける音と、その後に聞こえた──
「──っちぃ!炊けてるじゃねえかよ!」
狙いは肩。泥に転げた相手の右肩に、ほかほかの白米が粘着し、蒸気を上げていた。
「命中、米炊けマーク確認! 1ヒット!」
運営ドローンのカメラが白く閃き、空中に光る米粒マークが浮かび上がる。会場の巨大スクリーンが騒ぎ、観客席からどよめきが漏れた。
黒岩は銃を下げたまま、息を整える。
「あれは偶然に見せて……いや、あれ、狙ってたろ」
背後の仲間がつぶやく。黒岩はなにも言わず、次の炊飯弾の準備に取り掛かっていた。
「……三十秒後、もう一丁炊ける。炊飯チャージ、開始」
武器に設置されたポッドが、湿った米を低音で炊き始める。電子音が微かに響き、白い蒸気が銃身の隙間から上がる。
⸻
一方その頃、対岸。
藤原美津子は、斜め前方に展開する黒岩の動きを、無言で目で追っていた。
「見せかけてるわね……あの射撃。自分の“外れ”を、状況に仕掛けてる」
彼女は自身の“蒸篭式ライスグレネード”を腰から外しながら、夫に告げた。
「どうする?」
「前に出よう。あいつは“足場”と“予測”に頼ってる。混戦に持ち込めば、判断力じゃ俺たちが上だ」
「了解」
夫婦のコンビが一歩踏み出すと同時に、足元のぬかるみが一瞬揺れる。名古屋の米は、ハツシモより柔らかく糊化温度が低いため、足に絡みつく。美津子はすっと足を抜くと、重心を浮かせるように動く。
⸻
戦場に、熱気と白い霧が漂っていた。
炊かれる米の香り。
爆ぜる玄米の皮。
地鳴りのような観客の声。
その中で、黒岩の銃が──再び、白く蒸気を噴き出した。
戦場は、蒸気と熱気に包まれていた。
名古屋チーム最後の二人、藤原夫妻が前線を上げる。
その歩は速くない。
だが、その間隔と進行ルートは緻密で──
「正面と斜めか……俺を“挟む”気だな」
黒岩は、わずかに片眉を上げた。
右手のライフルからは、まだ熱が逃げていない。炊飯ポッドのチャージが終わるまで、あと十数秒──撃てない。
「来るか……」
左前、夫の耕作がショットガンを構え、右からは妻・美津子のグレネード型炊飯弾が飛ぶ。蒸気を残しながら、米の匂いが濃くなる。
黒岩は土を蹴った。ぬかるみに足が沈み、次の一歩がもつれる。
──が、もつれたその一歩目こそ、彼の計算だった。
「……そこだな」
黒岩の靴底が、さっき自分が撃ち込んだ“外れた”米弾を踏みつけた瞬間、米は一気に炊き上がった。
爆ぜるような音とともに、白濁した湯気が彼の足元から立ち上る。
瞬間的に、視界が白に染まる。
「っ、煙幕か!?」
美津子がグレネードの着弾を見失い、スコープから目を離す。
──その間に、黒岩は反転した。
反対側の健一のショットガン。次の発射準備は終わっている。
だが、その銃口はまだわずかに浮いていた。
足元の“名古屋米”がぬるりと滑ったのだ。
「遅い」
黒岩が、腰のスリングから抜き出したのは──愛ひとつぶ試作拳銃・型番Ai1。
一発しか入らない、だが炊き上がりの火力は格段。
「喰らえ、尾張の意地──“一粒入魂”だ」
引き金が落ちた瞬間、空気が焦げるような匂いが走る。
“ぷしゅっ”という音ののち、飛翔した米粒が耕作の胸に炸裂した。
「っあつっ!? ──っ!」
白米が糊化し、ユニフォームの腹部を溶かすように拡がる。
「命中、1ヒット! 藤原耕作、リタイア!」
空中カメラが米粒を撒き、観客席に響く叫び声が、瞬時に熱狂に変わった。
⸻
残るは、美津子一人。
しかし──彼女の構えに、怯みはない。
「よくも……」
彼女は、炊き上がった最後のグレネードを両手で抱えながら、まっすぐ黒岩に突っ込んできた。
「これが──主婦の意地よ!」
「こっちも教師の誇りだ……!」
二人の距離、十メートル。
米の熱、汗の雫、泥の跳ねる音すら、互いの脳内でスローモーションになっていく。
──あと、五メートル。
黒岩の手には、炊き上がったばかりのハツシモライフルが握られていた。
「お前が握るのは、米粒か、勝利か──!」
引き金を絞った。
米弾は正確に、美津子の胸部に命中したような瞬間、美津子は笑った。
その手には、すでに炊き上がった“愛ひとつぶ”のグレネード──。
彼女の手からグレネードが滑り落ち、黒岩の足元へ転がっていた。
炊飯弾が泥の中で炸裂。真っ白な蒸気と熱の霧が一気に包み込む。
観客席から、歓声と悲鳴が混じる。
──霧の中、黒岩は前に倒れ込んでいた。
胸元に、ぬめるような白い糊化米が広がっている。
「……命中、黒岩リタイア──相打ち判定、同時着弾!」
──霧の中、黒岩は片膝をついたまま、しばらく動かなかった。
胸元に、糊化した白い米がじんわりと広がっている。
視界の端で、落ちたヘルメットの中に、ゆっくりと蒸気が立っていた。
「……VAR判定の結果、勝者──“東海ライスパンズ”、黒岩剛造!」
観客席にざわめきが走った。
僅差。ほんの0.2秒、米粒の炊き上がりが早かった。それだけだった。
黒岩は、勝者として立ち上がることができなかった。
ぬかるんだ泥の中に、拳を突き立てる。
「勝った気が、しねえ……」
その言葉が、地面に吸い込まれるように消えた。
⸻
岐阜側ベースへ戻る戦場車の中、藤原耕作は無言だった。
初手で撃たれ、孫の前で何もできなかった己の姿を、何度も胸の中で繰り返していた。
──夜。誰もいなくなった戦場跡地。
照明の落ちた土の上に、ぽつんと一粒の米弾が転がっていた。
まだ白く、炊きたての温度がかすかに残っている。
翔太がそれを拾い上げた。
彩花はその様子を、黙って見ていた。
勝敗は決した。
けれど、まだ終わってはいなかった。
──炊き立ての勝利を、継ぐ者がいる限り。
背中越しに、孫の翔太と、幼馴染の彩花が、真剣な目で戦場を見つめていた。
田に風が吹いた。
誰かが、新しい季節のはじまりを告げるように。
その風の向こうで──新たな米が、芽く音が。 ──新しい種は、すでに灯っていた。
翔太は、祖父の残した“信念”を静かに思い出していた。
⸻
―――体は米で出来ている。
I am grain of my resolve.
血潮は清流 心は沃土。
My blood is river water, and soul is fertile land.
幾千の季節を越え、不作に耐え。
I have weathered countless seasons, surviving every drought.
ただの一度も収穫を諦めず、
Unknown to Famine.
ただの一度も声を上げず。
Nor known to Praise.
彼の稲は常に風に揺れ── 沈黙のなかで命を刻む。
Have withstood solitude to raise golden grains.
その歩みは、ただ米のためにあった。
Yet these hands have moved only for the sake of rice.
その大和魂は、きっと炊けていた。
So as I sow, Unlimited Rice Works.
心より感謝いたします。
本作は「架空戦記×農業×サバゲー×熱量」をテーマにした短編ですが、もし少しでも楽しんでいただけたなら、私の本懐です。
そして、もしこの物語の“先”や“広がり”を感じていただけた方がいれば、ぜひ現在連載中の長編【Glavity:Craft(通称:グラクラ)】にも足を運んでいただけたら嬉しく思います。
こちらは、よりシリアスに“技術”と“信念”で未来を切り開く若者たちの物語です。
「ふざけてるけど、本気」──
そんな世界が、どこかあなたの心にも残ってくれたなら幸いです。
またどこかで、お会いできますように。